2-5
ストロング伯爵家には、予定通り到着してしまった。
もう少しトラブルが起こってくれても良かったのだが、残念ながら盗賊以降は平和そのものだった。
ストロング伯爵領は海に面している上に、コウダイ帝国とは山を挟んで隣接していた。
その関係もあり、アメトラス王国の中では最も武に長けている上に、とても発展した領地でもある。ただ、ネズミも多く流入していて、駆除するのに騎士団が精力的に働いていた。
馬車を降りると、領都を歩いて進む。
相変わらず活気に満ちており、魔王が復活したという話を気にした様子は無い。
それに、ある祭りの準備も行われているようで、いつもよりも人が多い。
「おお! これはルーク様ではありませんか⁉︎」
町中を見て回っていると、見回りをしている騎士から声を掛けられた。
「いつこちらに戻って来られたのですか⁉︎ 言って下されば、迎えに行きましたのに」
「先ほど戻って来たばかりだ。こちらは変わりはないか?」
「はい! 騎士団長アイナ様の下、我ら騎士団が治安維持に努めておりますので、異常は御座いません!」
「……そうか、では職務に励んでくれ」
「はっ!」
騎士達を見送ると、重い足を動かして屋敷に向かう。
歩を進める度に、領民から何かを渡されるのは、さっきの騎士達が俺に気付いたせいだろう。
屋敷の門にたどり着くと、門兵は門を開いてくれる。
それよりも荷物を持って欲しかったが、これも我儘か。
「お帰りなさいルーク、学園からの長旅疲れたでしょう」
屋敷にたどり着くと、真っ先に迎えてくれたのは、他国の元王族でもあるストロング伯爵夫人。
年齢は三十代ではあるが、幼い印象を受ける人物。
父上の正妻であり、ベルモット兄上の母君でもある。
俺は荷物を床に置くと、頭を下げる。
「カスミ様、お久しぶりで御座います。ルーク・ストロングただいま戻りました」
「相変わらずね。私もあなたの母なのだから、気にしなくていいのに……」
「はっ、ありがたきお言葉。ですが、いずれベルモット兄上の臣下となる身ゆえ、ご容赦いただきたく」
これはケジメでもある。
この家で、俺にも当主となる権利がある以上、よからぬことを考える者が現れるかもしれない。
こうして上下関係をはっきりさせておけば、少なくとも俺を利用しようと考える愚か者は現れないだろう。
まあ、現れたら対処するだけなのだが。
「頑固ね、誰に似たのかしら……」
「それは私におっしゃっておられるのですか?」
現れたのは、騎士の格好をした若い女性。
元はカスミ様の護衛として、他国からやって来た人物だが、父上と結ばれて俺とリーナを産んだ。
馴れ初めは興味無いから聞いていないが、リーナ曰く『下らないのでお気になさらずに』とのことだった。
「あらアイナ、少しは自覚を持った方がいいわよ」
「自覚は十分にしております」
俺達の母上であるアイナ・ストロングは、元はカスミ様の護衛だったが、今ではストロング伯爵の第二夫人であり、伯爵領の騎士団をまとめ上げる騎士団長を努めている武人だ。
つまり、生粋の女傑である。
母上の鋭い目が俺を見る。
「ルーク戻ったか、変わりないか?」
「はい、特に変わりないです」
「そうか。では、明日よりマンドラ伯爵家に向かう故、準備をしておけ」
「マンドラ伯爵、ですか?」
「そうだ。何か問題でもあるのか?」
「いえ、学友にマンドラ伯爵の子息がいたので、気になっただけです」
マンドラ伯爵といえばマブロの実家だ。
何やら色々と抱えていそうだったから、それを知るいい機会かもしれない。
そう思考していると、カスミ様から文句が上がった。
「ねえ、ルークは今帰ったばかりでしょう。少しは休ませて上げられないの?」
心配してくれるカスミ様だが、母上はそう優しくはない。
「お気になさらず。ルークはわざとゆっくり帰って来ておりますので、特に疲れてはおりません」
どうやら、帰るのが嫌で時間を掛けていたのはバレているようだ。
「そうだとしても、少しは親子として交流を持った方がいいんじゃない? リーナちゃん以外は、滅多に帰って来ないわけだし」
