第九章 父の背中
二度目の帰省から二週間ほどが過ぎた。
その頃、小春は実家の父に電話した。
用件があったわけではない。ただ、かけようと思ったからかけた。帰省の前だったら、用件なしに父に電話することはなかった。いつも母を経由していた。父に話があるときも、母に言って、母から父へ伝えてもらうことが多かった。
でも今回は、直接かけた。
呼び出し音が四回鳴って、父が出た。
「おう」
「お父さん、小春。仕事中だった?」
「昼過ぎや。客が途切れたとこ」
「そっか。何でもないんだけど、かけてみた」
しばらく間があった。父の間は長い。でも今はその長さが苦ではなかった。
「そうか」
「店、変わりない?」
「変わらん」
「今日の昼は何が出た?」
「だし巻きと、うどんと。たまごかけご飯も出た」
「常連さん、来てた?」
「来た」
それだけの会話が、五分ほど続いた。内容のない会話だった。でも内容がないからこそ、電話できた。何かを相談するでも、何かを決めるでもなく、ただ今日の父がそこにいることを確かめる電話だった。
「また連絡する」
小春は伝えた。
「おう」
「じゃあ」
「小春」
「うん?」
また間があった。
「元気にしとれ」
それだけだった。
小春は電話を切ってから、少しの間スマートフォンを持ったまま座っていた。元気にしとれ、という言葉が、父から直接来たことが、何か小さなことのようで、実はそうでもない気がした。
取材が続いていた。
観光協会への正式な取材アポが取れて、蒼とは別の担当者から話を聞いた。地域の観光統計、下灘駅の来訪者数の推移、近年の課題と取り組み。数字と事実が揃ってきた。
颯太にも二度目の取材をした。
今度は下灘の朝に来てほしいと颯太に頼んだ。彼が好きだと言った、誰もいない朝のホームを見たかった。
三月下旬の平日、三度目の帰省も兼ねた取材の日。
早朝、小春はまだ薄暗い時間に下灘駅の駐車場に着いた。颯太はすでにいた。フィルムカメラに加えて、今日はデジタルカメラも持っている。
ホームには、まだ誰もいなかった。
春とはいえ、朝の空気はかなり冷たい。
「冬の朝は撮影、特に大変でしょ」
「慣れますよ。でも、慣れても寒いのは寒い」
遠くから列車の音が近づいてきた。
颯太がカメラを構えた。デジタルではなく、フィルムカメラの方を。
列車がホームに入ってきた。灯りがついていて、車内が明るかった。乗客が何人か見えた。この時間に、この列車で通勤や通学をしている人たちがいる。
颯太はシャッターを切った。
列車が止まって、扉が開いた。誰も降りなかった。
颯太が乗った。扉が閉まって、列車が出ていった。
小春は一人でホームに残った。
列車の灯りが遠くなって、音が消えた。
朝の下灘が、静かになった。
海が少しずつ見えてきた。空が白み始めて、水平線が現れた。波の音だけがある。
小春はその場所にしばらく立っていた。仕事のメモを取るのを忘れていた。ノートを取り出さないまま、ただ立っていた。
夕日の時間のこことは、別の場所のようだった。
同じホームで、同じ方向を向いているのに、光の質が全部違う。夕方の橙と、夜明け前の青灰色では、見えるものが違う。颯太が言っていた通りだった。
今回もとんぼ返りだった。帰り道、車の中で颯太のことを考えた。
あの高校生が毎朝このホームから列車に乗って学校へ行く。夕方に帰ってきて、また写真を撮る。そのことが、この場所の一部だ。
観光客が撮る写真の中には、颯太は映らない。
でも颯太がいることで、この場所は成り立っている。毎朝列車に乗る生活があるから、駅として機能し続けている。観光地として注目される前から、この駅は誰かの毎日の場所だった。
その「誰かの毎日」を、記事にどう入れるか。
小春はハンドルを握りながら考えた。答えはまだ出なかった。でも問いを持ったまま取材を続けることは、正しいことだと思った。
☆
その週の木曜日、小春は会社を少し早く出て、ある場所へ寄った。
天文科学館だった。
取材の追加、というわけではなく、ただ行ってみたいと思った。田中に連絡はしたが、取材の依頼ではなく、展示を見に行くと伝えただけだった。
田中は「いつでもどうぞ」と返信してきた。
常設展示を一通り見た。
先日の取材で案内してもらったときより、ゆっくり見た。説明パネルを読んで、図を見て、時間をかけて理解しようとした。
