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「でもねー、エメちゃん引きこもってて正解ー。お城の中エメちゃんたちの話題でいっぱいだもん。エメちゃんパパは大丈夫みたいだけど、伯爵は結構大変みたい。駆け落ち相手のパパだからー」
「王太子が駆け落ちするなんて面白いもんなぁ」
「そんな事実はないから。ジャスパー様はどうしているのかしら?」
「ぼくは会う機会なかったー!」
「通りすがりに見かけただけだが、少し疲れているだけで平常運転だったぞ」
そうよね。彼は放って置いて大丈夫よね。
「ジェダイトも近いうちに帰ってくるだろうし、しばらく家で大人しくしてりゃいい」
「お兄様が?」
ジェダイトはエメラルドの兄だ。黒髪に淡い緑色の瞳。剣の腕が良すぎて騎士団の仕事を手伝わされている。ここ三カ月くらい各地に派遣されていて、いつ帰ってくるか分からない状況だった。
「本人から連絡ねぇの?」
「この前の手紙には婚約パーティーに出席できないことしか書いてなかったわ」
「あのシスコンがいたらジャスパーもただではすまなかっただろうな」
「なになに? ぼくエメちゃんのおにーさん会ったことないよー」
「間違いなくジャスパーの首と体がふたつに別れてた」
「あらやだ、パーティーでは帯剣しないわよ」
「しすこんって何ー?」
「お前の国の言葉だと……何だ?」
ジェダイトもゲームでは選択できる人物だ。
シスコンでエメラルドがルビーに嫌味を言っているを目撃してもルビーに「許してやってほしい」とか言っちゃう人なのだ。エメラルドはジェダイトのいないところでもっと命に係わる悪質なイジメをして、それは許せなくて家を追い出されるのよね。
もちろん、追い出されてどこに行ったかは出てこない……
私は紅茶を飲みながら、目の前のふたりを見る。
ゲームでエレスチャルを選んだ場合、エメラルドは婚約者として出てくる。平民から貴族という別世界に入ったルビーと、文化の違いがある隣国からきたエレスチャルは自分と同じ部分を相手に感じ仲良くなる。
起こるイベントは違うもののジャスパーを選んだ時と同じようにエメラルドはルビーをイジメて、最後は婚約破棄してルビーを国に連れて帰って終わりだ。エメラルドは婚約破棄後は出てこない。
サルファーを選んだ場合はエメラルドは幼馴染で婚約者候補として出てくる。サルファーの領地に連れ帰られたルビーは軟禁状態でひたすら俺様愛を押し付けられ続け、自分が婚約者になるんだと言うエメラルドの言葉の間で揺れる。最後はサルファーの愛を受け入れ、サルファーはエメラルドを罵って追い出す。追い出されたエメラルドがどうなったかは出てこない。
このふたりも、ルビーを好きになるかしら……
今はジャスパーを選んだ展開みたいだけど。ゲームだと誰かひとりを選ぶと他の人物はあまり出てこないのよね。
マリウスみたいに、ゲームでは見えてこないだけで彼らもルビーを好きになっていく可能性もある。
「ふたりはルビーさんに会ったことあるのかしら?」
「パーティーで何回か会ってお喋りしたよー!」
「城の図書館で一回会ったな」
すでに会ってはいるのね。ふたりとも好きってわけじゃないみたいだけど。
「そーだ! 確かルビーちゃんお屋敷に大陸の人いるんだよねー! 大陸では結構有名な菓子職人さん!」
『え?』
サルファーと私がハモった。
「大陸の王室御用達のお店の人だよー! やっと自由に船を使えるようになったと思った直後の海の事故だもんねー。海流があるから簡単に大陸には帰れないしー」
「ま、待てエレス、なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」
「あ! ……うーん」
サルファーに突っ込まれたエレスチェルは言い淀んだ。
「皆には秘密にしてもらいたいんだけど……エメちゃん、パパさんに言う?」
「内容によっては報告いたしますわ……大陸の情報って本当に少ないんですもの。外交官が時々いらっしゃるのはご存知でしょう。あちらの言うことを鵜呑みにするわけにはいかないから、この国の貴族全体でピリピリしている状態ですのよ」
「だよねー」
「エレス、いいから吐いちまいな、楽になるぜ……」
そう言ってポン、と肩を叩くサルファーは完全に悪役である。元々口が悪い人だったけど、どうなのこれは。止めた方がいいかしら。ちょっと面白いから迷うわ。
エレスチェルは食べていたサンドウィッチをお皿に戻した。
「エメちゃんは僕の味方?」
「もちろんですわ」
「俺もだぞ」
「サルファは別にいー」
「オイ」
「実はその菓子職人さんと同じ船に乗っていた人たちが、ぼくの国に流れ着いてるんだよねー」
『え!?』
「ほら、ぼくの国の南の半島あるじゃなーい? あそこ、大陸からの海流がぶつかってるみたいなんだよねー。それで船の残骸や乗ってた人たちが流れ着いたのー。一年前くらい? 死んじゃった人もいるけど、何人かは生きてて、国で保護してるよー」
「てめえ、初耳なんだが!?」
「痛い! ちょっとーなんで叩くのー!」
この国は北側は岩山に覆われ、西から南は海に面し、東側が隣国と接している。
エレスチェルが言った南の半島は、その隣国の海に面した南側の部分にある半島で、カブトムシの角を逆さまにしたような形をしている。漁業が盛んな土地だった。
「エレス様、今のお話、この国の者にお話しされましたか?」
「おにーちゃんからお手紙来た時点で王様にはお話ししたよー」
「陛下たちはご存知なのね」
「その割にその大陸人たちを呼ぶって話は出て来ねぇよなぁ。隣国からの使者もない」
「手紙でやり取りしているのかもしれないし、何か考えがあるのかもしれないわ」
隣国とは比較的友好的な状態のはずだ。こちらが大陸からの外交官の対応に困っていることも知っているはず。
「ルビーさんからは帰る場所がない方だと聞いていたけれど、ひとりぼっちではないのね」
「怪我がひどい人もいるって聞いてるけど、会えるといいよね! ぼくももう少しおにーちゃんに訊いてみるねー!」
「ちょっと気になるんだが」
サルファーがトントン、とテーブルを指で叩いた。
「やっと自由に船が出せるっていうのはなんだ?」
エレスチャルは一度私を見て、サルファーを見て、再び私を見た。
「エレス様?」
「んんー。大陸って、四年前まで内戦状態だった、というか、四年前に戦争でひとつの国になったばかりなんだー。ずっと戦争中だったから、海を越えてどこかに行くって難しかったみたい」
内戦……知らなかったわ。
「で? てめぇはその情報をどこから?」
「ううう……この国と同盟結ぶ前から、半島には大陸から流れ着くもの多かったんだよねー。あははー」
「あははじゃねぇよ! よし、明日俺と一緒に城に行くぞ! 洗いざらい吐いちまえ。いや、吐かせる!」
「サルファー顔怖いー!」
王に伝わっているなら私が何かする必要はないけれど、父には一応伝えておかなければ。
私はお茶のおかわりをメイドに頼みながら、ゴロゴロするのは今日までだと悟った。