第5話 はじめてのお仕事
「ねえミナト、起きて。起きてってば!」
「うーん……」
ベッドの中で微睡んでいると、肩をがくがくと動かす感触がする。
うっすらと目を開けると、ルリカが俺の上に馬乗りになり肩を揺らしていた。
「そろそろ7時よ、朝食を食べに行きましょう。昨日から何も食べてないからお腹ペコペコよ」
「うーん、あと3時間……」
「もう、大声出して宿の人を呼ぶわよ!」
「わかった、わかったから……」
くそっ、休日はいつも10時起きだというのに。2人泊まっていることがバレて宿を追い出されても困るので、しぶしぶ起き上がることにする。
「ほら、早く支度して。近くに安くて美味しいお店があるのよ。さあ早く私をカードの中へ」
「あ、ああ……」
こいつ、一晩で完全にこの環境に適応してんな。俺はルリカをカードに戻すと、宿を出ることにした。
*
適当な場所でルリカをカードから再召喚した俺は、彼女の案内に従って近くのカフェ風のお店に来ていた。
テラス席に2人で腰掛け、料理を待つことにする。
「ここの手作りソーセージは本当に美味しいわよ! ああ、本格的にお腹が空いてきたわ!」
「そうか、楽しみだな」
彼女は本当に待ちきれないといった感じでニコニコと厨房のある方を眺めている。昨日から思っていたが感情豊かだな、こいつ。
「そうだ、昨日聞き忘れたことがあるんだが、どうやって金を稼げばいいんだ? 俺みたいな旅人でも出来る仕事なんてあるのか?」
「あんた、ギルドカードは持ってないわけ? ギルドに行けば発行して貰える身分証明書みたいなやつよ」
彼女はそう言って懐から1枚のカードを出した。それを見ると、名前と顔写真、過去の経歴のようなものが書かれている。
……それにしても、カードに封印された奴がカードを持ってると何とも不思議な感覚だ。
「持ってないな。じゃあまずはギルドに行けばいいのか」
「そうだけど……ギルドカードの発行には5万イェンかかるわ」
「……結構高いな」
現在の所持金は4万イェン、宿代で2万程は使うつもりなので、余裕はほとんどない。5万なんてとんでもない話だ。
5万で身分証明書が貰えるなんて、本来は破格なんだろうけどな。
「料理がきたわ、続きは後でしましょう」
「ああ……」
うーん、なかなかの前途多難。この異世界はそう簡単に長生きさせてくれなさそうだな。
俺は思案しながらも、運ばれてきたホットドッグを頬張ることにした。
*
食事を終えた俺たちは、ギルドがあるという場所へと向かって歩いていた。
「どうだった、さっきの? 美味しかったでしょ?」
「ああ、言ったとおりだった。肉汁たっぷりでスパイスも効いてて美味かった」
やっぱり肉ってのはどこで食べても美味しいな。高級ステーキ店でも、吉〇家でも、そして異世界でも。
そして2人合わせて1000イェンというのもありがたい。
「ふふん、私に感謝しなさいよね!」
料理が美味しいのは偏にお店の努力だと思うのだが、ルリカがご機嫌なので黙っておこう。お金も彼女のだしな。
「……それでさっきの話の続きだけど、ギルドカードってのが無いと仕事できないんだろ?」
「そんなことは無いわ。当然信用が無い訳だからどんな仕事でも受けられるわけじゃないけど、誰でも受けられる仕事もあるのよ」
うーん、ギルドというのが日本にないからいまいちイメージがつかめないな。まあ行けばわかることか。
店を出て数分歩くと、目的のギルドが見えてきた。ルリカ曰く、街や村には必ず1つ以上存在し、魔法道具を使って各地のギルド間で情報のやり取りをしているので冒険者や傭兵の情報収集も盛んにおこなわれているらしい。
ギルドに入ると正面は受付、右手は酒場のようになっており、左手にはたくさんの紙が貼られた掲示板のようになっていた。
「あの掲示板に張り出されているのが全て依頼書よ。受けたい依頼があればその依頼書を取って受付に持っていけばいいわ」
