秋の夢
今回はナツメ視点。
ボクが毎回呼んでしまうあの名前は誰のものなのだろう。
とても大切な事な気がするのに思い出せない。思い出さなくちゃいけない……と、思うのに……。
ボクは専門学校があるビルの屋上に居た。ここに来れば1人の時間が作れるから、毎日訪れるのが日課となっていた。
屋上には春だというのに冷たい風が吹いていてボクの体温を見事に奪って行った。
高校を卒業して6年。
今は大学も出て専門学校に通っている。
母親と同じデザイナーになって母親を助けるのが目的……というのは口実だったりする。
自由を得る為の、口実。
仕事の事に少し口出ししておけば今よりも更に自由になれる気がした。
「霧生さん、体温低いのにこんな所で身体冷やしても良いの?」
「アンタ誰? --ああ、答えなくていいよ。興味ないから。ていうか、ボクの事なんて気にかけないでよ。知らないの? ボクが変人として嫌われてるってさ」
そんな屋上で、変わり者のボクなんかに話し掛けて来る変わり者が居た。全くもって知らない、仲良くなるつもりもない女だ。
大抵ボクに話掛けて来るのは何かの罰ゲームを受け負った者や、興味本位の者だけだ。
だからきっと今回もそうだろう。
口の中に入れていたチュッパチャップス(ラムネ味)を出し、この風と同じ様に冷たく応答する。
「どうしてボクに関わる訳? 誰も得しないでしょ」
「霧生さんがデザインした椅子が素敵だったから話してみたくなったの」
「ボクの椅子が? 見る目ないね。先生も言ってるじゃん。心がないって」
「何も無いから、良いんじゃない」
「やっぱり見る目ないよ、あんた」
ホラ、やっぱり。今回は後者の理由か……。
ボクは立ち上がると屋上を去った。
人が居る屋上なんて煩くて居られない。
元々1人になる為に訪れているのだ。人が来たらそこに居る意味も、その場所の価値も無くなる。
だからーー今日はこのまま帰ろう。
階段を降りて駅へ向かう足を早める。
今日は一段と寒い。
今日の夜は満月らしかった。
月の周期が一緒に書き込まれた日捲りカレンダーはそう教えてくれたが、空を見上げる気にはならない。
見ても憂鬱になるだけだ。
天気予報によれば今夜は雲一つない快晴らしい。星も月も明るく闇を照らすだろう。
でもそんなに月を見たいとは思わなかったし、カーテンを閉めれば明るさは気にならない。
満月は、嫌いだった。
見ていると自然に涙が溢れるのだ。
感情とは無縁の、冷たい涙が条件反射の様にとめどなく溢れて、零れてくる。ボクはそれを止める手段を知らずにただ感情もなく疲れて眠るまで泣き続ける。
ならばもう見なければいいと思ったのはちょうど一年前の事で、どうして今まで気付かなかったのかと自分を少しだけ責めた事もある。
--どうして。
--どうして涙は零れる?
--何かあったの?
--いつも呼んでしまう『美奈』という名前に関係あるの?
--誰か、答えを知っている人は居るの?
そんな事を思いながら、重たい頭を抱えて昼寝をする事にした。
少しでもマシになってほしい、そう願いながら。




