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オミナス・ワールド  作者: ひとやま あてる
第5章 第2幕 Road to the Kingdom③
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第161話 流通の裏側

「あっちの二人は終わったな」


 リオルの魔法に捕らわれながらも、敵の男たちは軽快に嗤う。 上空に凄まじい天候変化が生じてから、彼らの余裕の色が目に見えて違う。


「なんだか騒がしいけど、本当に君の仲間は無事なのかな? というか、あんな魔法程度で君たちの状況は変わらないよね?」

「どうかな。 そっちの女も、そろそろ助っ人に向かった方が良いんじゃないか?」


 男はソシエを顎で指した。


「そもそもソシエが居なかったところで、君たちがここから逃げ出せない状況は変わらないはずだけど?」

「少なくとも、何かしら状況は変化するな。 お前らは俺らをすぐには殺せないんだから、動くなら今だぜ?」

「安い挑発だね。 どうしてこちらが君たちを殺せないと思うんだい?」

「相手に喋らせるだけの無能な魔導書と、女に助けてもらわないと何もできないお前の醜さが根拠だな。 なんなら、こっちだって動けるんだぜ。 この魔法も、制限を掛けるだけで禁じるわけじゃない。 不完全なんだよ、お前」

「だったら動いたらどうだい?」

「おいおい、底が透けて見えるぞ。 お前は俺らから情報を得たいし、俺らが動いて人質を消されるのも困るんだろ? だったら、お前はもう少し言動に気をつけるべきだよな?」

「ふーん。 まぁいいか。 それじゃあソシエ、あっちの二人の方に──」


 その時、空中で青い爆発が二つ。 ハジメが定めた、召集の合図。


「──っと、呼び出しだね」

「死にそうになったら教えて。 《風纏エアヴェイル》」

「仕方ないね」


 ソシエはリオルの許可を取ると、即座に姿を消した。 遅れて舞う風塵が、彼女の移動する痕跡を僅かに示してくれる。


「じゃあ、君たちの思惑を打ち砕こうかな」

「お前一人で何ができる?」

「魔法強度を上げるんだよ。 まったく、魔法使いは皆んな物知りだよね。 知識の面だけでも大きな開きがあると思うんだけど、君たちもそうは思わないかい?」

「どうだかな。 今じゃ、魔法使いは狩られる対象だし、俺たちの懐を暖めてくれる貴重な物資だ。 物資に詰まった知識なんざ、大した価値もないだろ」

「意見が一致しなくて残念だよ。 だけど、君たちはここで詰みだ。 さて、ここから見ものだよ。 これ何だと思う?」


 リオルは徐に魔石を取り出し、魔導書に触れさせた。


 ズ、ン──。


 リオルや敵たちを覆う空間が、一層厚みを増した。 のしかかる重圧が、非魔法使いにも魔法効果を分からしめる。


「どうやら簡易魔導書というものは、ボクたち非魔法使いがどう足掻こうと御し切れるものではないみたいでね。 ただ、こうやって外から刺激を与えてあげると……」


 魔石は充填されたマナ量によって輝度が変化する。 満タンに近ければ、励起して発行しているようにさえ見える。 リオルの手元で光を湛えていたそれは、魔導書に触れたことで急速に光を失い、あまつさえ砕け散ってさえ見せた。


「……だから何だってんだ?」

「こっちが手札を晒してる意味を理解してないね。 だから、身を以て体験してほしい。 条件は以下。 『君たちの中で話し合って、生き残る一人を決めてほしい。 指示以外の行動は全て、自害の対象となる。 残った一人がボクの質問に答えきることで、魔法解除要件とする』。 以上だよ」

「はいそうですか、って従うと?」

「従わざるを得ないんだよね。 でも、その威勢は出すべきじゃなかったかな。 結構、条件厳し目だからさ」

「は? そのニヤついた顔を今に歪めてや──ァ、え……?」


 何やら鈍い音が聞こえた。


 鉤爪の男は、ふと仲間を見た。 他三人の視線は、男の首元に注がれている。 男は不思議に思ったが、次の言葉が出ず、ゴフゴフと咳き込むばかり。 口元からは泡立ち生温い液体が溢れてくる。


