12話 凶報
敵の異能兵を殺して、喜べない私を響き続ける銃声が戦場に引き戻す。私はすぐに敵からナイフを引き抜くと、立ち上がって拳を上げた。
すると、銃声が鳴り止み、代わりに味方からは歓喜の叫びが、敵からは悲痛の漏れた声が聞こえた。
「前線を動かすぞ!」
私が拳を下ろしたぐらいの時に味方の塹壕からそんな声が聞こえた。次の瞬間には味方の軍が突撃を始めた。
味方が動き始めた頃まで敵は俯いていたが、半数にも満たないぐらいの人数が銃を握り直した。
それを見た私は心を休める間もなく、味方の被害を減らすために敵の塹壕に突撃した。何も考えずに私はナイフを敵に振るって、味方が入ってきたあたりで一呼吸を置いた。
「シア、大丈夫か?」
味方が入ってきてからすぐに隊のみんなも隊長のその言葉と共に入ってきた。
「…大丈夫」
私はナイフを仕舞って鬼の姿を解いて、笑顔を作りながら返したが、隊長は何か言いたげな表情のまま、「シアが大丈夫ならよかった」とだけ言って、周囲の警戒をしていた。隊のみんなも私を心配している様子だった。
それからしばらくして、右側の戦場は制圧が完了して、中央に向かって味方の兵が攻撃を始めた。私の役目はこの時には無くなっていた。
私たちの隊は味方の塹壕に下がることになった。移動している間、みんな敵を警戒することに意識を集中させて、会話はなかった。
「皆さん、壕舎まで案内いたします。しっかり休んでください」
塹壕に戻るとオーロ少尉がそう言って、私たちの壕舎まで一緒に歩いて行った。その間、少尉は感謝の言葉を言ってくれたけど、私の心にはあまり響かなかった。
何となく、理由は分かっていた。私は人に戻り始めてたんだ。兵器ではなく、1人の人として、私と過ごしてくれた隊のみんなのおかげで。
そんなことを思いながら、私は壕舎に到着した。でも、壕舎は中央付近にあったから、味方の銃声がすぐ近くで響いていて、まだ戦場であることを強く意識してしまった。
そんな中でも疲れはあったみたいで、私は横になっていたらいつの間に眠っていた。
私が次に目覚めた時には、外が何も無いかのように静かだった。
「あっ、シアが起きた!」
私が起き上がると近くにいたカーナーが声を上げると、部屋にいた隊のみんなとオーロ少尉が反応していた。
「おはよう、シア」
「…おぁよ~」
隊長たちが挨拶をしたから、私も寝起きの滑舌のまま返したら、何故かみんなの頬が緩んでいた。
「シア、ご飯食べる?」
私が頬が緩んでいるみんなをぼーっと見ていたら、隊長が机に置いてあったパンを持って聞いてきた。私は頷いて、隊長のところまで受け取りに行って、パンと水を貰った。
それから私が食事を終えるまで、みんなは静かに待っていただけでなく、私のことをずっと眺めていて、正直言って怖かった。
「みんなどうしたの?」
「いや、別に何も…。シアが元気ならいいんだ」
食事を終えた私はすぐに聞いたら、隊長がそう答えた。その答えに私はうーんと思ったけど、深く考えるのはやめた。
考えるのをやめた私は今の疑問をぶつけることにした。
「ねぇ、何でこんなに静かなの?」
「あぁ、もう全軍移動したんだよ」
「それに夜だしね」
私の問いにアーラとカーナーが日常会話のように反応した。隊長もサムトも戦闘の間の日常を思い出すような、そんな反応をしていた。
「…移動したってことは勝ったの?」
「はい!右側の突撃から中央を制圧したことで左側は撤退して、私たちが勝ちました。敵の前線を下げることに成功したんです!」
私が呟いた言葉にオーロ少尉が食い入るように答えた。私があの異能兵を殺したことに意味はあったみたいだ。
「ねぇ、この後どうするの?」
役目が終わった戦場で私はどうすれば良いのか分からなかったから、とりあえず聞いてみた。
「今は本部からの連絡待ちです。多分、早くても夜明けぐらいになると思います。連絡が来るまでは皆さんはこちらの壕舎でお休みください」
私の質問に少尉が丁寧に答えてくれた。さっきまで眠っていた私は寝っ転がって、隊のみんなは寝ることになった。少尉は前線本部に戻るみたいだった。
少尉が部屋を去って、みんなが寝たことで部屋はカーナーのいびきだけしか聞こえなくなった。
「暇だな〜」
私はそう呟きながら起き上がって、気分転換に外に出ることにした。もう、真夏が過ぎた夜なのにまだ暑い空気が怠さを与えてくる。
昼間は今よりも暑かったはずなのに、戦闘で気にならなかったのかな?
