最終話。一日終わって。
「お疲れさまでした。そして、ありがとうございました」
エンダイヤ家の玄関前。
こう言って深々と頭を下げたのは、アリーナ・キャレーレス。
お嬢様といつもいっしょにいる、今回の依頼に至ったきっかけのメイドだ。
「俺もお嬢様も楽しめた。たまには息抜きするのもいいもんだな」
お辞儀に頷いてから、俺はそう答えた。
「けど、疲れたぜ。夏フェスタを周りながらの護衛って、
こんなに疲れるんだな。思いもしなかったぜ」
「なんでそういうこと言っちゃうかなぁリーダーは」
「フェイルか」
「でも、心地いい疲労ってところですよね、ジョセさん?」
「ん、ああ。まあな」
ティアリーに、なんとも楽しそうに言われ、なんだか気恥ずかしい。
今後ろを向いたら、ティアリーのニヤニヤ顔って言う、
珍しい物が見られることだろう。
「素直に楽しかったってだけ言えないもんかね、リーダーさまは」
「悪かったな、そういうたちじゃなくて」
「そして僕)やつがれ)どもがこうして声をかけることで、
無駄な疲労を蓄積させるわけだ」
「なんでそんな無意味なことをしたがるんだよ、お前ら」
「それは勿論。泥のように眠ってもらって、
明日からすぐに普段通りに動いてもらうためだよ」
「今でも充分泥のように眠れるから、
無暗に精神をすり減らさせるな」
俺のヨロズヤパーティ、エイダーズ・クロスのメンバーに
心底呆れかえって吐き捨てた。
だが、そんな俺達のやりとりを見て、依頼主様とそのメイドは
心から楽しそうに笑っていやがるのだ。
「報酬は明日にでもお渡しできると思いますので、
いつもの見回りついでにでも、ギルドによっていただければ」
「わかった」
「ジョセさま。今日は本当に、ほんっとーに楽しかったですわ。
ありがとうございました」
抱きしめたぬいぐるみといっしょになって、
お嬢様は深々と頭を下げたので、こちらこそなと微小を返した。
「じゃ、エイダーズ・クロスはこの辺でおいとましましょっか。
ね、リーダー」
フェイルに促されて、「そうだな」と軽く頷くと、俺は改めて依頼主の
マリー・ゴリオス・エンダイヤとそのメイド、
アリーナ・キャレーレスを見た。
「それじゃ、またな」
そう短く言った俺の声を合図にしたように、俺達は
ゾロゾロとエンダイヤ家玄関前を後にした。
「またね、とはなぁ」
「なんだよ、そのニヤニヤ声は?」
ハメツにめんどくささを隠すことなく問い返す。
「面識がなくて気味が悪い、なんて言ってた奴とは思えない別れ際だなー、
と 思ってな」
「そのニヤニヤ顔をやめろ」
「まあコドモズキじゃあ、あんな美少女……じゃないな。
美幼女相手じゃむりもないか、クックック」
「お前。全力で殴るぞ」
「ちょ、おい、まてよ? 魔力が拳に集まってるじゃねーか!
やめろやめろ! 全力すぎだろやめろ! 死ぬだろやめろ!」
「なら、あまり今の俺をからかうな。疲れてて気が経ってるんだからな」
「やれやれ勘弁だろったく。冗談きついぜ~」
言葉通りな声色で、ハメツは頭を抱えたような雰囲気だ。
「でもほんと。あのメイドさんから名紙をもらった
って話をしてた時に比べて、反応がずいぶん柔らかくなってましたね。
どうしてだったんですか?」
「ん、ああ。ちょっと、子供のころを思い出してな。
それで、俺ができなかったことをこいつはやってるんだ
って思ったら、自然と楽しませてやりたくなってな。
それで、態度が軟化したんだろうと思う」
「子供のころ、ですか?」
「ああ。ヨロズヤの、特に命のやりとりにかかわる依頼を
多く取るヨロズヤの家族にはよくある話さ」
「復讐のために襲撃されて、父上が家族を守り切れずに犠牲になる、
と言う奴か」
「ああ、まさにな」
どうやら父さんの死を認識して発狂した俺が、
押し入って来た連中を皆殺しにしたらしい、
って言うところまで話は続く。
が、今そこまで話すのは祭りが終わったここちのいい疲労感に
水を差すどころか濁流をねじこむようなものだろう。
「それもちょうど今の時期で、夏フェスタにつれてってくれ
って話をしてたんだ、俺がな」
だから、マリーお嬢様からどうしてこのことを思い出したのか、
を話すことにした。
「そう、なんですか。ごめんなさい、いやなことを思い出させてしまって」
申し訳なさそうな声で謝って来たティアリーに、
「いや、俺がむしろ気になる言い方したから気にするな」
とさらっと答える。
そんな俺に、「え、あの、はい。そうですか」と困っていますと
顔に書いてありそうな、戸惑ったのがわかる声が返って来た。
どう言葉を返したらいいのか、答えが出なかったのかもしれないな。
「家族を持つヨロズヤってのは 報酬の高い、
命の危険の伴う依頼を受けることが多いって聞くけど、
お前の父さんもそういうたちだったのか?」
珍しくハメツが神妙に、柔らかに聞いて来た。
「さあな、今となっちゃわかりようがない」
「ま、そっか。そうだな」
調子を変えずに、納得したような 納得してないような、
複雑な思考中な声色で話を切った。
「悪いな、しんみりさせちまって。じゃ、泥のように寝るためにも、走る蚊
パーティハウスまで」
許可など取らない。俺はただ、空気に耐えきれる気がしないから、
走り出したかっただけなのだ。
「おいおい、逃げるなって」
面白がってるのが見え見え、もとい聞こえ聞えな声色で、
ハメツがおっかけて来る。
「まったく、おいかけっこなら昼間にやりなさいよね」
「フフフ」
「元気だなぁ、リーダーもハメツさんも」
「本当に、あやつらは泥のように眠れるのだろうか?
僕は、あれだけ動いていたら動きすぎて
逆に眠れなくなるのではないか、と思うのだがな」
そんな、追いかけて来る気のないメンバーの声を
小さく聞きながら、俺はわけもなくハメツ=ソードブレーキから本能的に逃げていた。全力で。
「まてコドモズキリーダー!」
「夜の町中で叫ぶ言葉じゃねえだろうが!
って言うか子供好きを強調するな!」
やっぱり。
俺はこいつらと。
バカやってられるこいつらと。
ヨロズヤやっててよかった。
心からそう思う。
俺のヨロズヤライフはこれからも続く




