8.皮革工房の捜査
オティーリエはウォード、ハイリと一緒にキュイール皮革工房へとやってきた。
実は午前中に一度、捜査部第一グループのピクトが聞き込みに来ていたのだけれど、オティーリエがヨハンから得た情報を(もちろん、情報提供者は秘密にして)話したところ、ウォード自身が聞き込みに行くことにした。
そして、今は皮革工房の作業場に来ている。
これは、捜査部側の要望。
作業場を見せて欲しいと伝えたため。
工房主であるアキレス・キュイールが3人を案内している。
作業場には4人の職人が作業を行っていた。
それぞれの持ち場で、革を洗ったりなめしたり着色したり。
その過程で独特の臭いが臭ってきていて、壁のない簡易屋根だけの作業場ながらも、その臭いがやってきた3人の鼻を強烈に刺激した。
3人とも、思わず顔をしかめてしまう。
アキレスは平気な顔をしていたけれど。
アキレスの案内で、作業を順番に見て行く。
3人は作業と同時に使っている道具や机、床もじっくり見て行く。
しかし、作業場には血痕などの怪しい物は見当たらなかった。
その途中。
ふと、視線を感じたオティーリエがその先を見てみると、通りにヨハンが立っていた。
ヨハンはオティーリエが自分を見たことを確認すると、右手の親指と人差し指で〇を作って見せた。
それから、すっとすぐにどこかへ行ってしまう。
オティーリエは小さく頷くと、再びアキレスの工房案内に意識を戻した。
◇ ◇ ◇
工房全体を見た後、4人は応接室に移動した。
応接室は特に装飾のないシンプルな部屋で、特徴と言えば大きくて光がいっぱい入って来る窓と、工房長の背後の壁にかかっている皮革組合のコンテストでこの工房が優秀だと認められた賞状がかかっていること。
「何度もすみませんね。
午前中に訪ねたマシューからは報告が上がっていますので、同じことをお聞きするつもりはありません。」
と、ハイリとオティーリエに挟まれて真ん中に座ったウォードが、いつもの柔和な表情で切り出した。
正面にはアキレスが一人だけ。
「いやいや、当工房の職人が、その、ああなった事件ですからね。
熱心な捜査員さんで助かりますよ。」
アキレスは全体的に丸く、顔も丸くて柔和な雰囲気の、見るからに人の良さそうな人だった。
先ほどの工房を案内してくれた時も説明が丁寧で分かりやすく、その人柄が表れていた。
「そのジャンさんについてはひとまず置きまして。
経理の方について教えていただけますか?」
「ベルモットですか?」
アキレスはウォードの質問に、軽く驚いた様子で鸚鵡返しに答えた。
「はい。
とりあえず、工房主から見てどのような方ですか?」
「どのようなも何も。
生真面目を絵に描いたような性格です。
必要なことはきちんと発言してくれますし、数字にも強くて、私も大変助けられていますよ。
「最近、彼はジャンさんについて何か言っていましたか?」
そのウォードの問いに、アキレスは突然、落ち着きをなくした。
「それは、その、まあ、はい。
あれです。
腕が落ちて来てますね、と。」
「腕が落ちてきている?」
「はい。
まあ。」
と、アキレスは返事にならない返事をしたかと思うと、はあ、と溜息をついてちょっと視線を落として言いにくいことを言うように話し出した。
「ジャンは元々、当工房で主に縫製と仕上げを担当していたのですが、最近、縫製が歪んでいたり艶出しが不十分な箇所があったりと、少々、気になる部分がありまして。
ベルモットはそういう所を指摘してくれていたのですよ。」
アキレスは汗が出て来たのかハンカチを取り出して汗を拭きながら。
「ちなみに、そのベルモットさんは誰かに恨みを買ったりとかということはありませんか?」
「恨み、ですか?」
今度は目をパチクリと。
表情の変化の激しい人だ。
「どうでしょう。
少なくとも、当工房でそのように思っている者はおりません。
それに、そんな人の恨みを買うような者でもないと思いますよ。」
「なるほど、分かりました。」
ウォードが頷くと、アキレスは心配そうな顔をした。
「事件にベルモットが関係していそうなのですか?」
「いえ、まだ分かりません。
可能性のあることを潰しているだけですよ。
少々、ご不快かもしれませんが、ご容赦下さい。」
ウォードがそう言うと、アキレスは顔の前で手をパタパタと振った。
「いえいえ、そんなお気になさらずに。
捜査に必要なご質問だということは重々承知しておりますので。」
「ありがとうございます。
それで、お手数なのですが、ベルモットさんをお呼びいただけますか?
直接、お話をお聞きしたいのですが。」
アキレスは再び目をパチクリさせた後、軽く頷いた。
「承知いたしました。
今、呼んで参ります。」
アキレスは立ち上がると一礼して部屋を出て行った。
と言う訳で皮革工房へやってきました。
当然、ウォードと一緒に。
ここで犯人を見つけることは出来るでしょうか。