標準時の展示の前で、小春は長く立ち止まった。
日本列島の地図に、百三十五度の線が引かれている。その線の上に「日本標準時子午線」と書いてある。シンプルな展示だが、この線が何を意味するかを考えると、単純ではない。
この線より東に住む人は、標準時より太陽が早く動く場所に住んでいる。西に住む人は、遅い場所に。でも時刻は同じだ。
同じ時刻を共有しながら、実際の太陽の動きは違う。
双海の夕日は、明石の夕日より、確かに少し遅い。標準時では同じ時刻でも、太陽の位置は違う。
小春はそれをノートに書いた。
同じ時刻に、違う光の場所にいる。
この一文が、企画の核になるかもしれない、と思った。
「来てたんですか」
声がした。田中が展示室に入ってきた。仕事上がりの時間らしく、IDカードを外しながら近づいてきた。
「すみません、急に」
「いえ。何か分かりましたか」
田中は展示を見ながら尋ねた。
「少し」
「どんなことが?」
小春はノートを見せた。同じ時刻に、違う光の場所にいる、という一文。
田中はそれを読んで、しばらく考えた。
「いいと思います。正確で、かつ詩的だ」
「詩的すぎないかな、と思ってて」
「詩的であることは、不正確であることではないですよ」
「そうかもしれないけど」
「天文科学館の展示も、突き詰めると詩になることがある。宇宙の話がそうで。正確に説明しようとすると、どこかで言葉が追いつかなくなる。追いつかない場所に、詩があると私は思ってます」
小春はそれを聞いて、少し笑った。
「今の言葉、使っていいですか」
「記事に?」
「取材としてではなく、自分の言葉を考えるために」
「どうぞ。私の言葉というより、感じてることですから」
家に帰ってから、小春はテーブルに取材ノートを広げた。
今まで書いてきたメモを、一枚一枚見返した。
田中との最初の取材で書いたこと。蒼との会話。颯太の言葉。朝の下灘。父の店の常連たち。
ばらばらに見えていたものが、少しずつつながってきた気がした。
父の店のことを思い出した。
帰省中、店を手伝いながら父を見ていた。常連の好みを全部覚えている父のことを、小春は子どもの頃から知っていたはずなのに、今回初めてちゃんと見た、という感覚があった。
なぜ今まで見えていなかったのか。
この店が「実家の古い店」という記号になっていたからだ、と思った。下灘駅を「田舎の無人駅」という記号にしていたのと、同じことだ。記号にしてしまうと、その中にある細かいことが見えなくなる。
父がコーヒーカップを置く音。常連の男性が来たときに父が少しだけ顔を上げる動き。母が厨房からこっそり様子を確認するタイミング。そういう細かいことが、記号の中に消えていた。
記号ではなく、具体として見ること。
それが、取材でも書くことでも、自分に必要なことかもしれない。
小春はノートに一行書いた。
記号ではなく、その人が生きている時間を見る。
書いてから、父のことを考えた。
三十年以上、毎朝包丁を動かしてきた。常連の好みを、言葉にしないまま全部知っている。それは記録されないことだ。どこにも残らないことだ。でもそれが、あの店をあの店にしてきた。
来年の春に店が閉まると、その記録されないことが、なくなる。
なくなることは、仕方ない。父が決めたことだ。でも、なくなる前に、見ておかなければいけないものがある気がした。
小春はスマートフォンを取り出した。
父に電話しようと思った。でも今夜は遅い。明日、また電話しよう。
用件のない電話を、また一本。
今度は昼間にかけよう。店が暇な時間に。
テーブルの上のノートを閉じた。広げていた取材メモを一枚一枚重ねて、揃えた。
窓の外に、明石の夜の空があった。
雲が出ていて、星は見えなかった。でも星はある。雲の向こうに、昨日も今日も変わらずある。
下灘でも、同じ空の下に今夜も颯太がいる。父の店は今夜も暗くなっていて、明日の朝また開く。最後の朝まで、開き続ける。
小春は部屋の灯りを消した。
明日も取材が続く。書くことも続く。
でも今夜は、父の背中を思い出しながら眠ることにした。包丁を動かす背中。エプロンの紐。出汁の匂い。そういうものを、体の中に置いたまま眠ることにした。
それが今の自分にできる、父の店への向き合い方だった。