 仲間の視線が怯えに変化した時、男の思考が追いついた。 首元から生じる激しい痛みは、鋭利な刃が貫いた結果だ。 無意識のうちに、腰に携えていたナイフを握らされていたらしい。 ぐらりと身体が揺れる最中、リオルの口元が少し嗤いに歪むのが見えた。


 男は前のめりに倒れ込み、激しく打ち付けられる。 その際ナイフの柄の部分が先に地面へ接触し、ナイフは勢いのまま首の内部で捩れた。


 男はピクリとも動かない。 ナイフが頸髄を捩じ切ったことによる即死だった。


「ひっ……!」

「残るは三人だね。 誰が生き残るのかな?」


 後悔しても遅い。 敵である御者と弓使い、そして魔導書使いは、ここが絞首台ということに気づけていなかった。 早い段階で行動していれば、何か別の結末もあり得たかもしれない。


「俺が!」

「いやお前がッ!」


 最終的に、ただの罵り合いになりつつある。 それでも言葉を止めることはできない。 少しでも発言を止めれば、外的な力が彼らの身体を動かそうとするためだ。


「!?」


 そんな折、突如として天候が変化した。 激しい豪雨を予想させる黒雲が、一瞬にして霧散してしまっている。 そこから暖かな夕陽が差し込み、幻想的な光景を作り出している。


「残念ながら、君たちが期待していたあっちも終わったみたいだね」


 男たちの顔に絶望が宿る。 喧嘩を売る相手を間違えた、と。 そんな風にも見える。


「さ、何してるの? 続けないと死んじゃうよ?」


 あとは誰が先に根を上げるか。 言葉以外の選択肢を取れば、たとえそれによって相手を殺害できたとしても、鉤爪の男の二の舞だ。


「俺は商会の幹部とも通じている……! それは、こいつでは持ち得ない大きな優位点だ!」

「な、何を言ってる……!? それならこっちだって、商会の背後にいる人間を知っているぞ!」


 男たちは、お互いが知り得ないであろうことを語り始めた。 こうなれば、あとは時間の問題だ。 情報が尽きるか、相手の優位に立てた時点で決着はつく。


「じゃあ続けなよ。 有益な情報を持つ人間なら、ボクだって殺したくはないからね」


 リオルはほくそ笑む。 実際、魔法はすでに彼の手を離れている。 結末を決めるのはあくまで男たちであり、裁量権はリオルには無い。 しかし、全てを語る必要はない。 放っておけば、情報は勝手に集まってくる。


(怖いくらいに順調だね。 ハジメと組めたことは、本当に僥倖だったよ)


 リオルはハジメたちの帰還を待ちつつ、醜い争いを面白そうに眺めていた。


 それからしばらくすると、ソシエがやってきた。


「どんな感じ?」

「片付いたよ。 そっちは大変そうだったね」

「こっちは……もう殺したの?」


 地面に転がる四つの死体。 そのいずれもが、自害という末路を辿っている。


「いやいや、殺してないよ。 単に条件未達成で死んだだけ。 情報はしっかり得たから心配しないでよ」

「それなら良かった。荷物の方は?」

「拘束されたままにして、ひとまず放置してるよ。 一応、向こうも魔法使いみたいだし。 下手に動かれても面倒だからね。 ハジメとエミーは?」

「エマは近くに寝かしてる。 ハジメは実験中」

「……実験? 狂っちゃった?」

「最初から狂ってるでしょ」

「それもそうか。 狂気を常に側に置きつつ、正気を保ってられるんだから。 どうやってるんだろうね、アレ?」

「知らないわよ」

「じゃあ次は、荷物に話を聞こうか」


 空になった馬車には、手足を縛られて猿轡を噛まされた三人の男女がいた。 十代半ばの年齢であろう男女と、残る一人はかなり顔立ちの整った女性。 何より彼女だけは、その身に汚れをほとんど纏っていない。


