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 ご感想、誤字報告ありがとうございます。

 この物語は皆様の優しさに支えられています。

 よく考えれば、何とも思っていない女の子を献身的に助けたりしないわよね。

 ゲームでも選択できるキャラだったら良かったのに。

 それなら出会った時点で知っていた。分かっていた。

 どんなに恋焦がれようとも、私の事は眼中にないってことに。

 こんなに涙を堪えたのは初めてだ。


 この世界がゲームと同じだと思っていたから、マリウスは誰の事も好きにならず、献身的にルビーを助け続けるんだと勝手に思っていた。

 でも……


 下を向くと涙が零れ落ちそうだから、やや上を向いて歩いた。

 伯爵家の庭はとても美しく、点在するアーチは私の心を慰めてくれた。この庭園は本当に素晴らしい。空を見上げるであろうと考えられているようで、アーチの上で小さいリスの置物がこちらを見ていた。

 

 リスを見ていたら、やや後ろを歩いていたマリアが軽く腕を引いた。

 振り返ると前に向かって礼をしたので前を向く。

 先導していた伯爵家のメイドも礼をし、ある人物を迎えていた。


 王太子ジャスパー。


 ……なんでこんなところに!?

 ゲームではしばらく出てこないはず。


「ジャスパー様? どうしてここに?」

 ルビーに会いに来たのだろうか。

「君がお茶会に呼ばれたと聞いて心配になって」

 違ったらしい。

「私、心配されるほど頼りないかしら」

「そうではないよ。いつものメンバーなら心配いらないけれど、初めて招かれた先だろう。君、ナイフが苦手だったじゃないか。大丈夫だったかい?」

「あら、ありがとうございます」

 心配されるようなことはないけれども、それでも来てくれたのはちょっと嬉しい。


 私は子供の頃刃物がとても怖かった。

 理由はもう覚えていない。とても怖かったことだけ覚えている。

 自分が触るのは早いうちに克服できた。刃先が自分に向かないし、自分でコントロールできるから他人が持っているより安心だ。しかし、自分の近くで他人が使っていることがとても怖かった。

 例えば母や父が使う食事のナイフ。

 目の前でシェフが食材を切り分けるナイフ。

 マリアがフルーツの皮をむくときに使うナイフ。

 例え信頼できる人が使っていても、私はそれがずっと怖かった。


 さすがにそのままでは問題があると分かっていたので、少しずつ慣れさせる日々を送った。

 そのおかげで食事に使うナイフはそれほど恐怖を感じなくなった。

 それでも料理に使われるナイフは今でも怖い。剣などの武器は鞘に入っていればそれほど怖くはないが抜き身では震えるほど怖い。

 兄は私に会う時は帯剣しなくなったし、マリアは気を使って私の目の前ではナイフを使わなくなった。


 ジャスパーにその話をしたかしら、と頭を傾げたけれど、彼と婚約するということで私の情報は伝わっているのだろう。欠点にも優しく対処してくれる男性というのはなかなかいない。さすが国の至宝と言われる王太子ね。


「出されたのは小さいお菓子でしたわ。フォークのみでナイフはございません」

 ジャスパーにエスコートされ庭を進んだ。

 傷ついている時に優しくされると甘えそうになるわね。

 ジャスパーは伯爵家のメイドを下がらせ、少し遠回りさせてもらおう、と言ってゆっくり歩いた。

 色とりどりの花はとても美しい。


 伯爵家の中庭はフェンスに囲まれ、出入り口はお洒落な扉が付いていた。胸までの高さでフェンスと同じ鉄製の枠に真ん中にステンドグラスが嵌められている扉だ。

 後ろを歩いていたマリアが前に出て扉を開ける。扉の上にはバラのアーチがあって、風で揺れていた。私に当たらないようにジャスパーも前に出てバラを押さえた。

 その時だった。


「失礼、エメラルド様」

 後ろから呼び止めたのはマリウスだった。やや後ろにルビーもいる。

 ちょっと庭の美しさとジャスパーの優しさに癒されたのに、とため息が出そうになるのを飲み込んで笑顔で振り返る。


「落とされました」

 そう言ってマリウスがハンカチに乗せて差し伸べたのは、私の扇だった

 ……

 持って来たことすら忘れてたわ……

 どこで落としたのかしら。


「ありがとう」

 と、咄嗟に受け取ってしまってから気付いた。

 侍女であるマリアに受け取らせるべきだった……

 親しい間柄ならまだしも、身分の違う相手から渡されたものは普通なら侍女に受け取らせるのがマナーというか、貴族の「あたりまえ」だ。

 その場にいる全員が固まってしまった。


 一番初めに動いたのは、意外なことにマリウスだった。

 私の扇を持っていない方の手をさっと取り、


 口付けた。


「!!!!!!?!?!?!?!?!?」


 扇を落とさなかったことを褒めてもらいたい!!!!


「貴様!」

 ジャスパーが声を荒げるもの仕方がない。男性が勝手に女性に触れることは無礼だ。許されるのは女性が先に許可した時のみ。

「いいのよジャスパー、許します」

 今にもマリウスの胸倉をつかみそうなジャスパーを抑える。


 だってマリウス、私のうっかりをなかったことにするために無礼を働いたんだわ。

 ……

 …………

 優しい!! やっぱり好き!!!!!!


「大変申し訳ございませんでした。お許しいただきありがとうございます」

 優雅に一礼するマリウス、好きだわ。


 マリウスの後ろにいるルビーも礼をする。

 幸せな気分と切ない気分がごちゃ混ぜのまま、私は伯爵家を後にした。


 

 ジャスパーはマリウスを冷たい目で見たけれども、それ以上のことはせず私と一緒の馬車に乗った。

 なにやらブツブツ文句を言っているのを、マリアが何か言いたげに見ていた。

「ジャスパー様、彼があのような行動をした理由を察していらっしゃるでしょう」

 遠回しに黙れ、と釘をさす。

「君…僕の名前」

「はい?」

「いや、いい。そんなことより、いやそんなことでもないんだが、エメラルド、君は僕の何なのかちゃんと分かっているかい?」

「婚約者ですわね」

「そうだよ」

「ご心配されなくてもいずれ結婚するということを存じ上げております」

 にっこりと笑顔を向けて言う。

 婚約パーティーの時は突然で驚いたけれど、ジャスパーは私がジャスパー以外と親しくするのを快く思っていないというのは分かっている。


 もう今日は疲れ切っているから、これ以上の問答はやめて欲しい。


 マリウスとルビーの仲の良さを見て気付いてしまった。

 私が何をしてもしなくても、ルビーは人から好かれる。

 きっと私が何をしてもしなくても、ジャスパーはいずれ彼女を好きになるんじゃない?

 ゲームで婚約破棄されたエメラルドの行方が分からないのは、きっと…


 きっと誰ひとり、彼女の行く末を気にしてなんかいなかったから。


 私には、何も残らないのね。

 

 寂しい。


 私はとても。

 寂しい人間だ。




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