春の存在
視点が目まぐるしく変わるので解説付けます。
二話目はタクト視点の話です。
短めです。すみません。
今でも時々ふとした瞬間に思い出す。
あの春の、幻影の様な出来事を。
確かに俺はあの時トラックに跳ねられたし、病院で痛烈な目眩にも襲われた。
全て眩んだと思った瞬間目にした物は俺にとっての何だったのか、そんな考えが頭を占めていく。
俺はもう大学生になった。
家から一番近い桃李大学に進学を果たし、脳科学について研究している。
俺が視た夢が現実である事を証明する為に。
因みに成果はまだ無い。
入学したばかりだからな。
「お~い、秋築。大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「大丈夫です……。……教授……。いつもの貧血ですから……」
「具合悪いなら休んで良いんだぞ。お前はウチのゼミ期待の新人だからな。万全の状態で尽力して欲しい。という訳で今日はもう帰れ。ホレ、荷物」
教授は若くしてノーベル賞を取った脳科学界の天才だった。
その歳なんと32歳。
俺だって……いや、誰だってびっくりするような年齢だ。
そんな教授のお気に入りになってしまった俺はやたらと気に掛けて貰える様になった。
そしてそんな教授は今、俺の荷物を投げて寄越した。
「わあああああ!! ちょっと教授、投げる事無いでしょう!? 機材に当たって壊れでもしたら……」
「大丈夫b 俺、甲子園で先発したピッチャーだからb」
親指を立てて「ドヤ」っと誇らしげな顔を見ると、責める気も萎えてしまう。
とりあえず甲子園の話は嘘だった。運動音痴の理系頭の教授はスポーツなんて一切やってない。
そして教授の所為で大声を出した俺の頭痛は更に痛みを増した。
「じゃあ……お言葉に甘えてお先に失礼します」
「おう! ゆっくり休め~」
適当に手なんか振って俺は研究室から追い出された。
仕方ないから家で眠るとしよう。
こうして居るとあの日を鮮明に思い出す。
俺の経験した時間が嘘だと知った日の事を。
あの後、まるで心を失ったかの様な状態で過ごして来た俺は気付けば大学生になっていて、その時間と言うのは何とも非現実染みていた。
俺の記憶なのに俺のものじゃないみたいな、そんな感覚だけが胸を渦巻いている。
違和感があるのだ。平和なこの日常に。
別に平和な日々を否定はしない。むしろいいことだ。しかし、何だかこの空気は俺の肌には馴染まなかった。
それからというもの、事あるごとにあいつの存在を思い出してはモヤモヤしたよく解らないものが思考を占めているのだ。
メア、お前は本当に俺の前に居たのか……?
俺と話をしていたのか……?
今となってはもう解らない。
鏡を見る度に見えるこの『紅い目』だけが俺の記憶の手掛かりだ。
もう隠したりはしない。
これが視える人間が1人でも居ればそいつはメアと俺の記憶に繋がる重要人物だ。
(こうゆうことは流石に誰にも話せないよなぁ……)
話したら馬鹿にされるかそれこそ教授の下に送られて脳を解剖してくれとか言われそうだ。
とりあえず今は体調回復に専念する為に帰路を早足で歩く。
ああ……目眩が酷い……薬局行って薬買って帰るか……。
駅前の薬局は俺もよく足を運ぶところだ。
駅前という事もあって夕方などは結構人が居るが今は午前中。
店員も暇な時間帯だろう。
「こんちは~……」
一応挨拶はするが特に意味はない。
「お前また来たのか……? いい加減病院で診て貰えよ」
そんな店員にあるまじき言葉を吐いたのは同じゼミの一員で午前中はバイトで学費を稼いでいる友人だ。
「うるせぇよ。一回病院行ったけど「貧血ですね」の一言で返されたんだよ! そんな言葉よりも金を返せと医者に言ってやりたかったわ」
「そりゃ災難だったな。今日もいつもの薬か?」
「……ああ」
もう何回も同じ薬をここで買っているから「いつもの」という一言で伝わってしまう。それ位俺は貧血で悩まされていた。
「それ飲んでさっさと身体休めろよ~」
カウンターで肘を付いて適当に店から送り出された。
どうも俺周りには適当な性格をした人が多いらしい。
父親もそうだし。
家に着く頃には大分目眩は良くなっていた。
買ってきた薬をテーブルの上に置き、 ベッドに腰をおろす。
白いビニール袋から液状の薬を一本取りだし、蓋を捻るとパキュッという間抜けな音がして蓋が開く。
中の薄いピンク色の液体を口に流し込み苦味と格闘する事、5分。
口の中の苦味は過ぎ去り、俺はカバンを枕にして寝た。