第13話 アーカイブ見ろ事件
通知音が止まらなかった。
見慣れたちゃぶ台。
ちょっと散らかった配信機材。
部屋そのものはいつも通りなのに、ホログラムの向こうだけがずっと騒がしい。
「待って待って待って、増えすぎ!」
こよみがホログラムを両手で広げる。
切り抜き。
感想投稿。
YouMoveのコメント。
イクスのつぶやきまとめ。
とにかく全部だ。
その中に、明らかにいつもの視聴者とは違う名前も混じっていた。
『ルミナとかも反応してるらしい』
『これもう次の段階入ったな』
『キューちゃん見つかっちゃったか』
「この人も見てる。あと、この人も……え、こっちまで?」
こよみが目を丸くする。
上位配信者。
考察系。
探索者アカウント。
切り抜きだけじゃない。
アーカイブまで、見られ始めていた。
「キュ……」
見つかっちゃったか、じゃないんだよなあ。
その言い方だとちょっと可愛いんだけど、実際はだいぶ面倒だ。
しかも、見られている内容が内容だ。
顔文字。
封印区画。
TAC。
ひとつだけでも重いのに、全部まとめて外に出てしまっている。
ただ、その流れの中に、少し違う空気のコメントが混じっていた。
「……あれ?」
こよみの声の調子が、ほんの少しだけ変わる。
俺が顔を上げると、こよみは画面の一点をじっと見ていた。
「キュ?」
「これ」
こよみが指さした先には、切り抜き動画のコメント欄が開いていた。
『キューちゃん、(´・ω・`)まで含めて完璧な演出で草』
『あれ絶対わざとだろ』
『喋れない設定も含めてキャラ作り強い』
『(´・ω・`)のタイミング良すぎない?』
『TACまで来るの出来すぎ』
『機構が声明出してないのもおかしいし、やらせでは?』
『やらせではないにしても盛ってる感ある』
俺は止まる。
……いや、違うだろ。
だいぶ違う。
おいしい方に転がした覚えもないし、演出した覚えもない。
顔文字だって、あれは本当に勝手に出たんだぞ。
こっちは止めたくて止めたくて、やっと通じたと思ったら、謎の魔物とTACで話が流れたんだからな!
こよみは黙って、次のコメント欄も開いた。
『切り抜きだけ見ると台本っぽく見える』
『(´・ω・`)で笑い取ってから本気バトル入るの配信うますぎ』
『あれはもう黙ってるのも武器だろ』
『計算高いマスコット』
『でも通しで見たら違うかも』
画面が変わるたびに、似たような言葉が増える。
笑っている。
盛り上がっている。
でも、ズレている。
こよみが、静かに言った。
「違うのに……」
いつもの勢いのある声じゃない。
でも、小さいのにはっきりしている。
俺は少しだけ姿勢を正した。
珍しい。
こよみは盛ることはあっても、こういうふうに、真正面から怒ることはあまりない。
「違うよ」
もう一度、こよみは言う。
「キューちゃん、あの時ずっと本気で止めてたもん。ね? だからわたしに伝わったのに」
「キュー」
こよみは画面を見つめたままだった。
「かっこつけてたんじゃないもん。必死だったんだよ」
その言い方に、俺は少しだけ落ち着かなくなる。
困ってた、じゃない。
本気で止めてた。
必死だった。
そうだ。
そっちの方が、ずっと近い。
まとめのイクスつぶやきは、さらに流れていく。
『切り抜きだとそこ入ってないのもある』
『タイミング良すぎるのはたしかに思った』
『わからなくもないけど、そこまで言うなら見返すか?』
「だから!」
こよみがぱっと顔を上げた。
「切り抜きだけで、見たみたいに言わないで」
声が少し大きい。
でも、怒鳴っているわけじゃない。
本気でむっとしている時の声だ。
「キューちゃん、ずっと戻ろうとしてた。わたしを止めてた。あの顔文字は、演出じゃない」
そこまで言って、こよみは一回きゅっと唇を結ぶ。
それから、何かを決めた顔になった。
「だめ」
まずい。
何か始まる顔だ。
「これ、ちゃんと言わないと」
「キュ?」
たぶん止まらない。
顔を見ればわかる。
この顔のこよみは、もうたぶん止まらない。
案の定、次の瞬間にはフライに向かって手を振っていた。
「フライ! 配信準備して!」
フライがぴっと小さな音を立てて、ホログラムを切り替える。
今まで通知一覧だった画面が、配信準備画面に変わる。
タイトル入力欄が開いた。
こよみは迷わない。
『切り抜きだけじゃなくて、アーカイブ見て!』
強いな、そのタイトル……!
「よし!」
こよみが言う。
俺はその横で、わりと本気で戸惑っていた。
いや、今からやるのか。
今、だいぶ疲れてるんだけど?
でもまあ、この勢いなら止めても聞かないな。
数秒後、配信が始まる。
今度はちゃんとリアルタイムのチャット欄が出た。
『始まった』
『キューちゃんおる』
『緊急配信?』
『タイトル怒ってて草』
『なにごと』
こよみはローテーブルの向こうで、普段より少し真面目な顔のまま、でもいつもの明るさは残して言った。
「こんばんは! キューちゃんねるです! 今日はちょっとだけ言いたいことがあります!」
キューちゃんねる……?
俺の個人アカウントが勝手に変えられてる!
まあいいか……!
