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第95話 マグネシウムの燃焼反応は激しい

渋谷


常に各ジャンルの最先端、最高級が集まりし若者の街。

東京といえば渋谷という人もいるだろう、国内外問わず名の知れ渡ったハチ公が守護する街。

目を瞑って歩けば物にぶつかるよりも先に、確実に人とぶつかる。

そんな誰しもが一度は行ってみたいと思う最も先端を走る街は、綺麗に見た目だけを残し人だけがいなくなっていた。


「こんな男物の服着てる場合じゃないわあ」


思ったよりも、否、全然モンスターに会わなかかった道中に不思議いというより、嫌な感じがした。

そんな事も考えず、キラキラと瞳を輝かせ少女の様に店選びをするミラは、ダンジョンから抜け出した魔の者とは思えない。

渋谷に行ったら女性なら誰しもが行ったことのある渋谷109へ入店し、エスカレーターを登っていく。

何故電気が通っているのか誰にもわからない。

ダンジョンの中はどういう原理か理解できないが、電気ガス水道は何故か生きているのだ。


ミラはフロアガイドを確認し目当ての店へとたどり着いた。

そこは健全な男子なら目を背け通り過ぎる事が確約されている、女性という花を包み込むシルクが並んでいる店だ。


『まじかよ、俺の視界シャットアウトしろよ!』


「イヤよお、おもしろくないものおってコレ可愛い、コレもいいわあ」


そう、ランジェリーショップだ。


あれもこれもと目の前に並ぶ下着を、その小さな掌にどうすれば収まるのかと疑問が出るくらい沢山手に取る。

下北沢の古着屋と違い深層である渋谷109は、到達者が少ない分建物も店内も荒らされた感じがなく、昨日まで営業していたかの様な清潔感を残していた。


「ユキちゃんみたいにスポーティーなのも可愛いけどお、やっぱ私は刺繍とか入ってるのが良いわあ」


その瞬間思い起こされるのは、風呂上がりにソファの上でアイスを食うほぼ下着姿のユキの姿だ。

ビジュアルもスタイルも最高な美少女の下着姿なのに、その内面に巣食う妖怪を知っているからか、見慣れすぎているからか何も感じない。

「何見惚れてんの? 私の美貌にやっと気づいたかよバカズキ」と妄想の世界でさえニヘラニヘラと悪態を付いてくるあたり、やはりアホユキはアホユキだ。


そんなカズキの妄想を吹き飛ばすのは、自分のタイミングで閉じることを許されない視界のその先にいる化け物だった。

その化け物はカズキの白Tシャツと黒スキニー、トランクスを脱ぎ捨て、スライムで作り上げた黒いブラジャーをスライムへと戻し体に吸収させた。


そして残るのは、白く綺麗な裸体。


精神体だが急激に熱に包み込まれる。

そして目の前の女性は、上下お揃いの下着を試着し始めた。


形が様々な白、薄紫、赤、濃い緑、ピンク、紺、黒、そして水色


身体の内側から込み上げる熱に脳が溶かされそうになる。

殺されかけたといえ、見た目は本の中から飛び出してきた様な絶世の美女だ。

いくら美女耐性の高いカズキでも、目を逸らす事を許されない中の着替えショーは破壊力抜群だ。


「ちょっとそんな感情共有してこないでよお、せっかく新調した下着を汚しちゃうじゃないのお……さあて次に行くわよお」


最終的に水色と黒が織りなす下着を着用し、その上に白Tシャツのみを着た。

Tシャツの下は下着という、とんでもなく破廉恥な格好で下着を詰めた紙袋を持ち次の店へ向かう。

いろいろな店で化け物は、否、女性は沢山の服を笑顔で試着した。


女性らしさを大きく主張する白く花柄の入ったワンピース


スリットが大きく入ったロングスカートに、その豊満な胸が強調されるタイトなトップス


大きめのパーカーにスキニー、そしてAIRの文字が大きく貼り付けられたゴツいスニーカー。


などなど

それからも永遠かの様に感じるほど長いファッションショーは、店員がいなくなった渋谷の各店で繰り広げられた。

沢山の服を着てご満悦なミラは今、ワンショルダーのトップスに淡く大きめのデニムを着ている。

その白く綺麗な肩には、男の視線を釘付けにする魔力が宿っている。


増え続ける紙袋にカズキは言葉を失ったが、隠しきれないほどの喜びが身体の所有権を握るミラから共有され、カズキの冷え切った心は抱きしめられるかの様に温かさを取り戻していった。


「あーぁ幸せだわあ、やっぱ服を買うのは良いものねえ。どうだったあ? 美女の生着替え付きファッションショーは、きっと今晩のオカズにされちゃうわあ。あー怖い、ばっちり監視してるからねえ」


『それにしてもこんなにモンスターいないもんなんだな。逆に不安になるな』


「話を逸らされて悲しいわあ。きっとここら辺にヌシでもいて他のモンスターが近づけないんじゃないのお」


そんなバチクソにフラグを立てそうな言葉を、鼻歌混じりに言うじゃない。

ということは、とんでもない深層のモンスターが近くに潜んでいる可能性があるのか?

