第十話 沙都の死
「なんだいこの娘は。生まれて初めて自分の顔を見たのかい」
見物客の女が嘲るようにそういうと、沙都を取り囲んだ何十人という野次馬たちが、また、けたたましく笑った。
「ああああああああああああああッ」
もうこれ以上、この場にいたくなかった。
沙都は、泣き叫びながら、野次馬たちを押しのけ、闇雲に走った。
「ああああああああああああああッ」
何もかもを、認めたくなかった。
みんな、死んでしまえ、と思った。
また、死にたい、と思った。
顔をかきむしった。
生暖かいものが、沙都の顔中からあふれ出た。
痛みはなかった。ただ、恐怖があった。
生まれてこのかた、一度も味わったことのない恐怖だった。
山の上には、いつの間にか、真っ黒な雲が広がり、ちらちらと、稲妻が閃いていた。
大きな塊にぶつかり、尻餅をついた沙都の目の前に、その石像は立っていた。
そこには、美しかった、かつての沙都が彫りこまれていた。
黒く、しかも透明な美を湛えた石像であった。
沙都は石像に抱きついて叫んだ。
なぜわたしがこんな目に遭わねばならぬのか。
わたしがなにをしたというのか。
返せ。
返せ、美しいわたしを。
呪いか。
これは石打丸の。
そして、あのたえとかいう醜い女の。
畜生。
いやだ。やめてくれ。
こんなことはいやだ。
こんなことは悪い夢なのだ。
あのおんなのかお。
あのおんなのかおが、わたしのかお。
あのおんなのかおが、わたしのかお。
わたしのかおは、わたしのかおは。
わたしのかおは、どこへいった。
ぴしり。
泣き叫ぶ醜い沙都に唐突に襲いかかったのは、落雷という名の死神であった。
あまりにも突然の死であったため肉体の痛みは皆無であったが、死に直面した沙都の思考は、その一瞬に肉体の何百倍とも知れぬ痛みを体験した。
それは落雷による熱や感電の苦痛というより、この世に別れを告げることへの強い悲しみが齎した心の痛みであった。
*
まわりにあるのは暗黒だった。
懐かしく、生暖かい暗黒だった。
暗黒は、激しく鳴動していた。
大きな地鳴りとともに暗黒に裂け目が入り、冷たい光が沙都の全身を射た。
沙都は泣いた。
悲しいのではない。嬉しくてたまらないのだ。
「生まれたか」
泣き声を聞きつけ、男が座敷に入ってきた。
男は、赤ん坊を見るなり、顔をしかめた。
「うわっ、なんという醜い赤子だ」
男は泣いている赤ん坊を抱き上げ、悲嘆の声を上げた。
「いくら、草鞋は顔で作るもんじゃねえといったって、この顔じゃ、どっちが草履か分かりゃしねえ。それに、草鞋を買う前に、客がみんな逃げてってしまう。天神さまも因果な子をくだすったものだ」
赤ん坊を生み落としたばかりの女がいった。
「そんなことをいうもんではないよ。この子の目をごらん。優しそうな目をしているじゃないか。この子はきっと、心の優しい子になるんだよ」
男は首を振った。
「いくら心が優しいといったって、顔がこんなでは、この子は一生苦労するなあ。もう二度とこんな子が生まれないよう、この子の名は『絶え』にしよう」
たえと名付けられたその醜い赤ん坊は、ひときわ大きな声で泣いた。
それはまるで、あふれ出る歓びに、身をよじっているかのようであった。




