11話 カサン前線
私は違和感を感じて、そっちの方を見ながら苦い顔をした。目の前には土とかで茶色ばかりの景色のはずなのに、その中に似合わない青い煙のようなオーラが漂っている。前の鳥の異能兵は緑のオーラだったなと、考えていた時だった。
「どうかしたか?シア」
私が苦い顔をしていたのを見てか、アーラが小声で聞いてきた。
「前の戦場の時みたいに敵の方から違和感を感じるっていうか…嫌な予感がするっていうか…」
「えっ!敵の異能兵、もういるの?」
私は小声でアーラに返答すると、近くにいたカーナーが大声で反応して、その声に部屋にいるみんなが私たちの方を見た。
「どうした?カーナー」
カーナーの大声で一瞬の沈黙が出来たがすぐに隊長がカーナーに確認をした。
「シアが前みたいに異能兵を感じ取ったんだよ」
カーナーが隊長の質問にそう答えると、隊長は私の方を向いて確認するような目線を送ってきたから、私は「うん」と頷いた。
「敵の異能兵が戦場に入ったんですね」
私たちのやり取りにオーロ少尉がそう聞いてきて、隊長は「はい、そのようです」と返していた。
「では、私は司令室に報告に行って来ます」
オーロ少尉はそう言って部屋を去ると、部屋の中には緊張した空気が漂った。
緊張感が走る部屋の中でも、私たちは気にしていないかのように準備を始めた。いや、気を紛らわすためかもしれない。
みんなは寝る前に薄着になるために脱いだ軍服を着て、軍服を着たまま寝てた私はその上から外着を羽織った。
それから十分ぐらいはカーナーの面倒くさいとかの愚痴だけが聞こえる部屋の中で待っていた。
「皆さんに司令部からの指示を出します」
カーナーの愚痴の語彙が無くなって来た時にオーロ少尉が部屋に戻ってくるとそう言って、私たちに指示を出した。
「では、この前線の総指揮のサール中佐の言葉を伝えさせていただきます。『鬼神』様が異能兵を感じ取れる情報は共有されているので、敵の異能兵が戦場にいるという情報は信用しています。ですが、貴方様は対異能兵用の存在です。敵の異能兵が動くまでは待機をお願い致します。以上です」
少尉の言葉に隊長は「承知しました」と言って、私たちはこの壕舎に待機することになった。
サール中佐の指示のもとで待機してから、すでに数日が経過していた。敵の異能兵は前線にはいるが動く気配がなく、私が見えるオーラは最初に見た位置から変わっていなかった。
「いつまで待機なんだ?敵の異能兵は動かないのか?」
待機している部屋では毎日のようにカーナーの愚痴が響いていた。でも、日が経つにつれて、みんなはカーナーの愚痴に頷いたりして、賛同し始めていた。それでも一応、隊長はオーロ少尉に毎日確認しに行っていたが、待機の指示が続いた。
そして、待機の指示から1週間、2週間、更には3週間も過ぎて行ってしまった。
「このまま、1ヶ月とか待機になるのかな?」
「あり得るかもな」
今日も今日とてカーナーの愚痴が始まると、今まで静かにしていたアーラが反応し始めた。隊長は「まぁまぁ」と言って2人を落ち着かせていた。そんな時に私たちに新たな指示が出ることになった。
「失礼します。『始まりの鬼』の皆様に新たな指示を持って来ました」
今までは指示がなくて、こっちに来ていなかったオーロ少尉が部屋に焦ったように入ってくると、部屋の空気が一気に変わった。
オーロ少尉が慌ただしく入ってくると、久しぶりに部屋の中に緊張感が戻ってきた。
「ゼリン国の軍がここ数日で一気に進軍して、ベレン国の首都目前まで進んだそうです。それにテンレイ国の軍はゼリン軍とは膠着状態、ベレンの南西にあるゲレン国は別のベレンの前線に軍を送って、救援ができない状況だそうです」
部屋に入って来た少尉は息つく間もなく、状況を話し始めたが、隊長が情報の整理ができないからと少尉に落ち着くように促した。
「すみません。皆さんへの指示を伝えに来たんでした。連合陣営の本部からカサン国の異能兵を討伐したのち、ベレン国の救援に行ってくれとの指示です」
少尉のその言葉に隊長は反射的に「はい」と答えてしまったが、次の瞬間には隊のみんなの目が点になった。
