暗雲 4
兵士にロリ女を目撃したという人を連れてくるように指示を出した。
来るまで周りを眺めつつ、少し考える。
家々は王都と違い、木造らしいが簡素で粗雑な造りである印象だ。
廃屋とまではさすがに言わないが、年季が入っているのか古めかしい。
道は地面そのまま。人や動物が踏み歩いて平らになっているようなものだ。
王都とは比べ物にならない。文化レベルがまったく違う。
王都は中世らしさを残しつつ、近未来都市のようなものだ。
道は整備され、建物も石造りで洗練されたデザイン。
物の運搬や扱っている道具から見て、恐らく魔術が科学に成り代わり、生活を助けている。
ならば王都民の生活水準は、俺の世界にほど近い。
いや、魔導技術の一部は俺達の世界を凌駕している面すらある。
だが王都を出れば、これはなんだ?
一気に時代が変わった気がする。まるで違うじゃないか。
同じ世界とは思えないな。
「ダリオ様、お連れしました」
兵士が女性を連れてきた。服装はコットというのか、それを着ている。
王都民はもう少しいい服を着ていた気がするが、やはり生活水準が違うのか。
うつむいたままの女性が躊躇なく膝を着き、祈るように手を組みながらさらに頭を下げる。
「お待たせいたしました。な、なんなりとお聞きください」
女性は怯えている様子だ。周りの兵士達はそれを見ながら平然としている。
この世界では当たり前のように格差がある。
村民は特に下級であり、上流階級の人間と目線を合わすことは許されざる無礼である……らしい。
与えられた知識が、勝手に脳内で情報を垂れ流す。
村民ってことは、町民はもっと上ってことか。
住むところによって階級が発生しているようだ。
ということは、与えられる技術や知識も限定されているのか?
だから王都と村では生活水準が違う?
「黒いローブを着た、怪しい上に生意気な口調の女を見たってのは本当か?」
「はい。お召し物から、お探しの方であるかと。
地図を見たいとおっしゃられたので、私の持っていた地図を差し上げました。
森の出入口の近くで念入りに地図を確認されてから、この村の外へ行かれました」
「それはいつの話だ?」
「今朝方のことです。日が昇って間もなくのことでした」
ここの人はそんな早くから起きているのか。
早朝とすれば、まだ近くにいるな。十分に追いつける。
「情報、感謝する」
「感謝など、滅相もございません!」
女性は慌てたように言う。なにもまずいことは言ってないと思うんだが。
「よし、もう下がっていい」
「はい。お目汚し、申し訳ございません。失礼したします」
女性は頭を下げたまま、静かに、かつ足早に距離を離れる。
距離を離すと、そのままずっと頭を下げたままだ。
これは、俺が先に去らないとこのままなんじゃ?
知識とやらは不完全だな。こういうところは、なぜこんなことをしてるのか分からん。
「……兵士共! 馬に乗れ! 森の道を抜けて、リューミナを追うぞ!」
「はっ!」
「パーシヴァル! また先導を頼む!」
「お任せを!」
村人の反応が気になるのは、まず後回しだ。
後ほどパーシヴァルにでも訊いてみよう。
そこで俺とこちらの常識のズレが分かるはずだ。
馬に乗る兵士達。気づけば村民達が家から出てきて、全員で膝を着き、頭を下げている。
この場合、俺に対するものなのか、兵に対するものなのか?