 リオルが馬車内に立ち入った時点で、荷物である彼らの怯えは強かった。 なにせ、リオルが魔法で行った凶行を全て見ていたのだから。


「ボクたちは味方だ」


 そのような発言を信じられるわけはないだろう。 しかしリオルは彼らの反応を無視して続ける。


「申し訳ないけど、仲間が戻ってくるまで君たちの拘束は解いてやれないんだ。 ボクと彼女は魔導書使いという類の人間だし、君たちが魔法使いってことは分かってる。 ちゃんと答えさえしてくれれば、ああいった目には遭わなせないと約束するよ」


 リオルがそう言うと、小柄な男は恐慌状態に近しい暴れを見せた後、失禁しながら意識を失った。 同じく隣の小柄な女も、涙を溢しながら身体を震わせている。


「それ、普通に脅迫でしょ」

「他に言いようがないからね。 ハジメが来てくれないと、ボクらは魔法使いに忌み嫌われる存在のままだし。 ……っと、そちらの君は中々に気丈な感じだね。 質問に答えられるかい?」


 リオルの声は、唯一冷静な態度を保てていた女性に向けられた。


 女性は目線を縦に動かした。


「助かるよ。 ボクはリオルで、彼女がソシエ。 あと二人仲間がいて、そっちは二人とも魔法使いだね。 信じられないとは思うけど、ボクらは魔法使いを狩る人間じゃない。 理解してくれたかな?」


 女性は訝しげな表情を残しつつも、渋々といった様子で首を縦に振った。


「じゃあ色々と質問するよ。 まず君たちは何者で、どこで攫われてきたのかな?」

「手っ取り早く魔法で喋らせたら?」

「流石にそれは失礼でしょ」

「あれだけ悪役気取ってたのに?」

「そういうの、ハジメが好かないからね。 心象は良いに越したことはないよ」

「あんたがいいなら、それでいいけど」


 尋問に近い状況で、情報収集が行われる。


 リオルの口調は穏やかだった。 穏やかであること自体が、むしろ異様だ。 つい先程まで馬車の外で起きていた光景を目の当たりにしていれば、なおさらだ。


「まずは君たち三人の関係性。 頷くか首を振るかだけで、余計な気力は使わなくていい」


 女性は一度だけ目を閉じ、呼吸を整えてから頷いた。 猿轡越しでも、その仕草に気品めいたものがある。 旅慣れているというより、元からこういう場で弱みを見せない訓練を受けてきたような落ち着きだ。


「君たちは仲間同士?」

 

 女性は小さく首を横に振る。


「では、攫われた時期も場所も別々かな?」


 今度は、縦。


「へえ。 纏めて運ばれてるわけじゃないんだ」

「商会に引き渡す前に、ある程度数を揃える必要でもあるんじゃない?」


 ソシエが横から口を挟む。 リオルは肩を竦めた。


「かもしれないね。 じゃあ次。 君は、他の二人と比べて事情を理解している方かな?」

 

 女性は少しだけ迷ったあと、縦に頷いた。


「なら、君を中心に話を聞こう。 どこで攫われた?」

 

 質問の意味を飲み込んだ女性は、視線を床へ落とした。 それからゆっくりと、右や左に目線を動かす。


「広域で狩ってるのか」

「雑に攫って選別してる、って感じね」


 ソシエの言葉に、リオルは頷き返す。


 魔法使い狩り――その呼び名は粗暴だが、実態は意外と組織的だ。 ただ強い魔法使いだけを狙うのではなく、価値の分からない者まで手当たり次第に確保している。 それは、狩る側が何を狩っているかを正確には理解していない証拠でもある。 指示する側が、あえてそうさせている可能性もあるが。


「君たちを攫った連中は、自分たちが何を取り扱っているのか知ってたかな? 例えば、君たちの心臓がどうとか、簡易魔導書が何から作られるかとか」


 女性の目が僅かに見開かれた。 そこにあるのは驚愕。 しかしそれは、事実を初めて知ったという反応ではない。 知ってはいけないことを外の人間が知っていたことに対する反応だ。


 数秒の沈黙の末、女性は首を横に振る。


「連中は知らない。 でも君は知っている、と」

 

 縦。


「それは君の推測?」

 

 横。


「誰かに聞いた?」

 

