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多少の暴力表現があります。注意してください。
あたしのこの世界で、深刻な問題が一つだけあった。
──友達が、恐ろしくいないことである。
その理由は、皇女様シルビアに軽々しく話しかけているから、という安直な理由なのだが、安直だと思っているのはあたしだけである。
そりゃ国民からしたら皇女様は雲の上の存在であり、崇めるべき対象である。これに関してはあたしが悪いが、避けられたり不当な扱いをするのは違うというか。それを罰するのは本人だけであるべきだと思う。これは言い訳だろうか。
そんな訳ではあるが、あたしは色んな人と仲良くしたい。友達がいないのは寂しいし、テスト勉強だって友達とやりたい。テスト週間まで二週間なのに、友達が出来るどころか、目の前に立ちはだかる人々は、友達という形相ではない。
「ちょっとお話良いですか?」
「は、はい」
今後、彼女とは友達になることはないから、A子としておこう。そして後ろにはB男とC男。彼女を守るようにして後ろにしっかりと整列していた。嫌な予感どころではない。それは当たっていた。
学園の裏、誰も手入れをしないそこは草が膝下まで生い茂り、ここ数週間誰かが来た形跡もない。
そこまで付いていくと、突然胸元を掴まれてそこへ投げ出された。
「無礼な下級市民のタチバナさん、でしたっけ」
「なに?」
「私が、貴方を躾けてあげましょう」
皇帝に忠信を誓いすぎて気でも狂ったか。
男に腹を蹴られ、蹲るあたしに、彼等は追い討ちをかけるように踏み躙り、まるでサッカーボールのようにあたしの腹部に追い打ちをかけた。
──嫌でも思い出してしまう、父との日々を。
父は、男の子が好きだった。だから、女の子が産まれた時は、相当荒れていたという。暴力の対象は母へ、それから弟が一人、二人と産まれていくと母を見直し、結果一番カーストが低いのはあたしだった。
昔から慣れてしまっていた。この痛みに。彼は賢い。服の下なら痣なんて見えない。だから腹部を集中的に攻撃しているんだろう。
あたしが魔法使えるのって知らないのかな。使えたとして、反撃する気にはなれないけど。
多分、あたしの方が強いし、同じ土俵には立ちたくはない。それに、耐えていたらいつか終わりが来る。
「ったく、疲れたな。助けてぇも、やめてぇも何にも言わねぇじゃんか。つまんねぇ、人形蹴ってるみたいだわ」
ほら、もう終わる。
「何笑ってんだよッ」
右頬に蹴りを入れられ、口の中が血で滲む。
髪の毛を掴まれ、男の顔がぐっと近づく。
「可愛い顔してんじゃん。別の遊び方してあげても良いかもな」
「…………」
過激派には注意しろと言われたが、ここまでとは。
髪の毛乱れちゃったし、直してかないと。
──むなしい。
それからというもの、あたしはイタズラや暴力をされるようになった。
教科書やノートがよく無くなるようになった。特待生なのでその援助はされている。ほぼ毎日販売所に通うようになり、無くしたという理由で物を貰うようになった。
「無くし過ぎじゃない? あんまり無くすのはもう止めてね」
優しい人間から、嫌そうな顔をされて、とても辛くなった。あたしはそれからそこには通うことはやめ、ただでさえ理解できない授業を、寝て過ごすようになった。
学校の裏に連れて行かれる頻度は減らなかった。身体の関係を持たれそうになったが、あたしの痣を思い出したのか、そんなんじゃ興奮しないと笑い飛ばしていた。
そんな日々が、一週間と少し続いていた。すると無言でシルビアが私の手を取り、図書館へ行き、少し奥の本棚を魔法で退かして、誰も知らぬような所へ連れ出した。
隠し部屋。多分おばあちゃんが知ったらよろこぶだろう。ただそこは薄暗く、机と椅子が置かれて、本が数冊置いてあるだけの個人スペースだった。
「そもそも、貴方が私に敬意を払わないのは、同級生だから、というよりも私が初対面時にした無礼な態度に原因があると思っています」
いや、あたしは普通に敬語無しで最初から関わっていたような気もする。それは関係ないかもしれない。
「それを、私の口から伝えましょうか?」
「どうして?」
「何か、されているんですよね? 最近の貴方の様子はおかしいです。それに、学園の裏に連れて行かれ、帰ってきたと思ったら憔悴しきった顔で。私も確認に行きたいのですが、最近は生徒から声をかけられ迎えない状況です。何をされているんですか」
シルビアはあたしの状況を見て心配してここに連れてきたようだった。でも、あたしはその対処の仕方が分からない。どう言葉を紡げばいいのか。
「関係のない男性と、会話もせず連れて行かれることが増えましたよね。私の聞きたいことは分かっているはずです。これは問い掛けではありません。命令です。教えなさい」
「…………」
沈黙の時間は、そう長くなかった。五秒から十秒の、短い時間。なのに彼女はあたしから話を聞くことを諦めたんだろう。軽く魔法を唱えると、あたしの腕は上に上がり、薄く光る丸い円状のものが途端に現れ固定された。
「何を……」
瞬間、ベストを懐のナイフで破られた。それから、力いっぱいにシャツのボタンを引き裂いた。
その下に広がっている光景を、あたしは知っている。痣だらけの、醜い体。二日や三日では消えない、濃い跡。
「これ、は…………」
嫌だった。こんな無理やり暴くことは彼等でさえしなかった。どちらが酷いかは、明確だが。
「っ……なんですかその顔は。まるで私を憎いと言いそうですね」
「拘束して、人の服を破って、人の裸体見られたらそうなるよ」
ぁ、と小さい声を漏らして、彼女は少し項垂れた。
「……それは、謝ります。すみません。私は、貴方のこんな痣を知りません。どうして、こんな事になっているんですか」
「分かんない」
「貴方の魔術の力なら、治療することも容易いはずです。これは後から告発するつもりでしたか?」
「治療……告発……? そんなことしなくても、これくらいどうってことないよ」
「どうってことあるから、私は今こんなにも怒っています。分かりますか?」
彼女からしたら、そうなんだろう。でも、あたしからしたら昔あった話の延長線上の話で、今更掘り返して何か言うものでもない。
「アスカ、様」
お腹をゆっくりと清らかな手で撫でられる。それから、その手は鎖骨に伸び、あたしの痣を強く押した。
「いっ…………」
それを聞いた瞬間、彼女は優しく肌を撫でた。でも、それを皮切りに他の痣を刺激し、撫でるという奇行を、何度か繰り返した。呼吸が浅くなる。申し訳無さそうに彼女はあたしの頬を撫でた。