「なるほど。いろいろ見てみるか」
早速掲示板に近づき、内容を確認していこう。どれどれ……。
「王族の警護、報酬50万イェン。魔族の情報調査、120万イェン……。なんだ、結構仕事があるじゃないか」
「そこにあるのは受けられないわよ。それは実績豊富なベテラン用の依頼だから。私たちはこっちね」
残念ながら俺のような不審者は資格がないという事か。ルリカに腕を引かれ、隅っこの掲示板に連れられる。
「どれどれ、こっちは……。薬草集め、桶一杯で500イェン。倉庫のネズミ駆除、1匹辺り100イェン……。おいルリカ、この依頼書、報酬の桁が2つ程足りなくないか?」
「何言ってんの、これで合ってるわよ」
なんてこった、完全に労働基準法を無視してやがる。こんな依頼、いくつ受けても宿代すら賄えないじゃあないか。
だが、確かにここにある依頼は身分なんてどうでも良さそうな依頼ばっかりだ。ここから始めるしかないってことか。
くそ、せめてもう少しまともな依頼は無いのか。俺は掲示板の隅から隅まで舐めまわすように眺める。
「ん? 無くした宝を探して欲しい……報酬5万! これ、いいんじゃないか?」
「へえ、珍しいわね。万を超える依頼なんてめったにないわよ」
この依頼なら大分財布が潤うな。依頼内容も危険じゃなさそうだし、これを受けて億万長者への第一歩を踏み出すとするか。
「よし、善は急げだ。早速依頼を受けてこよう」
俺は依頼書を掲示板から剥がし、受付へ持っていく。
「あ、ちょっと! ギルドカードを持っていない人は依頼は同時に1つまでしか受けられないからちゃんと吟味した方が……!」
後ろから何か声が聞こえた気がするが、聞き返す前に俺は先に依頼を受けることにした。
*
「という事で、依頼者の家に来たわけだが……」
俺たちは受付で情報を貰い、依頼者の家の前に来ていた。詳細は本人に確認しろ、という事らしい。
せめてどんな依頼者かくらいは教えてくれてもいいと思うのだが。
「じゃあ早速入るわよ。すみませーん!」
俺の心配をよそにルリカはドアをがんがんとノックする。すると、1人のおばあさんが現れた。年齢は60歳ぐらいといったところか。
「ギルドの依頼書を見てきたわ。話を聞かせて貰えるかしら?」
「あらあら、こんな若い子たちが来るなんて。さあ、入って入って」
敬語を使わないと失礼だろと思ったが、おばあさんは嫌な顔をせず家に招き入れてくれた。
俺たちは中に案内され、椅子に腰かける。暖かい紅茶が出てきたので、食費を浮かせるために一気飲みする。
「それで、探し物について教えて欲しいんですが」
「そうね、探し物は宝石よ。ブローチについていた物なんだけど、散歩に行ったときに落としてしまったの」
「宝石ねえ……」
「どんな見た目か教えてくれませんか」
「赤くて丸い宝石よ。このブローチの中心についていたのよ」
おばあさんはブローチを俺たちに見せてくれた。金で花を形作っているが、中心には親指サイズのくぼみができている。きっとそこに宝石がはまっていたのだろう。
「最後に、どの辺りで落としたか教えてくれませんか」
俺はルリカの地図を机の上に広げる。おばあさんはその地図の上の一か所を指し示した。
「確か、この辺りで無くしたはずよ」
指し示した場所は、村を出たところだ。この年で村から出るなんてなかなかアクティブなおばあさんだ。
「え、ちょっと待って。確かここって……」
「よし、よくわかりました、ありがとうございます! 必ず俺がその宝石を見つけ出してやりますよ」
「まあ、嬉しいわ! 吉報を待っているわね」
よし、情報収集完了! すぐに宝石を見つけて5万イェンをゲットしてみせよう。
俺は意気揚々とおばあさんの家を飛び出したのだった。
※労働基準法…労働者を保護するための法律。実際に保護された実感のない人が多いのは気のせいである。当然異世界にこの法律はない。