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 食材を買い、あたしとシルビアは寮のキッチンに立っていた。


「あ、座ってていいよ。ごめんね、ドーナツ屋の埋め合わせは必ずするから。」

「つ、作れるんですか?」

「軽いものなら」

「凄いです!」


 確かに皇族がキッチンに立っているわけない。彼女の非日常だから凄いと思うんだろう。


「私が作ると全て真っ黒になってしまうので」

「…………そう」


 彼女も経験者だったみたいだ。


「あの、隣で見ていてもいいですか?」

「うーん、恥ずかしいなあ。そんなに見せられるような手際でもないと思うし……」

「そうですか……」


 捨てられた子猫のような反応だ。そういう反応をされて、駄目と言える人間がいただろうか。


「仕方ないなあ……。大目に見てね?」

「はい! 勿論です!」


 キラキラと目を輝かせる彼女に、胸が締まる。

 そこまで期待されるような行動が出来る自信はない。料理は得意だけど、まじまじと見られるのは違うのだ。

 米を研いで炊飯器にセットする。さて、いつも作っているように作ろう。 


 ──しかし、それは想像以上に酷だった。


「私も何か手伝いたいです。何か斬りましょうか?」

「じゃあ玉ねぎを……って、包丁危ないんだからそんな剣みたいに持つくらいなら置いといて!」

「え? いつももっと長い刃物を使っているんで……」

「…………そう、でも危ないから、使わない時は落ちない位置に置いておこうね」

「はい! じゃあ、斬りますね」

「ちょっと待った、何その構え方危ないッ!? 包丁禁止ね!」

「ええ!?」



「卵を片手で割れるんですね!?」

「よく家で料理してたからね〜慣れたらみんな出来るようになるよ」

「私もやりたいです!」

「うん、じゃあやってみよっか」

「…………」

「…………」

「……殻が入ってしまいました。隠し味になるでしょうか」

「普通に取ろっか」


 

「何もお役に立ててない気がします。せめて料理だけは燃やさせてください」

「も、燃やさせる?」

「魔術で火を出すんです」

「だから全部燃えるんじゃない……? あたしコンロでいいよ」

「…………」

「ごめんけど、これだけはそんな顔しても駄目だからね!?」



 というように、とても壊滅的な彼女のセンスにあたしは振り回されていたのだ。それを全て回避して、カツ丼はとうとう完成した。


「なんか弟達思い出したかも。懐かしいや。あの子達も手伝いたいってよく言ってくれたからさ」

「それはいくつの子なんですか?」

「十五歳と、十二歳。あたし弟二人いるんだよね。元気かな」

「わ、私を見てその歳の弟を思い出したんですか!?」

「あはは」


 とても懐かしい。家に帰ると毎回いた彼らは、今はいない。何をしているのだろうか。もう一ヶ月は会っていない。夢なら覚めろと、思う日が増えた。


「……会いたい、な」

「会えないのですか?」

「ちょっと今はホームシックなだけだよ、いつか会えるんじゃないかな」

「便りを出しましょう! そしたら返事が来て、少しでも気持ちが薄らぐかもしれません」

「そうだね」

「っ……」


 しまった少し暗い話をしてしまった。ちょっとだけ心配させてしまったみたいだし。


「ごめんごめん、食べよっか。いただきま〜す」

「い、いただきます」


 あたしは食べようとする手を止め、シルビアの一挙手一投足を目に焼き付けていた。

 正直、不安なのだ。皇族ともあろう方に料理を振る舞うのは。父が飲食店をやっているのでその手伝いで作ることは多かったし、調味料の量もバッチリ、味見しても美味しかったけど。


「ど、どう?」


 無言で咀嚼する彼女。どうしよう、これで次の言葉が、いいものじゃなかったら。そしたら立ち直れないかも。


「とても、」

「……とても?」

「とても、美味しいです!」


 宝石のような目を大きく開いて、満面の笑みを浮かべる彼女。そんな子供っぽい姿に思わず笑みが溢れてしまう。


「ふふ、良かった。口に合わないかと思った。あたしの家のカツ丼ってめちゃくちゃ評判いいんだよね〜」

「凄いです。初めてこんなものを食べました。どうしましょう、何から語ればいいのやら」

「恥ずかしいから語んないで。それに、そのレシピ考えたのお父さんだし。あたしは全然凄くないよ」

「それでも、凄いです! だって再現して作っているのでしょう? こんなに美味しいものは初めてです。お肉と卵と玉ねぎとご飯が合わさった瞬間、とんでもない美味しさになります!」

「あはは、面白いこと言うね〜」


 カツ丼を初めて食べるとこうなるのか。


「あのね、先にお店に一人だけ行ってくまなく調べられちゃったら、その可愛らしい顔が見れないんだよ」

「え?」

「それってちょっと悲しいしさ。ふふ、でも今それわかるのあたしだけか」

「そうですよ。なんですかそれは。でも、それなら私も貴方が喜んでいる姿が見てみたいです! 美味しいデザートを紹介します! ドーナツ屋さんでも構いませんよ?」

「ああ、そうか。でも、違うんだよ。その、何ていうんだろうな。あたしは友達と感覚は共有したいタイプで……」


 彼女の常識や、気遣いを否定せずに、なんと伝えれば良いのか。難しいことを言葉にしたことがなかったから、なんと言えば良いのかわからない。


「行ったことない店しか行くな、じゃなくて、あたしがシルビアと行ったことないお店を一緒に行きたい、かも、ね。で、もし、美味しい店を見つけたら、好きな人の綻ぶ顔を見るために自信のある店に行くといいのかなぁって、持論だけど」

「なるほど?」

「とにかく、あたしと一緒に何処かに行く時は、下調べは全然しなくていいからね! しても少し!」

「わ、分かりました」


 シルビアは少し考え込むような素振りをして、あたしの目をはっきりと捉えた。


「アスカ様は、私と友達になりたいのですか? それとも、こ、恋仲になりたいのですか?」

「え…、?」

「大切にすると、手の甲にキスをしたり、意味の分からないことをよく言っているでしょう。なのに友達友達と、矛盾しています!」

「ああ……」


 そもそも、夢の中だと思っていたんだ。だからどうにでもなれ〜の精神で色んな行動をしてきた。

 でも、そうではないのかもしれない。ゆっくりと流れる時間、はっきりとした感覚。あたしの第二の人生が、何故かここで始まろうとしてる。


「シルビアは、この世界で一番いい人だと思う。だからあたしは、そんなシルビアには幸せになってほしいわけ。」

「はい」

「でも、あたしと付き合うことが幸せになるとは限らないじゃん? それに同性同士、あたしはシルビアの考えを変えさせてまで無理に付き合おうとは思わないわけ。ただ、その辺の碌な男には引っかかってほしくない。それならあたしが大切にしてあげたいってこと」

「…………」

 

 シルビアの耳は赤く染まっていた。そして口を何度かぱくぱくさせ、絞り出すような声を出した。


「……私には、偏見はありません。」

「そ、そう、」


 それは、遠回しのアタックしろの言葉だったんだろう。その顔を見ていれば分かる。

 甘い。少し、カツ丼に砂糖を入れすぎたようだった。

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