 縦。


 リオルの表情が少しだけ引き締まる。 攫われた被害者ですら製法の一端を知っているなら、流布はどこまで進んでいるのだろうか。


「誰に?」


 女性は両手を拘束されたまま胸元を示し、ネックレスを見せつけた。 ソシエが触れると、そこには徽章がぶら下がっていた。


「この紋様……」

「なんか見覚えがあるね。 なんだっけ?」

「たしか、デルビーニュ子爵家のものじゃない?」


 女性はゆっくりと頷いた。


「へぇ。 お貴族様か」


 リオルは軽く発しつつも、目だけは笑っていなかった。


 デルビーニュ子爵家。 カンベルド要塞都市から大きく東へ向かった先の、主要街道などから離れた交易路沿いに所領を持つ小貴族だ。 大貴族ほどの権力はないが、薬草、香料、魔導触媒の流通に強い。 商会と繋がりを持つには、むしろ都合の良い家柄でもある。


「君が製法の一端を知っているのは、家の仕事に関係しているからかな?」


 女性は迷った末、頷いた。


「なるほど。 君の家が関わってる?」

 

 今度は、強く首を横に振る。


「家そのものじゃない。 でも、関係者がいた?」

 

 縦。


「厄介だね。 魔法使い狩りとかの問題がこの辺りの領地で収まってるのなら、手の打ちようもあったかもしれない。 だけど交易路や流通網に及んでいるのなら、もう手遅れだ」


 これで、単なる盗賊や魔法使い狩りの問題ではなくなった。 商会、貴族、流通──これら太くなった線は淀みなく王都へ結ばれ、後戻りなど不可能な域へと達しているだろう。


(無事、この流れは王都へ繋がったわけだ。 そして、熟す瞬間の一番美味しいところを掻っ攫う。 実にボク好みの展開だね。 さてさて、対症療法では解決できないことが確定したけど、ハジメはどう足掻くのかな。 泥臭い歩みはハジメを主人公として際立たせてくれるし、その陰でボクは野望を果たせるだろうね。 全てが順調に思えてくるよ。 ソシエと一緒に村を売った甲斐があったね)


 リオルは溢れそうな笑みを押し隠しながら、質問を続ける。


「マシス商会とデルビーニュ子爵家の誰かが繋がっている。 そうとしか考えられないけど、合ってるよね?」


 女性は唇を噛んだ。 それでも、沈黙が答えになっている。


 ソシエが女性の前にしゃがみ込む。


「悪いけど、そこは曖昧にできない。 あんたが黙ったところで、こっちは調べる。 それなら、今後の身の安全を確保する意味でも喋った方がいい。 ウチらはここであんたたちを置き去りにだってできる」


 女性の目が揺れる。 恐怖ではなく、迷いによるものだ。 家を守るべきか、自分と同じように運ばれる魔法使いを守るべきか。 そのようなところだろう。


 リオルは、その迷いに優しくメスを入れた。


「君が攫われた時点で、もう君の家は守られていないよ。 少なくとも、君を切り捨てても成立する仕組みがある。 なら、君が守るべき相手は別にいるんじゃないかな」


 女性は目を伏せた。 長い沈黙のあと、ゆっくりと頷く。


「質問を変えよう。 マシス商会に魔法使いを運ぶ窓口になっているのは、デルビーニュ子爵家の血縁者?」


 横。


「使用人?」

 

 横。


「出入りする商人?」

 

 少しの迷いの後、頷く。


「名前は分かる?」


 逡巡があったが、猿轡があるため言葉にはできない。


「外す?」

「ここまで来たら外すしかないでしょ」


 ソシエは短く言い、女性の猿轡に手を掛けた。


「ただし、叫ばないで。 叫んでも誰も助けに来ないし、こっちが面倒になるだけだから。 あと、魔法を使おうとしたら問答無用で殺すから」


 女性は視線だけで頷いた。


 猿轡が外される。 女性はすぐには喋らなかった。 乾いた唇を動かし、喉の奥で小さく息を整え言う。


「……カレド」


 掠れた声だった。


「カレド・マシス。 マシス商会の副支配人です。 父は、彼を信用していた。 取引は順調でした……けれど、ある時から荷の種類が変わりました。 帳簿に載らない箱が増えたんです」

