剣王と賢者
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『冥府回廊』。広大なダンジョンのちょうど中間地点あたりでは、二人の人間と、上級悪魔の集団が激突していた。人間の方は、まだ少女と呼べる年齢の者だった。
「ハァッ!」
一人は、軽鎧に身を包んだ、ショートカットの少女。身の丈ほどもある大剣を、両手に一本ずつ持ち、それを自在に操りながら、悪魔たちをなぎ倒していく。その細腕からは考えられないほどの剛力で、大剣をまるで棒切れのように扱っている。
しかし、そこに無理矢理感はない。剣筋には、幾年にもわたって鍛え上げられた技が。彼女の動きには、彼女自身が積み上げてきた鍛錬の軌跡がたしかに存在していた。
「そこね、劫火!」
もう一人は、ローブを身にまとい、長杖を片手に魔法を乱発する、ツインテールの少女。彼女が魔法の名を口にするだけで、悪魔たちは、炎によって焼き焦がされ、水に押し流され、土に埋まり、風に切り裂かれる。多種多様な魔法を扱いながら、彼女は汗の一つもかいておらず、魔力を消費した様子もない。
そして、恐るべきは、魔法の精密な行使。多数の魔法を無差別に放っているように見えるが、魔法同士が干渉しあうことも、魔法と魔法の間に隙間ができて、悪魔のうち漏らしが出ることもない。計算しつくされた魔法乱舞が、そこにはあった。
上級悪魔たちの数は、五十ほど。それだけいても、二人にはかすり傷一つつけることはできていない。人数の少ない側に、蹂躙されている。
こんな真似を、普通の人間にはできない。しかし、二人は、『冥府回廊』をこの少人数で進めるほどの猛者たち。俗に言う天才というものだった。
暴威の剣王、ノルン・ブリンガー。
叡智の賢者、リンネ・コード。
人類最強とうわさされる、下界屈指の実力者である。
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上級悪魔の集団を難なく撃退した二人は、食事を兼ねて、休憩していた。魔物が湧き出るダンジョンにてのんきに休憩などしていたら、あっという間にその餌食となってしまうが、二人の休んでいる場所の半径五メートルほどの領域に、結界のようなものが張られており、魔物の侵入を防ぐ役目を果たしている。
「ふぅ、いま、この迷宮のどのあたりにいるのかしらね?」
「たぶん、半分くらい。ここからもっときつくなる。気を引き締めないと。あ、リンネ、できたよ」
「はーい」
簡易式の魔道調理器具で食事を作っているのは、エプロン姿のノイル。眠たげな目をリンネに向け、彼女を呼びつける。
ノルンに呼ばれて彼女は、読んでいた魔導書を置き、食事が並べられたテーブルにつき、早速、並べられた料理に舌鼓を打つ。そんなリンネを見ながら、ノイルもフォークを手に取った。
「いただきまーす」
「いただきます」
白パン、サラダ、ステーキといった、レストランなどで出される料理と遜色ないメニューの数々。ダンジョンの中で食べる食事といえば、硬い黒パンや干し肉などの保存食が一般的なのだが、そんな常識は、二人に通じない。
美味しいものを食べることこそが、強くなるために一番大切なこと。二人の持論であった。
「でも、このダンジョンは、今まで踏破してきたどのダンジョンよりも、出てくる魔物の質が高いわ。しかも。聖属性っていうわかりやすい弱点まである。レベル上げにもってこいだわ」
「でも、一度入ったら出られない。ここまで来るのに、一週間はかかってる。普通の冒険者じゃ絶対に無理」
「そうね、私たちも、この無限の蔵がなかったら、このダンジョンに挑もうなんて、考えもしなかったでしょうね」
「うん。それ、すごく便利」
彼女たちが言う無限の蔵というのは、リンネが指につけている指輪のことである。これを付けているものは、触れているものを、異空間に転送し、そこに保管することができるという、いわゆるアイテムボックスと呼ばれるものだ。無限の蔵は、数あるアイテムボックス系の魔道具の中でも最上級のものであり、容量は無限。中に入れたものは、時間の流れから切り離され、劣化も腐敗もしない。
このレベルの魔道具になってくると、もはや人間の手によって作り出すのは不可能だ。では、どこからこの魔道具を入手したのか。その答えは、ダンジョンにある。
ダンジョンというのは、下界の生物に対して、神がもたらした試練だといわれている。
わが試練を乗り越え、真の強者へと至ったものよ、汝に我が力の一片を与えん。とあるダンジョンに刻まれているこの言葉。この言葉から、ダンジョンで手に入るアイテムは、神からの褒美ではないかと言われている。しかしダンジョンについてはわかっていないことも多く、ダンジョンは命あるものを食らう魔物で、アイテムは獲物を引き寄せる餌だという者もいる。
無限の蔵は、二人が以前攻略したSランクのダンジョンの最奥にて手に入れたものであった。これを手に入れてから、ふたりは飢餓やのどの渇きに悩まされることはなくなり、魔物の素材も最高の状態で売ることができるようになっていた。
二人は食事を終えると、早速ダンジョンの攻略を再開した。ただひたすら進み続け、行く手をふさぐ魔物たちを殲滅していく。
そして、彼女らが歩き始めて二時間がたったころ、リンネが突然、顔を険しくして後ろを振り返った。
「リンネ、どうした?」
「…………何かが、後ろから接近してくるわ。数は一。進むスピードが速すぎる。魔物……なのかしら?」
「それは変。ここの魔物たちは、侵入者を拒む役割を持っている。後ろから来るなんてありえない」
「そうよね……もしかして、私たち以外に、攻略者が来たってこと?」
「ありえなくはないけど。あまり現実的じゃない。このダンジョンに一人で来るなんて、自殺以外の何物でもない」
「!!せ、接触まで、あと十秒!構えて!」
リンネの探知魔法に、引っかかった何かが、戦闘の準備をした二人と対面する。
それは、奇妙な光景だった。
宙に浮かぶ、白髪の少年。黒いコートを着ており、傍らには、巨大な十字架が浮遊している。少年の顔には混じりっ気のない笑顔を浮かんでいる。
「あれ、悪魔じゃない……もしかして、これが聞いていた英霊ってやつかな?ほんとに人間と変わらないんだね。それに、今まで倒してきたやつらより、数段強そうだ。これは、血が騒ぐね」
少年はそういうと、自身の周囲に、浮遊する無数の剣を創り出した。剣は邪を祓う聖光でできており、神聖な雰囲気を漂わせている。
「な、く、来るわよ!」
「わかった!」
二人は、少年の行った行為の非常識さと危険度を瞬時に判断して、警戒を一気に高める。
「いくよ、聖光剣舞・五月雨!」
聖なる剣が、二人の頭上に降り注いだ。
更新遅れてすみません。




