第十八話 道中
屠殺。
皮や肉のために家畜を殺す事。
轢殺。
車輪などで轢いて殺す事。
圧殺。
押し潰して殺す事。
目の前に広がっているのは、きっとそう形容されるもの。
常人ならば、間違いなく見るに堪えないであろう光景。
死兵と化した蟻と蜂の先兵が無差別に敵を殺し、討ち漏らした残りを後続が仕留めながら突き進む。
女王の通る道に、塵があってはならないと。
助命の嘆願は無視される。
逃亡者は後ろから刺される。
戦士は暴力に蹂躙される。
死体は無慈悲に踏み潰される。
そこにはただ一匹の例外もない。
芋虫だろうが甲虫だろうが蝶だろうが蠅だろうが、蟻だろうが蜂だろうが一切の区別なく命を刈り取られる。
生者は弱者の屍を踏み荒らし、乗り越えてまた命を奪う。
勝ち鬨が上がる。
右で左で、前方から戻った報告が相次ぐ。
敵を幾人殺したと、嬉しそうに語る兵士達。
歌い手は凱歌を高らかに。
踊り手は舞踏を艶やかに。
鳴らす羽音を背景に、奏でられるは女王の賛美歌。
――勝利を! 絶対の勝利を!
――我らに敗北の二文字は許されぬ!
――進め! 進め! 進め!
――血肉を王へと捧げよ!
――我らが全ては王のため!
――殺せ! 殺せ! 殺せ!
――愛しき瞳を穢さすな!
――麗しき美貌に触れさすな!
――我らが母の御前に、下賤の姿を現さすな!
声帯を壊さんばかりに力強く歌う。
体を周囲にぶつけながら激しく踊る。
それは生き物でなければあり得ない、生気に漲る狂宴の渦。
ここに居るのは現在を生きる者のみ。
過去に縋り、永遠を望み、未来に夢想する者はお呼びでない。
故にこそ、兵士達は末端まで死兵となりて女王の命を全うする。
たとえそれが、闇雲に突撃しろという理不尽なものでも。
たとえそれが、無為に兵を減らしているだけでも。
たとえそれが、女王の戯れに過ぎなくとも――
――女王の意志に反する事を、兵達は決して選択しない。
それこそが、ホーネット・アントが昆虫族の最強の一角たる理由。
配下へ強いる絶対の服従。
対象は同種族限定ながらも、その効力は比類ない。
そしてそれを自覚しながら、女王は存分に力を振るう。
自らの欲望を満たす、ただそれだけのために。
女王は近衛たる羽蟻達を引き連れて、怒号に溢れた戦場を漫遊する。
木々は倒れ、草地は剥げ、大地は抉れる。
そこに残るのは、森の遺物と戦士の遺品。
兵どもが夢の跡、戦闘の名残が濃厚に漂う。
転がるアイテムには目もくれず、悠々と歩く姿は王がごとく。
楽しそうに周囲を見回す姿は、あどけない童女のよう。
しかし、その表情に浮かぶ喜悦は、破滅をもたらす魔女のもの。
三日月を象る口元からは、押し殺した笑いが漏れる。
くつくつと、愉快痛快この上ないと、止まらぬ声は止められず。
それを聞く羽蟻達は、無言で無心で側に佇む。
艶を帯びた女王の笑声は、遠く前線の兵士達にまで届き渡った――