どちらにせよ、そうするのが普通らしい。なんとも言えない光景だな。
「出発!」
パーシヴァルの掛け声と共に、俺はまた『疾走』を使用する。
そして先頭に少し遅れるようにして着いていった。
森の木々は大きく、木洩れ日がなければ薄暗いほど枝葉が茂っている。
道も当然ながら整備されているわけではない。少し走りにくいな。
少し速めの力加減で走ると、走りにくさも相まって速度が良い感じに落ち着く。
足場によっても、加減を考えなきゃいけないか。
調整は大分マシにはなった。一定の速さを保つのは、集中しないと無理だが。
走りつつ、パーシヴァルの横に並ぶ。
少し疑問があるので話をしたい。
聞き取りやすいよう、『聞き耳』を使用。
「パーシヴァル。村人ってのは全員あんななのか?」
「はい、そうですよ!」
「王都の兵が来たら、必ず平服して頭を下げるのも?」
「無論です。村民は国王陛下より技術を賜り、生活を豊かにしていただいているのです。
ならば国王陛下をお守りし、国のために尽くす王国兵士に対して平服するのは当然のこと。
ましてや王の賓客、救国の英雄たるダリオ様に平服し、畏れ敬わないものなど死罪になって然るべきでしょう」
涼しい顔をしながら、パーシヴァルは言い切った。
ここでは恐ろしいまでに格差が重要視されているようだ。
「リューミナが城に戻るのを拒否したら、その場合どうなる?」
「ご懸念の点については、私の口からは申し上げられません」
「王への反逆罪で死罪、か?」
「ご容赦を。私は口出しできる身分ではございません」
思った以上に階級制度が重視されている。
これは、この国に対する情報集めは難しいかもしれないな。
迂闊に口を割れば死罪だというのに、見ず知らずの男になにを話せるものか。
王への絶対服従が根付いている環境で、国に対してどう思うか、なんて口が裂けても答えられるはずがない。
段々と、王女に対してマヤちゃん、なんて呼び方をしたことを後悔し始めた。
ここに至って思う。あんな呼び方するだけで不敬罪だろ。
王様には良い感じに話せてるとは思うけど、実際とんでもなく畏れ多いことなんだな。
ロリ女の奴、王様にあんな口の利き方して、ただでは済まないんじゃないか?
その上でさらに城を抜け出したなんて、裏切ったと見られてもおかしくない行動だ。
万死に値するってのはここでこそ使う言葉だろう。
しかし、俺達は強化人造体だ。有象無象とは違って易々とは殺せない。
となれば、ガウディールらも引っ張り出されるかもしれないな。
俺達に殺し合いをさせるのが一番手っ取り早い。
俺らの中で誰が有能であるのか、それを知るにも丁度いい機会だ。
本当に俺達が使えるのか? 信用に足るのか。
多分、王様はまだ図りかねている。
その証拠に俺が捜索隊に参加する旨を伝えると、なぜか近衛兵を一緒に編成した。
王族の護衛のための兵を、わざわざ捜索隊に参加させる理由なんて一つだ。
あの召喚の場にいた以上、近衛兵は事情を知っている。
だから俺の補佐のために編成した、と王は言うだろう。
だがその実、監視のために入れたに違いない。
俺が裏切るそぶりがあるか? 余計なことを知ろうとしていないか?
本当に協力的か? 実力は? 強化人造体の出来はどうか?
知りたいことを知るにはまたとない機会だ。
だからマヤちゃんも捜索隊に参加するのを良しとした。
「ダリオ様、森を抜けると別の村があります。
しばらく走りますが、なにかあればなんなりとお申し付けください」
「わかった。そういえば、こっちの世界の馬は随分体力があるんだな?」
「そうなのですか? 馬とはこれが普通だと思っていました」
なんだか、会話に不自然さを感じる。
「これが普通だと思っていたって、どういう意味だ?」
「いえ、馬は千年以上前に伝来したのですが、初めからこのように作られたらしいので。
異世界の馬のことはよく知らないのです。申し訳ございません!」
…………はあ? 今さらっと凄いこと言わなかったか?
伝来した? このように作られた? どういう話だ。
伝来はまあ、他の地域から持ち込んだ、と捉えられなくもない。
だが作られたとは? 交配してそういう生物にしたって話か?
