「ドキワクの明日へ」第一章 最終話
第四十三話
静かな帰り道。
誰もすぐには口を開かなかった。
ミルはただ、前を見て歩いていた。
胸の奥に残る、
あの温もりを確かめるように。
ミル
「……ソラ」
ぽつりと呟く。
ナナ
「……きっと大丈夫よ」
ナナのやさしい声。
ノワ
「猫神様が預かってるんでしょ?」
ノワ
「なら、大丈夫よ」
ミルは小さく頷く。
それでも、
不安は消えなかった。
その時――
ふっと、
空気が変わった。
猫神様
「なんじゃ、呼んだかの?」
ミル達は一斉に振り返った。
そこには、
いつの間にか猫神様が立っていた。
ナナ
「猫神様……!」
ルナ
「何かあったのですか?」
ノワ
「まさかソラの身に何かあったの?」
ミル
「!」
猫神様は、少しだけ口元を緩める。
猫神様
「少し来るかの」
ミル
「……え?」
猫神様
「見せたいものがあるんじゃ」
それだけ言って、
くるりと背を向けた。
ミル達は一瞬だけ顔を合わせ、
すぐにその後を追った。
――
猫神様の家。
静かな空間。
どこか落ち着く空気が、
さっきまで張り詰めていた心を、
少しだけ和らげてくれるようだった。
廊下を進み、
一つの部屋の前で猫神様が立ち止まる。
猫神様
「先に入るといい」
ミル達は顔を見合わせ、
そっと中へ入った。
その奥。
壁に掛けられた、
一つの掛け軸。
ミルは足を止めた。
ミル
「……これ……」
以前は何も描かれていなかった、
空白の掛け軸。
――なのに。
そこに、
“何か”が居た。
ミルは目を細める。
息を止めるように、
ゆっくりと近づく。
ミル
「……」
揺れている。
小さな影が、
そこにあった。
胸がざわつく。
ミル
「……まさか……」
もう一歩近づく。
その姿が、
ゆっくりと輪郭を持ち始める。
キジトラの猫。
ミルの呼吸が止まる。
ミル
「……ソラ?」
その瞬間――
ソラ
「ニャー!」
応えるように、
声が返ってきた。
ミルの目に涙が浮かぶ。
ミル
「……ソラ……!」
一気に距離を詰める。
手を伸ばす。
届くと思った。
けれど――
すり抜けた。
ミル
「……あ……」
指先が、
何も掴めない。
ミル
「……触れない……」
ノワ
「……どういうこと?」
ルナ
「干渉出来てないわね」
猫神様が、静かに口を開く。
猫神様
「その掛け軸はの」
猫神様
「外と内を繋ぐ、窓のようなものじゃ」
猫神様
「時が来れば、外へ出られる」
ミルの目が、パっと明るくなる。
ミル
「……ほんとですか?」
ミル
「よかった……!」
ソラを見る。
ミル
「じゃあ……」
少しだけ言葉を探す。
ミル
「ちゃんと、外で会えるんですね」
ソラ
「ニャー……」
ミルは、
ゆっくりと手を下ろす。
涙をこぼしながら、
それでも笑った。
ミル
「……それまで、ここで待ってて下さいね」
ソラは、
笑ったミルの顔が、
あの日自分へ笑いかけてくれた、
葵と重なって見えた。
ナナ
「……あれ……」
ノワ
「どうしたの?」
ナナは少しだけ首を傾げる。
ナナ
「……なんだか」
ナナ
「この掛け軸……見たことがある気がするの」
猫神様とルナの視線がナナへ向く。
ノワ
「気のせいでしょ」
ナナは少し考えてから、
やさしく笑った。
ナナ
「うん。そうかもしれない」
猫神様が、ゆっくりと口を開く。
猫神様
「……今日は、ようやったの」
静かな声だった。
ノワは小さく息を吐く。
ノワ
「……本当よ」
ルナも静かに頷く。
ルナ
「全員、無事でよかった」
ナナはやさしく微笑む。
ナナ
「ええ、本当に」
