『ドライブ・エイド』
準備を整えたエイダが動き始める。
俺はそんなエイダに対して、
「敵を倒すことは考えなくていい。どうにかして、あいつの攻撃を避けまくってくれ!!」
そう言葉をかけ、走り出す彼女の背を見送った。
目にも留まらぬ速さで敵に近付いていくエイダ。
相手の間合いに入るのに、そうそう時間はかからなかった。
間合いに1歩踏み入れた瞬間、即座に仕掛ける。自らの槍から猛烈な攻撃を繰り出すことにより、相手に反撃する隙を与えない。彼女もまた、エミーシアさんと等しくハイトというランクまで上り詰めた1人の戦士なのだと、その動きだけで思い知らされた。
エイダから3歩ほど離れた距離にいるエミーシアさんに目を遣ると、敵と自分の一騎打ちという視界に急遽入り込んできたエイダに困惑しながらも、すぐさま2対1の構図に適応していた。
エイダが割り込んできたことにより、もちろんエミーシアさんの攻撃威力は今までの半分ほどにまで下がってしまうだろう。
けれど、それでいい。俺の作戦は、敵に攻撃を与えることが目的ではない。敵からの攻撃をいかに避けきるかの方が遥かに重要である。
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2人の動きを見守った後、俺は俺のやるべきことに集中した。
まずは、俺がこれから発動する魔法の構想を練る。
とは言っても、何度も使ったことがある為、ここに時間はたいしてかからない。
人の体躯、駆動する筋肉、その細部に至るまで抜けがないよう補助をかける。やがて脳が錯覚を起こし始めた時、初めてその魔法は成立する――――
「『ドライブ・エイド』!!」
まずは1回。
次に、さっきと同じ魔法を再構想する。
まったく同じ魔法とは言え、1度目にかけたものの上に更に重ねて使う場合は細心の注意が必要だ。
慎重に、的確に構想を展開させなければ、2度目にかけた魔法が1度目にかけた魔法へのただの上書きになってしまう可能性がある。それでは何の意味もない。ブーストされた部分に更にブーストを重ね掛けすることによって、ようやく1度目の時の倍の効力を発揮することができる。
闇夜に針の穴を通すように、見えない視界を模索しながら、構想の上に構想を重ねる――――
「『ドライブ・エイド』!!」
そして2回目。
更に、同じ魔法を再構想。
手順は2度目の時と同じ、集中力を切らさないよう注意しながら3度目の構想を練る。
「ぐっ……」
ただ1つ、2度目の時と条件が違うとすれば、それは俺の魔力が既に底をつきそうになっていたことだろう。人が発動する魔法には限度がある。その限度を決めるのが、個人個人が持つ魔力量。
それは知識のように、日々の成長の中で少しずつ蓄積されていくもの。長い年月をかけて身体に馴染んていくそれは、この世界においての存在証明の役割を果たしている。
身体から必要以上の血液が流出すれば、身体が機能しなくなるのと同様に、身体から魔力が必要以上に放出されれば、この世界での存在が希薄になってしまう。
故に、身体には魔力の放出を防ぐための制限がかけられており、その制限を振り切ろうと足掻いた時、全身に言いようのない『痛み』が走る。
「っ………………!」
――声にならない声を口の中で嚙み殺す。
身体のありとあらゆる部位から魔力を絞り出そうと躍起になればなるほど、俺の身体はそれに反発するように痛みを加速させる。
――その行為は危険だという警報。
――その先は破滅するという警鐘。
それら全てを払拭するように、頭の中で構想を展開させる。
「ぐぅっうっ…………っ!!!」
頭も体も限界を迎えそうになった時、一瞬、とても懐かしさを覚える光景がよぎった。
――遠い遠い、失われた過去の記憶。
「私を見つけてくれてありがとう」
目の前で微笑む彼女。
「いずれ、あなたの剣となりましょう」
どんな時も穏やかに、どんな時も華やかに。
「あなたの孤独を私にください」
いつも俺のことを案じていた。
また、こんなことをしたら彼女は怒るだろうか。泣いてしまうだろうか。
けれど、俺は、助けたいんだ――――。
いつも俺の代わりに泣いてくれていた君を。
「エミーシア、許してくれ!! 『ドライブ・エイドオオォォォ』!!!!」
3度目の魔法が発動された。
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避けたと思っても避けきれていない。当たっていない筈の場所に傷がついている。
ここへきて、敵の攻撃のスピードと威力が明らかに上昇してきているのが肌で感じられる。
やはり、私の力を最大限出しきっても、これ以上は無理なのか……。
2度、攻撃を正面から受けた。
あの威力を受け続ければ、気力以前に身体が先に使えなくなるだろうと判断し、そこからずっと攻撃を避けることに注力してきた。
その甲斐あってか、今のところ致命傷は受けていない。が、相手に私からの攻撃を繰り出せずにいたのも事実。そうこうしている内に、相手は成長していく。
どこまで成長するのかは分からないが、今がぎりぎり避けきれる状態。これ以上はこちらが押し切られてしまうだろう。
無謀とは分かっていても、どこかのタイミングで切り込むしかない。
そう、決意を固めた時だった。
タッタッタッタッ。
誰かの足音、それがこちらへと近付いてくる。
この存在感を放ちながら、颯爽と近づいてくる足音。その主は、エイダだろう。
けれど、なぜ――?
彼女なら分かっているはずだ。ここで私と共闘するより、私1人に任せた方がまだ勝機があるということを。
だからさっき、私を追いかけてはこなかった。
なのに、今になってどうして――?
私の疑問を置き去りにして、エイダは敵の間合いに入った瞬間。
まるで自分の手足でも操るかのように、槍を敵の懐目掛けて撃ち放つ。
けれど、その距離からの攻撃では避けられてしまうだろう。
そんな私の予想通り、敵はエイダの攻撃を後方へジャンプすることによって避けきってしまう。
それに怯むことなく2撃目を繰り出すエイダ。
それを避けられ、更に3撃目。4撃目。そして5撃目。
それは、躱されると分かっていながらも繰り返される。
当たらないと分かっているのに攻撃を繰り返す理由――。
相手の出方を待っている……。いや、相手が攻撃できないよう誘導している……。
なぜ彼女がそんなことをしているのか私には分からなかったが、何か思惑があるのだろうと思いその動きに合わせて戦うことにした。
そして、次の敵からの攻撃によって――私はその理由を知ることになる。