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未結5


未結5


夕暮れ時、部屋のインターホンが鳴る。モニターには、本多の姿が映っていた。

「いま開けるね」

美月は通話ボタンを押して声をかけると、玄関の鍵を外してドアを開けた。

外の風で乱れた髪を手ぐしで整えながら、本多が入ってくる。片手にはビニール袋。

靴を脱いで部屋に上がると、その袋を美月に差し出した。

「頼まれてたやつ。グリのおやつ」

「あ〜ありがとう。なんか飲――」

「ビール」

「早い。聞き終わってない。っていうか買ってない」

「んじゃコーヒー」

「はいよ」

本多はそのまま台所を抜け、リビングへ向かう。すれ違いざまに残る匂いに、美月の鼻がわずかに反応した。

美月は電気ケトルに水を入れてスイッチを押し、ドリップコーヒーの準備をする。お湯を少しずつ注ぐと、コーヒー豆がふわりと膨らむ。溢れないように様子を見ながら、数回に分けて丁寧にドリップした。

マグカップが満たされると、フィルターを捨て、リビングのテーブルへ運ぶ。

「置いとくね」

背中越しに声をかけると、本多は少し振り返り、

「ありがと」

とだけ返した。

本多は釣り竿のおもちゃでグリをあやしている。最初は無関心だったグリも、次第に目で追い始め、やがて夢中で追いかけるようになった。


美月は袋から【カリカリだにゃ】を取り出す。パッケージの裏には試供品が付いていた。ウェットタイプの餌だ。

猫は同じ味が続くと飽きる。だが、気に入らなければ一切食べない。試供品は、その見極めにちょうどいい。

あとで出してみようと台所に置く。


ビニール袋を片付けようとしたとき、中に残っていた紙切れに気づいた。レシートだった。

何気なく金額を見る。

「え?安いじゃん」

いつも買っている店より数百円安い。消費が多いだけに、その差は大きい。

さらに何気なく店名を見る。


そこで、美月の動きが止まった。


購入したのは午前中。朝が弱い本多には不自然な時間。しかも場所は、本多の家からは遠い。

というより、美月がよく知る人物の最寄駅。


確固たる証拠はなかった。

浮気相手に送るメッセージを美月に間違って送ったわけではない。浮気相手と一緒にいるところを目撃したわけではない。

決定的な証拠があったわけではなかったが…。



美月はキレた。



「ちょっと!」

突然の声に、本多はビクッと振り返る。そこには、レシートを握りしめ、怒りのオーラを纏う美月が立っていた。

「なんでこの時間に詩織の家の近くのドラッグストアで買い物してんのよ!」

「え…!?なに?」

「本多くんがわざわざここまで買い物に行くわけないじゃん!この時間に一人で起きれないくせに!」

「いや…でも…」

「でもじゃない!バレバレなの!」

レシートが投げつけられる。

「最近匂いが違うの!シャワー浴びれば消えると思った!?アウターに残ってんの!詩織の香水!」

「いや…え?まじで?」

美月は台所から大股で一気に距離を詰めた。

「隠す気ないの!?それともバカなの!?」

美月の両手がグーとなり何度も殴打する。

「痛い!痛い!痛い!ちょっと待って」

「せめてもう少しバレないような努力しなさいよ!その雑さが余計ムカつくの!!」

殴打の手数はさらに増えていく。 

「わーたーしーの親友とー!」

右手を振り上げ、渾身の一撃を体重を乗せてくり出す。

「浮気すんなー!!」

命の危険を感じた本多は、咄嗟にクッションでオーバーハンドパンチを受け止め、そのまま立ち上がり、スマホを掴んで玄関へ走る。しかし足がもつれ、最後は這うようにして進んだ。

「逃げるな!卑怯者!」

掴んだクッションを投げつけるも、本多ではなく冷蔵庫に当たって落ちる。

本多はスニーカーに足をねじ込み、かかとを踏んだままドアを開けて飛び出した。


静寂。


「ハァハァ…」

乱れた呼吸を整える。


数秒後。

「ブーン」

玄関から振動音。

本多のスマホだった。

やがてドアがゆっくり開く。外から、そっと手が伸びてくる。

美月は呆然とその様子を見ていた。

スマホを掴んだ瞬間、二人は目が合う。

本多は気まずそうに一礼し、静かにドアを閉めた。


再び、静寂。


「あーーーーーー!!」

抑えきれない感情が、美月の中で爆発した。



シャワーを浴び、パジャマに着替えた詩織は、タオルで髪を巻いたまま鏡の前に座っていた。スキンケアを終えたところで、スマホが震える。

本多からのLINE。

開くと、三文字だけ。

「バレた」

詩織の目が見開く。スマホを置き、手で顔を覆い、天井を見上げた。

「あーーーーーー…」




美月はテーブルに突っ伏し、涙目でグリを見ていた。グリは右手でおもちゃを突いては、その手でおでこを擦るという動きをしている。


「グリー…ママ悲しいよ〜」


声をかけると、グリは一瞬だけこちらを見る。だがすぐに興味を失い、またおもちゃを突いておでこを擦る。

「なんだよ〜無視すんなよ〜」

無視をしてるわけではなく、言葉が通じないだけの猫を相手に美月は口を尖らせた。

「グリって右利きなのかな。あの仕草よくするよなぁ」

どん底の精神状態ではあったが、グリのことを冷静に観察していた。


スマホが鳴る。

詩織からのLINEだった。


「ごめんなさい。許してもらえるとは思っていないけど謝ります。説明させてもらえるなら、きちんと説明します」

美月は起き上がり、体育座りでそれを読むが、何も返さず画面を閉じた。


状況証拠であったが、容疑者を追及した結果、共犯者の自白によって容疑は確定した。


「最初に連絡するのが詩織なんだ…。あのバカ」


美月はティッシュに手を伸ばし、一枚取って目を拭いた。そのティッシュで鼻を拭くと、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。


グリはいつのまにか美月の布団の上で丸まっていた。




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