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花屋の朝は遅い。ゆっくりでいいよ〜と言われ、十一時頃に向かうと早いねぇと言われた。きっとバイトなんて募集してないんだろう。
アルバイトを探して街を散策していると、果物を大量に落とした人がいたので、それを拾ったらお礼がしたいと言われた。アルバイト探してますと言うと、学園の制服を見て拾ってくれたのだ。
歳は六十くらいのおばあちゃん。つくづく、お年寄りの方と縁がある。
「来ないと思うんですけど、友達がもしかしたら来ます」
「仲がいいんだねえ」
「どうなんでしょーね〜……。普通よりの普通っていうか」
「それは普通じゃなくて?」
「普通ですね」
仲が良い、とは言えないだろう。何故か謎に気にかけてくれてるのは、恐らくシルビアがとんでも無くチョロいからだ。ジャックに引っかかるくらいだし、友達はいないし、悪口ではないが、本当に社会を知らなさすぎるんだ。
「あれ、あの子かい?」
随分と早くに来たな。それも、馬車に乗って。制服ではない、私服姿の可愛らしい格好で。
派手なドレスではない。だが小綺麗なそのワンピースは、何かしらの階級に当たるようなそんな服だった。そしてハーフアップで、髪留めに宝石がついたその姿は普段とは違った姿でとても愛らしいものだった。
「皇女様に似てるねぇ」
「あはは、そうですかね」
驚きで心臓が高鳴った。それも束の間、彼女はそれよりもとんでもないことを言い出した。
「ここにある全部の花を買えば、今日の仕事はなくなって、彼女に給料は払えますか?」
「は?」
「お、お客様? ここにある花を? 全部?」
「はい。全部買います。いくらですか?」
「「…………」」
バケモンだ。貴族様々である。
「お客様、大変ありがたいのですが、それはできません。私の花は、一つ一つ丁寧に真心こめて育てた花です。どの花が良いのかではなく、選ばないという選択で蔑ろにしてほしくないのです」
「すみません……。私が幼すぎました。」
言葉通り、とても落ち込んでいる声色だ。そうして店内を歩き出した彼女。
そこまで焦らなくとも、あたしはいつだって遊ぶことができる。なのにわざわざ買い占めるようなことをするなんて。
そんなに友達がいなかったのか。
「では、そうですね──」
徐ろに、彼女は赤い薔薇を手に取った。
「この薔薇に、この店にある全ての花の値段をつけましょう。それなら構いませんか?」
「ええ……大変うれしいですが……」
そして、あたしの方を見て花を差し出した。
「──これは、貴方によく似合う花です。髪の色を見て……そう思いました。私達はまだ出会って日が浅いので、これから貴方のことを知って、もっと貴方に似合う花を探したいものです」
「あたしに……ってこと?」
「はい。見た瞬間、渡したくなって」
花を貰うのは、何気に初めてかもしれない。受け取って、眺めてみると、花弁も折れてないとても綺麗な花だと分かった。
「それで、彼女にアルバイトの代金は出せますか? それから、彼女は何時頃に仕事が終わるのでしょうか?」
「よく、わからないけど、お金がないからアルバイトを探していたのかい? レジにある大きいお金はこれだけしかないけど持っていきなさい。それから、今から遊びに行ってくるんだ」
「本当ですか?」
「そ、そんな、貰えませんよあたし仕事してないのに」
「貴方に付けられた値段の花なんだから、これくらい当然さ。それにレジのお金と言ってもそこまで多くない。花屋に客は多くないんだよ。」
「ありがとうございます……。働いて返しますね!」
手に乗せられたお札。これは日本で言うとどれくらいの価値なんだろうか。
なんの達成感もない。お金を貰えることは嬉しいが、申し訳無さのほうが勝ってしまう。
「許可も出たことですし、行きましょう。どこに行きますか?」
「実はお客さんからオススメを聞こうと思ってたから、こんな早く解放されるとは……」
「そうですか。でも大丈夫です」
嬉しそうにシルビアは店の外に出て、馬車の前で振り返った。
「どうぞ、乗ってください」
あたしは差し出された手を取って馬車に乗り込んだ。馬車なんて、初めて乗った。向かいにシルビアが座り、なんだか恥ずかしくて窓の外に目をやった。
とても、特別な体験をしている気がする。
夢だと思っているこの世界は、あまりにも感覚が鮮明で、現実的だ。それに、時の流れもゆっくりしている。
もし本当にここが現実だとするなら、どうしてあたしはこんなところにいるのだろうか。
「緊張していますか?」
「え? してるかどうかって言われたらしてるかも?」
「大丈夫です。そう簡単に事故は起こりませんから」
緊張って、事故るかどうかじゃないんだけどな。
「あ、どのお店行く? まさかこんなにすぐ遊びに行くとは思って無くて、何も知らないんだけど、ごめんね」
「大丈夫だと言ったでしょう? 三丁目の、ドーナツ屋さんに行きましょう。調査をしたところ、とても評判が良かったです。私も一度行きましたが、低価格ながらあんなに美味しいドーナツが作れるとは驚きました」
「一度? 一人で行ったの?」
「いえ、クロイドと、何人かの兵士の方々と、どれが一番美味しいのかを真剣に議論しました」
「…………」
ま、真面目、なのか? まさかそんなことされるとは微塵も思っていなかったから、頭がうまく回らない。何を言えばいいんだ。とりあえず、それは違うことだけ分かる。
「その、気持ちも嬉しいし、そういうことしてくれるのはありがたいんだけどさ、それ、シルビアの負担にならない?」
「負担?」
「調べてくれるのはほんっとーに、ありがたいし嬉しいよ? でも、全然不味い店でも、クソみたいな店でも、それって全部思い出になるんだよ。あの店ほんとーに最悪だった〜って、でもそれが思い出になるみたいな? 分かんないけど」
「評判の良くないお店のほうがいいんですか?」
「そうじゃなくて! なんていうか、一人で調べるんじゃなくて、あたしと二人で調べよってこと! わかった?」
シルビアは、困った顔をして視線を逸らしてしまった。
そうか、彼女は喜んでもらえると思って、安心させようと調べてくれたんだ。
「責めてるわけじゃなくて、あたしのために時間使って調べてくれたことは嬉しいんだけど、あたしは、その、そうやってあたしのために時間使ってほしくないっていうか……」
「わ、わかりません……」
「申し訳無いじゃん。それに、初めての食べ物は一緒に食べたいじゃん。シルビアって、カツ丼食べたことある?」
「カツ丼? いえ、ありませんが……」
「よし! なら今から食材買いに行くよ!」
「ええ!?」
早速あたしは路線変更しろと騎手に叫ぶ。困惑しながらも、その願いに応じてくれた。