「異能兵倒して、ベレンを救いに行く…。今までの暇を返してくれよ!」
部屋が静かになった中でカーナーがおもむろに口を開いて、そう叫んだ。その状況に少尉は少し俯いてしまって、隊のみんなは乾いた笑いを出していた。
少しの間、乾いた笑いが部屋の中に響いたが、外から銃声が聞こえて今日の戦いが始まったことで、みんなは静かになった。
「どうしよう…。流石に無理難題にも程があるよな」
静かになった部屋で隊長がその場に座り込み、そんな言葉を呟いた。
「ねぇ、今日から戦闘に参加できるの?」
そんな中で私は少尉に向かってそう言ったら、みんなから驚かれた表情をされて、少尉は確認してくると言って部屋を後にした。
「シアはやる気だな…」
私の確認にカーナーがそう言って、隊のみんなは一歩引いていた。私は少し不満げな顔をしたが、みんなも同じように不満げな顔になって、つい笑ってしまった。みんなは笑い事じゃないって言いながらも笑っていた。
そうした穏やかな空気になった部屋に少尉が笑顔で戻ってきた。
「皆さん、ベレンの救出は焦る必要はなくなりました。ベレンに異能兵が誕生して、もう前線に送られたそうです」
部屋に入ってきてすぐの少尉の言葉に「えっ?」とみんなで声が出たが、私以外は安堵の表情を浮かべていた。
やる気満々になっていた私の期待を落とすような少尉の言葉に私は肩を落としたが、少尉の言葉はまだ続いていた。
「でも、本部からはカサン国の異能兵は討伐を試みるようにと、指示があるので皆さんはいつでも動けるように準備しておいてください」
「よしっ、やるぞー」
少尉のその言葉に私はやる気を再燃させて、腰にナイフを刺していつでも出られる準備を整えた。隊のみんなは私と違って、のんびりと準備をしていた。その時に少尉は伝令の時にまた戻ってくると言って、部屋を立ち去った。
それから、1時間ぐらいが経った頃だろうか、少尉が部屋に戻ってきた。伝令が来たんだ。
「皆さん、右の戦場に行きます。そちら側の敵の攻勢が弱まってきているので、一気に切り崩します」
少尉は部屋に入ってすぐにそう言って、私たちはすぐに壕舎から連れ出されて、敵と撃ち合っている味方の後ろを走って進んだ。
私たちはしばらく走った。私以外が息を切らすぐらい、長い間走っていた。そして、到着した場所は私たちがいた場所に比べて、銃声は少なかった。
「ここら辺です。『鬼神』様が楔として、敵陣地に攻撃していただいて、そこに軍を突入させていただきます」
突撃するための場所に着いて、息を整えたオーロ少尉が作戦を私たちに伝えた。私はもうその時には突撃する気満々だった。
「シアの危険が多すぎる」
少尉が伝えた作戦に隊長がそんなことを呟いた。
「私たちはこのような作戦でネレ国の前線で大勝したと聞いたので…つい、良いのかと…。すみません、勝手に決めてしまって…」
「えっ、私は良いんだけど…」
隊長の言葉に少尉が謝り始めたが、私は呆気に取られた。このやり方が正直、味方の被害が少ないんじゃないかと思ってもいたから。
「まぁ、シアが良いって言うんだったら…」
隊長が私の言葉を聞いて、渋い顔をしながらも作戦に賛同したことで、私は一呼吸を置いてから、鬼の姿になった。
鬼の姿になった私はすぐさま塹壕から飛び出した。そうすると、味方も敵も銃を撃つ手が止まっていた。
私はチャンスだと思って、一気に敵陣に距離を詰めようとした時だった。青い煙のようなオーラがこっちに近づいてきていた。
私は未知が近づく中での突撃をやめて、自陣の塹壕の上で待機することにした。私が動かなかったことで後ろからは「どうした」とかの言葉が聞こえていたが、私はとりあえず無視した。
そのおかげか、私は青いオーラに意識を集中することができて、それは敵の塹壕内ではなく、上を通ってこちらに向かってきていた。
それから少し経って、私は相手の姿を自身の目に捉えた。
「…は?」
こちらに向かってくる相手を見て、私はそんな声が漏れてしまった。敵の異能兵は走ってきたのではなくて、地面を滑りながら来ていたのだ。
まるで、氷の上を滑っているかのように…。