そんな疑問を持ちながら、私は地面に座って空を見上げた。雲一つなく、星が綺麗に見える空だった。私はずっと、その空を眺めていることにしたが…
「シア!部屋にいないと思ったら…」
隊長のそんな声が聞こえて、私は目を開けた。さっきまで座って空を眺めていたと思っていたけど、私はその場で眠っていたみたいだ。
日が登り始めた頃でまだ空は暗かった。私はゆっくりと立ち上がって、隊長に連れられるように壕舎に戻った。
それから少し経って、オーロ少尉が伝令のために部屋の中に入ってきた。
みんなが起きて、朝食を食べながらの状態でオーロ少尉からの伝令を聞いた。
「『始まりの鬼』の皆さんはここでの役目が終わりましたので、テンレイ国のゼリン前線に入って、二正面で戦っているゼリン国を落とすのに一役買って欲しいそうです」
少尉のその言葉に私たちは予想通りではあったから、動揺することなく食事を済ませた。
「はぁ…休息は無しかぁ」
食事を済ませるとカーナーが呟くと、隊のみんなはつられるようにため息を吐いていた。
「皆さん、ありがとうございました。輸送兵が来るまでですが、ゆっくり休んでいてください。輸送兵が来たら、伝えに来ます」
少尉はそう言うと、部屋を後にした。私たちもその時に少尉にお礼を言った。
それから、連絡が来るまではゆっくり過ごした。誰も座ったまま動かず、テンレイ国の西軍事基地の小屋でだらけていた頃みたいだった。
みんなで休んで1時間ぐらい経った頃。扉を優しくノックして、オーロ少尉が戻って来た。
「輸送車が近くまで来ました」
少尉は入ってくるとその一言を言って、私たちは準備を始めた。準備といっても荷物はほとんどないから、すぐに終わった。
そして、私たちが壕舎を出る時には少尉と握手を交わして、塹壕の上へと登った。少尉も一緒に登って、私たちに深いお辞儀をした。
隊のみんなもお辞儀を返して、遠くに見える輸送用の軍用車に歩き始めた。私はお辞儀を終えた少尉に手を振り、みんなの後をついて行った。
「『始まりの鬼』の皆さん、どうぞこちらに乗ってください」
軍用車に着くと、1人の男が私たちを荷台に乗るように促し、私たちは指示通りにした。
「では、出発いたします」
そんな声が前の方から聞こえて、軍用車は走り始めた。来る時には2日だったから、今回も2日程度だと思って、私たちは他愛もない雑談で時間を潰した。
でも、一夜を越した出発した次の日に事件は起きた。
私たちはまだ着かないからと荷台で眠っていた。でも、軍用車が急に止まって、荷台の壁に頭をぶつけたことで私と隊のみんなは目を覚ました。
「……だ。そうだ!」
目を覚ますと怒鳴る男の声が聞こえて来た。昨日の荷台に乗るように促した男とは違う人の声。
目が覚めたばかりで内容が頭に入ってこない私と違って、隊長は緊急事態だとすぐに察したのだろう。すぐに荷台から飛び出していた。
隊長が荷台から飛び出したことでアーラとサムトも続くように降りて行った。その結果、私とカーナーは荷台に取り残されてしまった。
「シア…めんどくさいし、待ってようぜ」
私とカーナーは顔を見合わせると、カーナーがそんなことを言って、私は眠かったこともあって軽く頷いた。
それから、怒鳴っていた男と隊長の声が聞こえる時間が続いた。内容は壁に阻まれているせいか、正確に聞き取ることはできなかったから、後で教えてくれるでしょといった気持ちで私は座ったままで待った。
そして、10分は経たないぐらいで隊長たちは荷台に戻って来た。
戻って来た隊長の顔は、あまり良いことがあったとは思えない表情をしていた。
「何だ?そんな表情して…。めちゃくちゃ悪い情報だったのか?」
隊長の表情を見たはずなのにカーナーはいつものように空気を読まずに話を突っ込んだ。
「最悪の情報だったよ」
「あぁ…」
カーナーの言葉に隊長に続くように戻って来たアーラと、サムトまでも反応した。カーナーはサムトの反応に察したのか、「まじか」といったような表情に変わっていた。
隊長たち3人は肩を落としたまま椅子に座って、少し経つと軍用車が動き始めた。
「はぁ…できるだけ簡潔に話すと、ベレンの異能兵が暴走したから、止めるためにそっちに行くことになった」
動き始めた軍用車の中でため息をしてから、隊長がさっきの会話の内容を一言で言った。
異能兵の暴走。それは止めれるのか?私も暴走する可能性があるのかな?
