第1話 地鎮祭
「暑いな」
神谷高時は独り言を洩らし、ハンカチの端で額の汗を拭った。
真夏の陽光が白く輝き、新しく敷かれたアスファルトを容赦なく灼きつけていた。山裾の傾斜地を切り開いた方形の土地の一部で、地鎮祭が執り行われている。
建築デザイナーである高時は、施工業者の男たちとともに竹と注連縄で囲った敷地の一隅を見つめていた。ふと不安がよぎる。数日前まで、そこには苔むした二つの小さな石祠が並んでいた。地元では心中した男女を祀ったと伝承されている。
「本当に、お祓いもせずに取り壊してよかったのでしょうか」
高時が低く呟くと、背後から義理の父・高木辰夫が咳払いをした。
「おいおい、高時くん。またその話か。君は相変わらず、ロマンチックな俗信が好きだね」
辰夫はサマーウールのスーツの袖口を整える。傍らで義母の美江子が扇を動かし、軽蔑の笑みを浮かべている。
「この土地はね、我が家が江戸時代から引き継いできた資産なのだよ。本来ならこの辺り一帯が高木家の所有だったが、ほとんどは戦後の農地改革で失われた。残ったわずかなこの土地を四階建ての賃貸マンションに仕立て直し、正当な富を生ませる。何の不都合があるというのだね?」
辰夫は高時を観察するような目つきで見た。
「せっかく婿の君に設計を回してあげたというのに、どこの馬の骨を祀ったとも知れぬ石ころに怯えるとはね。君のその繊細すぎる神経には、いつも感心させられるよ」
「父さんの言う通りよ、高時さん」
妻のしのぶが冷ややかな微笑を保ったまま同調する。
「あんな薄汚れた石祠を、マンションの敷地に残しておけるわけがないでしょう? 気に入らないのなら、いつでもこの案件を降りてもいいのよ。その代わり、ちゃんと自分で別の仕事を取ってきなさい」
「……ですが、お義父さん。地元の方の話では、あの二つの祠には不吉な伝承があると聞いています。せめてしかるべき寺社に供養を依頼した上で解体すべきだったのでは……」
「これだから、よそ者は困る」
辰夫は首を振り、溜息をついた。
「君のような建築士に求めているのは計算通りの図面を引くことであって、民話の収集ではない。この土地のことならば心配いらんよ。こうしてしかるべき神主を呼び、きちんと地鎮祭を催している。これ以上、どんなが演出が必要なのかね?」
高時は口をつぐみ、地面の砂利を見つめた。
やがて神職が祝詞を奏上し始めた。
参列者の列の後方に、今春大学に入学したばかりの長女・美和と、高校三年生の次女・美代が並んでいる。
祭壇の前で鍬入れが行われ、神職が赤土の上に清めの塩と洒水を撒いた、その瞬間だった。
空が変じた。
雲ひとつなかった青空が、にわかに漆黒に染まり、土砂降りの雨が降り始めた。突風で仮設のテントは歪み、注連縄は引き千切られた。
紫白の雷が近くの山林に落ちた。閃光が視界を白く灼いた。
「きゃあ!」
美江子としのぶが悲鳴を上げた直後、神谷家の二人の娘の身に異変が生じた。
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