ミルは少し驚いたように、
そして少しだけ照れたように笑った。
ミル
「……はい!」
猫神様
「お主達もゆっくり休むといい」
その言葉に、
皆が小さく頷いた。
――
少しして掛け軸の中では、
ソラが小さく丸くなっている。
ようやく安心できたように、
穏やかな寝息を立てていた。
ルナ
「魂もかなり弱っているわ」
ルナ
「今は無理に触れない方がいい」
ナナもやさしく頷く。
ナナ
「きっと、いっぱい頑張ったのね」
ノワ
「まあ、あれだけ暴れてたものね」
猫神様
「今は、あの子を休ませてやるのが先じゃな」
ミルだけが、
まだ掛け軸を見つめていた。
ミル
「……でも」
ミル
「やっと会えたんです」
ミル
「もうちょっとだけ居たいです……」
ノワは少し困ったように笑う。
ノワ
「気持ちは分かるけど」
ノワ
「今は我慢しなさい」
ミル
「むぅ……」
ノワ
「その顔やめなさい」
ナナがくすっと笑う。
ルナ
「完全に拗ねてるわね」
ミル
「拗ねてません」
ノワ
「拗ねてるわよ」
ミル
「むぅ……」
猫神様は、
そんなやり取りを見ながら、
小さく笑った。
猫神様
「いつでも来るといい」
猫神様
「ソラはもう消えたりせん」
ミルは顔を上げる。
その言葉を、
安心するように何度も噛み締めていた。
そして、
もう一度だけ掛け軸を見る。
静かに眠るソラ。
ミルはやさしく笑った。
ミル
「……また来ますね」
ミル
「今度はいっぱいお話しましょう」
そのまま、
そっと手を振る。
――
帰り道。
疲れはあるはずなのに、
ミルはどこか元気だった。
ミル
「……そういえば!」
ノワが眉を少し寄せながらミルを見る。
ノワ
「なによ、その嫌な予感しかしない言い方」
ミル
「前にルナが言ってたじゃないですか!」
ミル
「ピザっていう食べ物!」
ルナ
「人間界で食べたものね」
ミルは目を輝かせる。
ミル
「それ、食べてみたいです!」
ノワ
「……ピザね」
少し考えて、
ノワ
「確かに、気になるわね」
ミル
「ノワも気になりますよね!」
ルナは淡々と返す。
ルナ
「材料が無いから無理」
ミル
「……え」
ノワ
「じゃあまた今度ね」
ミル
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
ミル
「ちょっとだけです!」
ノワ
「何がちょっとなのよ」
ミル
「いや、ミルは食べるんです!」
ノワ
「意味が分からないわよ!!」
ルナ
「無理なものは無理」
ミル
「むぅ……」
頬を膨らませるミル。
ナナはミルを見る。
ナナ
「そうね、食べてみたい気持ちは分かるわ」
ミル
「ですよねナナ!」
ナナ
「でも、今日は難しいと思うの」
ミル
「えー……」
ナナはやさしく続ける。
ナナ
「だから、明日みんなで材料を探しに行きましょう」
ミルの動きが止まる。
ミル
「……ほんとですか?」
ナナ
「ええ」
ミルの顔が一気に明るくなる。
ミル
「じゃあ明日です!」
ノワ
「最初からそうしなさい」
ミル
「ドキワクしてきました!」
ノワ
「ほんと単純ね……」
ルナ
「分かりやすい」
ナナ
「いいわねぇ」
ナナとルナが顔を合わせ、
くすっと笑う。
ミル
「明日はピザです!」
ノワ
「それより晩御飯どうすんのよミル!」
一瞬の間。
ミル
「そうでしたぁ」
笑い声が、
夜の道に広がっていった。
――第四十三話 完
第一章はこれにて終了になります!
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