リーナは実家に帰っているんだな。
普通の人ならば、頻繁に帰れるような距離ではないのだが、リーナならば半刻もせずに到着するだろう。
もしくは、転移魔術を会得した可能性もある。
そこまでいけば大したものだ。
転移魔術は複雑で、分解と再構築の技術が必要になる。寸分違わず同じ物を組み立てなければ、その者は不安定になり消滅してしまう。転移魔術は、そんなシビアな魔術なのだ。
「あの子は少し特殊ですから……。ルーク、夕食の時間まで好きにしてなさい。私はこれから、カスミ様の護衛があるからな」
「もう⁉︎ 私はいいから、ルークと一緒に居なさいよ」
母上はカスミ様を連れて行ってしまう。
俺はその背中に頭を下げて見送った。
◯
ストロング伯爵領には、近年出来た伝説がある。
【星が落ちた時、世界は奇跡に包まれる】
何だそれは? という伝説だが、その出所は十年前の世界を滅ぼす星にある。
あの日、師匠は世界に魔法を掛けて、この世界に星が落ちたという事実を魔法で消し去ろうとした。
目撃者全員の記憶の改変をして、無かったことにしてしまったのだ。
それは人々を不安にさせない為の、師匠なりの優しさだったが、その行為は無駄に終わってしまう。
あの日の出来事を夢に見る人が多くおり、本当にあったのではないかと話題になったのだ。
荒唐無稽な話なので、誰もが一笑に付した。
それで終わっておけば良かったのに、余計なことをした連中がいた。
教会が、真実かどうか神に問い掛けてしまったのだ。
師匠も神の記憶までは改変出来なかったようで、真実だと認めてしまう。
神という上位存在が肯定してしまったせいで、師匠の行動は全て無駄になってしまった。
きっと師匠が知ったら、天界に乗り込んで半殺しにしていただろう。
まあ、そのおかげで、ストロング伯爵領にはある新たな祭りが出来たので文句は言えないのだが。
星降る祭り【降星祭】。
ストロング騎士団お抱えの魔術師が隕石に見立てた魔術を放ち、それをこれまた騎士団の魔術師が穿つ。
これを合図に、奇跡が起こるという祭りが開催されるのだ。
降星祭は、この長期休暇の期間と被っている。
実際の星が落ちて来た日とはまるで違うのだが、本来の日を知らない人々からすればどうでもいい話だろう。
俺は荷物を置くと、祭り準備わ見て回ろうと屋敷を出ようとする。
しかし、ある人から声を掛けられてしまった。
「ルーク兄様?」
振り返ると、そこには黒髪の少女がいた。
カスミ様と顔立ちが似ており、柔らかい印象を受ける。
彼女の名前はディアナ・ストロング。
カスミ様の娘であり、俺達の妹でもある。
俺はその少女を見て、眉を顰める。
「……何の用だアルテミス」
別の名を呼ぶと、ディアナの体は舌を出して悪戯っぽく笑う。
「あっ、一目で見抜くんだ」
「ディアナの肉体から出て行け、滅ぼすぞ」
「神様に向かって、そんなこと言っていいのかな? そもそも、この子に手出し出来ないでしょ?」
今のディアナに乗り移っているのは、神龍から産まれた一柱、神アルテミス。
俺を監視する為に、度々ディアナの肉体に乗り移っている寄生虫でもある。
俺は手に魔力を収束させて、神を殺す力を作り上げる。
「えっ……マジ?」
「俺がいつまでも手を出せないと思うなよ。ディアナを傷付けず、貴様らを葬る手段は作り上げている」
「待って待って⁉︎ ある情報を伝えに来ただけだから待って⁉︎」
慌てたアルテミスを見て、一旦は力を霧散させる。
その気になれば一瞬で構築出来るので、下らない話であれば、構わず滅ぼすつもりだ。
「マジ短気で困るわ」
「早く話せ、そしてディアナから出て行け」
「はいはいそうしますよ。……ルーク、魔神が動き始めました。人の世は混乱し、多くの人が不幸になるでしょう。今一度、一柱としての責務を果たしなさい」
それだけ告げると、アルテミスはディアナから去ってしまった。
倒れるディアナを抱き止めて、虚空を見る。
「曖昧な話ばかりしやがって、だから神は嫌いなんだ」
まったく、余計な仕事が増えてしまった。
とりあえず、リーナには伝えておいた方がいいだろう。