私が敵の異能兵である男を目視したと同時に相手も私の姿を確認したのだろう。敵の顔つきが戦う顔に変わった。
敵の力は分からなかったが私は一気に距離を詰めて、敵のみぞおち目掛けて拳を振るった。私は敵の予測を上回って、敵が一時的にでも麻痺してくれることを期待して、危険を冒した。
私の拳は手応えはあった。でも、何か違和感があったし、現に敵は少し吹っ飛んだだけで健在だった。
私は追撃をしようと相手に隙がないかを見た。正直、隙だらけだった。私の攻撃に萎縮したのか、私を見る目が敵意から恐怖に変わっていた。多分、殺し合いは初めてなんだと思った。
それでも、私は容赦をするつもりはなかった。私が異能兵を殺せば、大勢の味方の命が救われる。たとえ、敵が命を奪うのを躊躇する存在だとしても、異能兵である限り、殺さない理由にはならない。
私は心までも鬼にして、殺意を剥き出しにした。それを察知したのだろう。敵は異能を使った。
全身に氷を纏わせたのだ。
私は敵が氷を纏ったのを見て、最初の一撃の違和感が理解できた。殴られる時にみぞおちに氷で壁を作ったんだろう。
でも、そのことから分かる。私の一撃はあの氷を砕ける。まぁ、氷の鎧が最初の壁と同じ強度であればの話ではあるが…。
私は一旦、敵の様子を見ることにして、その場で立ち止まった。すると、私の攻撃に警戒していたと思われる敵が棒立ちになった。その時は戦場とは思えないほど、静かになっていた。
だが、その静寂を切り裂くように1発の銃声が響いた。敵兵の1人が私に向かって撃って、私の右肩に当たった。
正直言って、銃弾が私に撃たれたのは目視で見えていた。でも、私には銃弾が効かない。痛いけど、避けるほどのものではない。
それでも、その事実を知らない味方は「鬼神様」と焦ったように叫んでいた。逆に敵は歓喜を上げようとしていたのが、唖然とした表情に変わっていた。
敵の異能兵も顔は見えないが、唖然とした雰囲気がしていた。
1発の銃声から戦場の音が戻った。
味方は敵の兵と異能兵に向かって発砲を始めた。敵は遅れながらも撃ち返し始めた。
「…へぇ」
銃撃戦の中で私は敵の異能兵から1度も目を離していなかった。そのおかげで私は勝てることを確信した。味方の銃弾が氷の鎧にひびを入れていたのだ。
勝ちを確信した私はすぐさま行動に移した。銃弾に貫かれないという確信がない目だけを守りながら、敵の元へと一直線に走った。
私の突撃に敵は反応が遅れていたが、あと…数歩で手が届く、そんな時に私を足を滑らせた。地面がそこだけ凍っていた。
私はあっ、と思いながらも転けた勢いそのままで後ろに1回転して、無事に着地した。
私は着地すると、敵の異能兵へと目を向けなおすと、敵は手が届く距離にまで近づいてきていた。
氷に包まれた敵が、氷の拳を私に向かって振っていた。
氷の拳を見た私は反射的に自分の拳を敵に合わせるように振るった。
「えっ…?」
私の拳は敵の拳の氷を砕いて、敵は困惑の声を上げていた。私はその隙を逃さずに敵の懐に入り込み、腹に一撃を入れて氷を粉々に砕いた。
私の一撃は敵を地面に倒すほど、吹き飛ばした。最初の一撃の時よりも氷は薄かったみたいだ。
「ひぃっ…」
私は追撃しようと敵を見たら、敵はそんな声を上げて、氷が溶けていた。しかも、漏らしているみたいだった。
それを見て、敵の異能兵には兵器として扱われることへの同情はあったけど、私の心は最初から変わる予定はない。
私はナイフを抜いた。すると、敵は背中を向けて、逃げ出そうとした。でも、恐怖で腰が抜けたのか、立ち上がることができずに足を引きずりながら這って逃げ始めた。
私はすぐに終わらすために逃げる敵に飛び乗って、馬乗りになった。
「いやっ…だ。…死にたくない。いやっ、…誰か…助けて…ねぇ、誰か……いないの…」
私が乗って動くことができなくなったのに敵の手はもがき続ける。泣きながら、そんな言葉を漏らしながら。
私はその言葉に耳を貸さずに一思いにナイフを敵の背中に突き立てた。そうすると、敵の声が聞こえなくなって、動きは止まった。
そうして、カサン前線での異能兵戦は終わりを告げた。