「危ない品を扱い始めたわけだ」

「最初は知りませんでした。 でも、地下の保冷倉庫で……人の声を聞いた」


 女性が、小さく嗚咽した。 リオルはそちらを一瞥するだけで、話を止めない。


「君はそれを調べた?」

「はい。 その時に知りました。 魔法使いの心臓が、簡易魔導書の核になる、と。 でも……カレドは、製法そのものを話していたわけではありません。 彼も全てを知っているようには見えなかった」

「商会の支配人か、もしかしたらもっと上がいるかもしれない」


 リオルが呟く。


 女性――デルビーニュ子爵家の令嬢らしき彼女は、苦しげに頷いた。


「君、名前は?」

「オブシディア。 私は、デルビーニュ子爵家の三女です」

「三女ってことは、君は合意のもとで売り渡されたかもしれないわけだ。 オブシディア、君は有益な情報を持たず、敵にもならないと判断されたのかな?」

「そう、だと思います。 ですが、私にも価値がなかったわけではありません」


 オブシディアは、乾いた唇を一度結んで続ける。


「兄や姉たちは、貴族としての縁談や社交に使われる立場でした。 けれど私は三女で、政治的な価値は低かった。 だからこそ、父の仕事場に出入りすることを許されていました。 商人たちの顔を覚え、荷の流れを見て、どの街道に何が通るのかを知る役目を与えられていたんです」


 リオルの目が、わずかに細くなる。


「つまり、表に出ない荷の流れも見ていた?」

「……はい。 帳簿に載る荷と、載らない荷。 その違いも、ある程度は分かります。 薬草、香料、魔導触媒、封印箱。 本来の交易に紛れて、人を運ぶ経路が作られていました。 これに関しては最近の話ではないですし、思えばその頃から私の家は道を踏み外していたのかもしれません」


 オブシディアは声のトーンを落とした。


「マシス商会は、ただの商会ではありません。 貴族の保護を受け、役人に通行証を出させ、騎士団の検問を避けられる道を知っています。 誰かが後ろにいなければ、あのような流通網は作り上げられません」

「その流通網の行先は、王都かな?」

「ええ、おそらく。 荷は王都へ集められています。 魔法使いも、簡易魔導書も、そしてその製法も。 もし追うなら、街道ではなく帳簿に残らない荷が良いでしょう。 そこに、マシス商会が大切にしている本当の道があります」


 リオルは薄く笑みを浮かべた。


「なるほど。 君は売られたんじゃなくて、知りすぎたから処分された可能性もあるわけだ」


 オブシディアは否定しなかった。 その沈黙が、何よりも雄弁だった。


「君はこの先どうするつもりかな?」

「私に向かう先も戻る先もありません。 ですが、こちらの二人は違います。 未来があり、それは穢されて良いものではありません」

「貴族らしくない考え方だね」

「このような世情では、貴族という基盤はそう長くありませんから。 それに、私は商人に帯同する機会も多くありましたので世俗に疎くもありません。 とにかく今は、権力よりも流通を握っている者の方が強い。 王都でさえ、すでにその影響から逃れられていません」

「それで?」


 リオルは穏やかなまま、続きを促した。


 オブシディアは一度だけ、隣での二人へ視線を落とした。 怯え切った少女と、意識を失ったままの少年。 どちらもまだ、値踏みの段階にすら上がっていない側の人間だ。


「……解放してあげてください。 せめて、この二人だけでも」


 そう言い切る声に、躊躇いはなかった。


「あなたたちが何者で、何をしようとしているのか、完全には理解していません。 ですが一つだけ確かなのは、あの連中と同じ側ではないということ」


 ソシエが鼻で笑う。


「随分とお気楽な考えね」

「理解しています。 ですが、この二人には値段が付けられていません。少なくとも、今の流れにおいては。 流通に組み込まれていない者は追跡もされにくいし、足取りも残らない。 消えても問題にならない代わりに、逃がせば追われにくい」