「作られたってのは、交配して創出した、とかじゃなく?」
「いえ、かつてヴァンタイム様の血縁――現国王陛下の一族ですね。
偉大なる一族は他の世界に渡り、馬という生き物の情報をこちらに持ち帰ったとか。
そうして一からその情報に沿うように作り、こちらの魔素に適応させたそうです。
体内で魔素を消費しつつ、また外から取り込むことで疲れ知らずの肉体を持たせることに成功したそうですよ。
その代わり、生殖能力がありませんが……」
糸が繋がった。
人を勇者――強化人造体を作る技術力。なんでそんなものを有していたのか。
そもそも、なぜこの世界の人間じゃなく、異世界人である俺達の魂を呼び出したのか。
繋がった。こんなバカげた質問で繋がってしまった。
そうだ、言っていたじゃないか。
肉体の再構築の際、持ってきた魂の知識、記憶、姿を再構築するような話を。
知識とは、記憶とはつまり、異なる世界の情報が詰まっている。
奴らはその情報の中で、有用なものを取り込んでいるんじゃないか。
この国の異世界召喚の目的は、異世界のものを持ってくるためだ。
馬という便利な生き物。こちらにはいない生き物。
欲しい。
ならば作り上げればいい。
そのための技術が、こちらにはある。
奴らはただ作り上げるだけでは、飽き足らなかった。
さらに発展させられるはずだ。
より良く作れるはずだ。
そうして技術を革新していった。
その結果が、俺の――強化人造体の作成だ。
人の体の強化。奴らは一体、どれだけ実験を繰り返した?
そして人造体作成の技術力は上がり、肉体の強化は申し分ないレベルにまでなった。
馬を作り出すことを見るに、ある程度の生物を作り制御する技術は確立されている。
なにかしらの生物をベースに、見た目や能力を馬に寄せたのだろうか。
しかし人間の作成に関しては恐らくどこかで壁に当たったのだろう。
奴らが求める強化人造体の理想像。
人を遥かに超越した力を有していること。
自分達に従順であり、かつ理性ある行動が可能であること。
欲張りセットだな。
王様達の話では、脳に凄まじい負荷がかかるらしい。
強化の影響で脳が体の制御が出来ないのか、はたまた脳にも手を加えた影響か。
体が無事でも正気を保てない。そこが問題だった。
自我を一から作ることは失敗したのだろう。
予想だが……この世界の人間を使った実験ではうまくいかなかった。
そこで、彼らは異世界の情報を集める目的で呼び出した魂を利用することにした。
さらなる技術の発展のために。成功の鍵となる技術を探すために、異世界の情報を漁って取り入れる魂胆があったのでは?
上手くはいっていないようだがな。
化け物のような強化人造体を積極的に利用しないのは、結局のところ不完全体では役に立たないから。
制御の利かない化け物なんて余分な心労を招くだけだ。
未だ実験中で実践使用はできないと判断していた。
王が頻りに使うのを渋っていたような言い方をしていた理由の一つはこれだろう。
思えば記憶を抽出できるなら、俺達の内情も分かるのでは? それが分からないのは分析中だからなのか、それとも俺が思うより断片的にしか記憶情報を抜き取れないのか?
まぁともあれ、王様は技術的にも成功するとは思っていなかったのだ。
また、仮に人造体が暴走した場合でも、奴らにはいざという時の切り札があった。
それが黒の叡智。
詳細がわからないから役割は予想するしかないが……。
魔術塔によって作られた存在を制御、殺害できるものなのではないだろうか。
奴らが実験してこれたのは、絶対の防波堤があったからに他ならない。
実験体の暴走を抑える道具がないのに、こんな危険な実験が繰り返しできるとは考えられない。
黒の叡智があったからこそ研究に没頭できたと考えるのが自然だ。
しかし、ある日激震が走る。
奴らにとって大事な道具を、ジヴァ帝国に奪われてしまった。
これも召喚をしたがらなかった理由に入りそうだ。
話では、黒の叡智だけは不定期に保管場所を変えていたとか。
だがこの話には疑問が沸く。いざという時に手元にないのはおかしい。
しかし、だ。魔素などの話を考えると推察はできる。
曰く、魔術塔での人造体作成には大量の魔素がいるという。
疑問なのは、大量の魔素をどうやって集めているのか?