「…止めれるの?」
隊長の話を聞いたカーナーが呟くと、隊長は「分かんない…」と答えて、荷台の中は静かになってしまった。
暴走した異能兵のいるベレンの首都付近までの時間、みんなが黙ってしまった状態で1週間が経ってしまった。
「『始まりの鬼』の皆様、現場近くに到着いたしました。現地の指揮官に引き継ぎますのでついて来てください」
ベレンの首都が離れた場所に見えて、少し離れた場所には首都を守るように作られた土塁。首都の反対側を見れば、ゼリン軍の塹壕と思われる溝とそこに居る兵が見えた。
「何で土塁の方に1人しかいないの?あっ…」
私は目に映った光景に一瞬、疑問が浮かんだけど、すぐにここに来た理由を思い出して納得した。
「土塁の中央ら辺にいるのが暴走した異能兵です。詳しい話は引き継ぐベレンの指揮官に伺ってください」
私の言葉に輸送兵はそう言って、私たちは中央土塁から少し離れた右側のベレン軍に合流した。
そして、私たちはベレンの指揮官の元に行った。
輸送兵は私たちを指揮官がいる、土塁が周りよりも高く積まれた場所に案内された。
「初めまして、『始まりの鬼』の皆様。『鬼神』様が来てくださって、私共は一安心です」
ベレンの指揮官は私たちが目の前に来ると、軽く頭を下げてそう言った。それに対して、隊長は私たちを含めた自己紹介を簡単にしていた。
「すみません、私としたことが自己紹介を忘れてました。私はここの指揮官のサルマ・ハーナ大尉です。よろしくお願いいたします」
ハーナ大尉がそう挨拶すると、私たち全員と握手を交わした。
「では、詳細を話させて貰います。まず、異能兵の彼ですが、最初は私共の指示に従ってくれていたのですが、突然味方や敵関係無しに攻撃を始めました…。理由は分かっていません…」
大尉は異能兵の話を始めたら、進むに連れて俯いていってしまった。
「何で今は攻撃してないんだ?」
そんな状況でも、カーナーが口を出した。
「攻撃しない理由は分かりませんが、近づくと誰であろうと攻撃をして来ます。それにより、我が軍も敵のゼリン軍もしばらくこの膠着状態です」
カーナーの言葉に大尉は俯いたまま答えていた。
近づいたら攻撃。まるで全てを拒絶しているみたいだ。
近づいたら攻撃してくる異能兵。それ故の膠着状態。私は異能兵の彼を止めることができるんだろうか?もし、止められなかったらどうするのだろう?そんな疑問が浮かぶ中でハーナ大尉が話の続きをする。
「彼がいつまでこの状態でいるのか、私たちには想像できません。今は近づかなければ攻撃はされませんけど、彼があの場から動いた場合など、不安要素がありすぎます」
大尉の声は震えているように聞こえた。やっぱり、異能兵は怖いんだ。
「『鬼神』様!お願いします。彼を止めてください」
私がそんなことを考えていたら、大尉が顔を上げたと思ったら、深々と頭を下げて私にお願いをして来た。私はその勢いに気押されて「はい」と頷いた。
「ありがとうございます。まだ、情報はあるので共有させていただきます」
私の返事を聞いた大尉は顔を上げると、少しだけ涙を流しながらそう言った。
「まず、彼の異能は『石』の異能です。分かっていることとしては何もないところから、石を生み出すことです。その石は弾丸のように飛ばしたり、壁として固めることができます」
何故か、異能を説明する大尉はさっきの不安からは考えられないほど、声が明るくなっていたように感じた。
「それと、弾丸として飛ばす石は私たちが使う先端が丸っこい弾丸と違って先端が尖っていて、実験の報告では薄い鉄の盾に穴を開けたそうです。実際、この戦場では1つの石の弾丸で複数人を貫く威力を見せています。警戒してください」
大尉は石の弾丸の話を集中的にしていた。確かに聞いた限りでは警戒するだけの脅威があることが分かる。1発で数人を殺せるは純粋な暴力しかない私にはできない。
でも、私には銃弾は効かないから大丈夫だろう。