 ソシエの眉がわずかに動いた。


「……つまり?」

「この二人は商品としても、証拠としても未完成です。 回収する側からすれば後回しでいい存在。 だから、今ならまだ切り離せます」

「じゃあ君は?」


 リオルが興味深そうに首を傾けた。


「私はすでに核心に触れてしまった。 名も、経路も、関係者も知っている。 戻れば処理され、逃げれば追われる。 ……なら、捨てられる側ではなく、使われる側に回る方が合理的です」

「ずいぶん割り切ってるのね」

「割り切らなければ生き残れません。 今はもう、貴族であるかどうかに意味はない」


 オブシディアは顔を上げる。


「王都ですら、流通に依存しています。 兵も、食料も、魔導具も、すべて外から入ってきます。 これは盤石な支配が成せる成果ですが、止められれば一瞬で崩れてしまうものでもあります。 そして今、流通の主体は王の手から離れつつある」


 リオルの目が細く光った。


「その話は興味深いね」

「王政に反発する動きは、表では正義を掲げています。 ですが、実態は流通の奪い合いです。 貴族が魔法使いを管理していた構造を壊し、次は誰が供給を握るかという段階へと移行している」


 そして、ゆっくりと言葉を重ねる。


「魔法使い狩りは、そのための手段です」

「なるほど。 綺麗な理念じゃなくて、ただの権益争いか」

「はい。 だからこそ流通は止まらない」


 オブシディアは一歩前へ出た。


「では、取引をしましょう」


 その声音は完全に、交渉を生業とする者のそれだった。


「私は、マシス商会の流通経路を知っています。 表の街道だけでなく、検問を避ける裏道、積み替えの中継点、中枢への搬入経路。 そして──」


 一拍置く。


「──流れが一度濁る場所も」


 リオルがわずかに眉を上げて聞き返す。


「濁る場所?」

「“無主交易圏”と呼ばれている、地図に載っていない中継地です」

「無主ってことは、誰の支配領域でもないわけか」

「はい。 王都へ向かう荷の一部は、必ずそこを通ります。 理由は単純です」

「検問を避けるため?」

「それもありますが、選別の場所だからです。 人も、物も、情報も──価値のあるものは上へ、価値のないものはそこで消えます。 同時に、最も情報が集まる場所でもあります」

「それはとても混沌としていそうだね」


 混沌こそリオルの望む状況だが、あえてそれを口に出すことはない。 神妙な面持ちを保っている。


「この二人をそこまで送り届けていただければ、彼らは流れから外れることが可能かもしれません」

「完全に安全とは言えないでしょ?」

「もちろんです。 ですが、ここで放り出されるより生存確率は高いかと。 魔法使い登録によって、逃げ場は多くありませんからね」


 各都市での魔法使い登録が、今では枷となっている。 彼らの登録リストにも高い値が付けられ、取引さえされている。


「行き先は、この方々に選んでいただくしかありませんが……」

「選べるのかい?」

「王都へ進むか、国外へ逃れるか、あるいは未開域へ抜けることも可能かもしれません」

「選択肢がある時ほど、人は迷うけどね」


 リオルが意地悪く言うと、オブシディアは改めて声を作った。


「条件は一つだけです。 この二人を、無主交易圏へ安全に送り届けてください」

「それは可能だと断言しておくよ。 何を差し出すかにもよるけどね」

「私の持つ流通情報、そのすべてを。 魔法でも、お力添えが可能でしょう」


 リオルは一瞬だけ考え、笑みをこぼした。


「それは取引として成立してるね」


 しばらくすると、凄まじい爆風が駆け抜けた。 馬車の幌が激しく揺れる。


「ひっ……」


 オブシディアも一介の女性。 突然の異常事態には、流石に身を硬直させている。


 見れば、森の一部が消し飛んだ光景が出来上がっている。 ハジメの仕業には違いはないだろうが、どうにも彼の魔法では生じ得ない事態が生じている。


「あっちも終わったかな。 じゃあ、ハジメの帰還を待とうか」


 ひょんなことから、進むべき指針が一つ示された。 この選択は、今後の運命を大きく買えてしまうだろう。 それほどまでに、オブシディアの発見は重要であった。

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