あー速く帰りてえ。


「まあ帰りたい気持ちはわかるけど、最後にセンター街に行きたいのよお」


カズキと同じで最後に好物を食べる派のミラは、一番行きたかったセンター街を最後まで残していたのだ。


「人が沢山いるここを見てみたかったわあ」と小さく呟くのも無理はない。

どこを向いても人で溢れ活気に満ち溢れていたセンター街は見る影もなく、ダンジョン化の影響でゴーストタウンへと成り下がっていた。


そんなゴーストタウンの寂れた空気が高速で切り裂かれ、ミラに向かって猛烈な魔力が猛進する。

それは瞬きなんて関係なく気がつけば、次の瞬間にはHPを刈り取られるほど速く、大きな岩石でさえ簡単に粉砕するほど強烈な一撃だ。


「最悪だわあ」


ミラは最初から魔力の塊が飛んでくるのを想定していたかの様に、得物を鞘から引き出し真っ二つに切り裂いた。

切り裂かれ尚、止まることを知らない魔力の塊は、片や地面のアスファルトを削り進み、片や目当て一つであったランジェリーショップを粉々に吹き飛ばした。


「も、もう会えないと思ってた……な、なんでミラちゃんがここにいるの? 誰と喋ってたの? かっ彼氏はいるの?」


白を基調とした服の上に、金と銀を交えたアーマーを纏う女性。

細いセミロングの金髪は目にかかっていて、三白眼がチラついている。

綺麗に整った容姿や、抜群のスタイルなんてものはこの際どうでもいい。


ひとつひとつが真っ白で綺麗な羽が、びっしりと生え揃った大きな羽が背中にあり、輝く細いリングが頭上に浮いている。

底の見えない瞳は、頭上の輪と共に見る角度で淡い色が変化する。


天使だ。


誰がどう見ても頭の中に想像される通りの天使だ。



その手に持つ黄金に輝く大きく丸い盾を除いては。


「な、なんで無視するのミラちゃん? 他人の空似じゃないよ、だ、だって私がミラちゃんを間違えるはず無いから。何年会わなくても変わらない顔つきと魔力、それに反して成長した身体、ぜっ絶対にミラちゃんだよ」


しかし、その神々しさをも台無しにするのは、ほんの数秒その口から吐き出される言葉たちだ。

質問しかしてこねえ、きっと自己中だな。


『今すぐ集中。雷を循環してえ、ああ見えてアレは化け物よお』


初めて声を出さずに心へ直接語りかけてきたミラ。

その理由は次の瞬間、明確なものとなった。


「なんで無視するの? 忘れたの? そんなはずないよね、違うよね、だって私たち」



薄桃色



淡く儚い色、眼前に広がるのは極限まで近づいてきた激情を孕んだ天使の瞳。


「友達だもんね」


スピードだけは自信があったのに殆ど見えなかった。

10mはあった距離を高速で移動し、天使は急に目の前に移動してきた。

口と口が接しそうになる程近くまで。

身の毛が逆立ち一気に震え上がった。


ありえない速度で近づいてきた上に、関係のない話を、友好関係を問いただしてくる。


「あなたみたいな人なんてえ知らないわあ、あと近い」


トンっと軽くミラに押されただけなのに、大きくよろめき数歩後退する天使。


「し、知らない…知らないって、え……どういう…ことなの」


離れたことで瞳と輪の色が淡い青へと変色し、その瞳は焦点が合わせられずにギョロギョロと動き続けている。

事実を決して認めることのできない自己中な狂愛が、魔力を孕んで濁流の様に溢れ出た。


湿度の様に肌へ纏わりつく嫌な魔力が周囲を舐め回す。


「な、なんでそんな酷いこと言うの? あれ……何その身体は、だ、誰の? あ、そっか、その人に強制されてるんだ。騙されてるんだ。可哀想に……私が、」


白銀の魔力が大剣を召喚する。

平たく先端に向けて広がる黄金の刃、そんな凶悪な刃を持つ大剣なのに両手で持つことを許されない短い柄。

右手でその黄金の大剣を、左手に大きな黄金の盾を握り締め、切っ先をミラへと向けて言い放った。


「解放してあげるよ」


逆立った身の毛が凍りつく。

ミラしか見ていなかった天使の不思議な瞳は、精神体となったカズキを確実に捉え、爆発的に燃え上がる殺意を突き刺してきた。

それは、酸素を吸収しながら激しく燃え上がるマグネシウムの様に。

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