俺は座布団の上でちょこんと座る。
できれば静かにしていたい。
でも今この状況で静かにしているの、逆に『当事者です』感がすごいな……。
『なになに』
『キューちゃんまたしょんぼりした?』
『どうした』
こよみは画面をまっすぐ見た。
「切り抜きだけ見て、『やらせっぽい』とか『演出でしょ』って言ってる人、いるよね」
チャット欄の流れが、少しだけ遅くなる。
「違うよ!」
やっぱり、そこから入る。
「キューちゃん、あの時ずっと本気だったよ!」
『でも顔文字は出来すぎじゃない?』
『そこだけ切り抜くと演出っぽく見えるのはわかる』
『こよみちゃんがそう言うならまあ……』
こよみがさらに身を乗り出す。
「そこだけ切るからそう見えるんだって!」
本気だ。
珍しく、かなり本気だ。
「最初から見てよ! ちゃんと最初から!」
声を強くする。
「やらせなら、何度もやらないよ!」
チャット欄がざわつく。
『まあそれはそう』
『出口指してたのは覚えてる』
『でも切り抜きだけだと入ってないな』
『じゃあどのへん見ればいい?』
『検証班行くか』
検証班って何だよ!
でも、悪くない流れだ。
こよみはそこを逃さなかった。
「アーカイブ見て!」
指をびしっと画面に向ける。
「切り抜きだけじゃなくて、ちゃんと最初から見て!」
『いま見返してる』
『待ってろ』
『確認してくる』
『アーカイブ勢出動』
チャット欄の人数が少し減る。
本当に見に行ったらしい。
こよみは、ふんす、と息を吐いた。
俺はその横で、なんとも言えない気分になる。
見返されるのか。
あの時の俺。
だいぶ必死だったと思う。
見られるの、ちょっと恥ずかしいな……!
こよみがちらっとこっちを見る。
「だいじょうぶ。ほんとだったんだから」
「キュー!」
そうなんだけど。
そうなんだけど、そういう真正面な言い方をされると落ち着かないんだよな!
フライが静かに浮き、こよみは画面を見つめ、俺は落ち着かずにしっぽを少しだけ揺らしてしまう。
そして最初に戻ってきたコメントが、やたら速かった。
『見てきた』
『たしかに最初からずっと止めてる』
『切り抜きだけだと印象違うわ』
すぐ次。
『出口指してる回数、思ったより多い』
『やらせならあんな必死に引かせないだろ』
さらに。
『顔文字の前から撤退モードだった』
『(´・ω・`)だけ見てネタにしてたの、ちょっと違ったわ』
『通しで見ると本気だったんだな』
こよみが、ぱっと顔を明るくした。
「ほら!」
その声は、さっきまでの怒ったものじゃない。
いつもの、勝った時の声だ。
「ほらほら! そうでしょ! わはは!」
『これはこよみちゃんが正しい』
『アーカイブ見たら印象変わる』
『キューちゃん、思ったよりずっと本気だった』
『切り抜きだけで決めつけてごめん』
ごめん、まで来るのか。
そこまで来ると、逆にちょっとこっちが困る。
「キュー」
「うんうん!」
こよみが嬉しそうにうなずく。
「『わかればよろしい。面をあげい』ってことだね!」
違う。
そこまで偉そうではない。
でも方向としてはまあ、それでいいか。
戻ってくるコメントは、最初の軽さとは少し違っていた。
『切り抜きだけで笑って終わるのはもったいないな』
『この配信、ちゃんと追った方が面白い』
『キューちゃん、一言で片づけちゃダメなやつかも』
『次からアーカイブも見るわ』
キューちゃんって名前は、もう広まっている。
かわいいとか、変とか、意味わからないとか、強いとか、そういう一言で片づける熱量もある。
でもそこに、今、少しだけ別の層が混ざった。
ちゃんと見るやつだ、って思う層。
それは、思ったよりずっと大きい変化だった。
「でしょ!」
こよみが胸を張る。
「だから言ったじゃん!」
『でしょ! じゃないんよ』
『でも今回はマジでそう』
『こよみちゃん珍しく本気で怒っててよかった』
『キューちゃん、良い相棒いるな』
その最後の一文に、俺はちょっとだけ目を逸らした。
相棒。
まあ、うるさいけど、助かるのは事実だ。
こよみはさらに通知一覧を開く。
そこで「あっ」と声を漏らした。
「……え」
「キュ?」
「これ」
こよみが指さした先には、普通の感想とは少し違うアカウント名が並んでいた。
名前までは読み上げない。
でも、界隈で有名な人らしい。
しかも見ているのは、切り抜きじゃなくてアーカイブの方だった。
「有名な人たちまでアーカイブ見てる!」
今日だけで、封印区画を踏み抜いて、顔文字が出て、TACまで来た。
その上で今度は、配信の上の方にいる人たちまでアーカイブを見始めている。
なんなんだよ、もう!
「キュー……」
「うん」
こよみは、今度は少しやさしくうなずいた。
「でも、ちゃんと見てもらえた方が、たぶんいいよ」
チャット欄がまた流れる。
『次も生配信最初から追うわ』
『キューちゃん、もうネタ枠だけじゃないな』
『次どうなるんだろ』
次。
それが、いちばん面倒だ。
帰っては来られた。
でも、もう部屋の中だけの話ではない。
切り抜きだけじゃなく、アーカイブまで見られ始めた。
次は、俺たちが探しに行く前に。
向こうの方から、見つけに来る。