魔術塔にもそういった機構はあるのだろうが、もっと簡単に集める方法がある。
外部から持ってくればいいのだ。
黒の叡智の保管場所が変更されていたのは、そういう一面もあるためでは?
各地の魔素を吸い上げて溜め込む、いわば魔素の貯蔵タンクの役割があったのでは?
そうして大規模な実験を行う時のみ王都へ持ち込まれ、禁忌の実験を行う。
溜め込んだ魔素を吐き出しつつ、失敗したら消去し、また繰り返す。
そう考えると腑に落ちる。
だがその魔素を集める期間を帝国に突かれた。そう考えると、帝国もあれが大事なものであるのは知っているようだ。
帝国の恐ろしさがよくわかるな。優れた技術があってもなお、ディザニアを押し込められる強さ、そして相手の急所を突く情報網の広さ。
帝国にもディザニアとは違う強みがある。だからこそ大国に発展したのだろう。
虎の子を奪われ、安い人造体を作って戦争に投入しても戦況が変わらない。
ディザニアが存亡の危機にあることをひっくり返す起死回生の一撃が必要だった。
だからこそ王様は苦渋の決断として、強化人造体を使うことにした。
以前から試してはいたようだったな。
強化人造体に、能力のある人物の魂をぶち込む。
しかし悉く失敗していた。
マヤちゃんの話だと、大体脳に異常が起きていたらしい。
肉体に入れる魂を選んだら、次の行程へ。
記憶、知識、能力に加えてこちらの知識を与える。
しかし、ここでは過去の実験結果から調整が入った。
自我を保てるギリギリのライン。負荷軽減措置。
これだけやって、普段は失敗しているわけだが……。
どういうわけか俺達は一人も欠けずに成功してしまった。
もちろん奇跡ではない。誤算が起きた。
一人を呼ぶはずが、八人来たのだからイレギュラーでしかない。
その上、保険として使う予定だった召喚者の契約によって縛れていない。
虎の子もない。
肝が冷えただろう。しかもこの逃亡騒動。王様は気が気でないはずだ。
だが理性はある。上手く懐柔出来れば利用できる。そんな考えが透けて見えた気がする。
ディザニアという国。その実態。
異世界の生物や知識を盗み、自分の国の繁栄に使う異質な国だ。
ヴァンタイムってのは何者だ?
こんな技術の基盤を作ったなんて、異常だとしか思えない。
俺達はきっと良いように使われる。
黒の叡智を取り戻した後、成功した強化人造体をみすみす手放すか?
こんな強欲な連中が、手放すはずがない。
黒の叡智が本当に強化人造体を殺す、あるいは操るための兵器なら、俺達は言うことを聞くしかなくなるぞ。
自分を縛るための道具を自ら持ち帰るなんて、馬鹿な話だ。
「ダリオ様、いかがなされましたか? 先ほどから難しい顔をされていますが」
パーシヴァルが気遣ってくれる。いや、笑顔ではあるものの、これは本心から言ってるものか?
「いや、凄い技術だな、と思ってよ。馬作れるんだなあ」
「驚かれるのも無理ありません。我が国の技術は他国の追随を許しませんからね!」
誇らしげな顔をするパーシヴァル。彼はきっと、全面的に王のやることを信じている。
この国の奴らに助けを求めても無駄だ。
俺の想像でしかないが、疑問が晴れてしまった。疑念が払拭されてしまった。
これがこの国の答えなら、俺達は早々に手を切るべきだ。
マヤちゃんも言ってたろ。再契約をお願いしたいって。
召喚者への服従の契約。
だが、それは絶対の力じゃないのだろう。
強化人造体はその強制力に抗える。
だから黒の叡智があるのだ。
もちろん、契約したら簡単には逆らえなくなるだろうが……。
俺の首に首輪が付けられる前に、逃げる算段を立てないと。