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承8


承8


「そろそろ病院、行かなきゃね」

グリの皿にご飯を入れ、目の前に差し出しながら美月は話しかけた。ゴロゴロと喉を鳴らしながら近づいたグリは、皿が床に置かれた瞬間、ためらいもなく食べ始める。

美月に話しかけられたことに気づいたのか、たまたまなのか、グリはもぐもぐと口を動かしながら一瞬だけ美月を見上げ、すぐにまた皿に顔を戻した。


人間と同じように、猫にも好き嫌いがある――それを美月は知った。

グリママとして健康を気遣い、栄養価が高くネットの口コミも上々なご飯を買ってみたが、グリの口には合わなかったらしい。一口だけ食べて、すぐやめてしまう。せっかく買ったので後日、いつものご飯に少し混ぜてみたが、それもすぐに見抜かれた。

口に合わないご飯が混ざっていると、グリは食べるのをやめ、さらにはトイレの猫砂をかけるような仕草で不満を示す。

「え〜、もったいないから食べなよ〜」理解してもらえないとわかっていても、美月は話しかけ、仕方なく混ざり物のないご飯を新しく用意した。


逆に、お気に入りのおやつも見つけた。

ある日、たまたまつけていたテレビを、グリが珍しくじっと見つめていた。画面には、猫用おやつ「カリカリだにゃ」のCMが流れている。

その姿が妙に印象に残った美月は、後日ドラッグストアで買い物をするとき、試しにその「カリカリだにゃ」を買ってみた。

「また足蹴りされたらどうしよ……」

そんな不安を抱きつつ、お皿におやつを入れ、恐る恐るグリの目の前に置く。いつものご飯より一粒一粒が大きく、まるでクッキーのようだ。

グリは顔を近づけ、においを嗅ぎ、一粒を口にする。少し顔を上げ、右斜め上を見ながらもぐもぐと咀嚼。そして、もう一粒、もう一粒。その勢いは増していく。気に入ったのだ。今までにないほど集中して食べているのが分かる。

「えー、グリ、それ美味しいの? いっぱい食べるね。良かったね」

我が子のお気に入りを見つけて、美月は自分のこと以上に嬉しくなった。


病院へ連れて行く日。グリの前にキャリアを準備すると、グリはピタリと動きを止めた。

キャリアは円柱を横にしたような形で、正面と上部に扉がある。猫にとってはどちらも出入口になるが、キャリアの登場にグリはすぐ察した。

――こいつ、どっかに連れてかれるやつだ。


ピリピリと空気が張りつめる。低い姿勢でキャリアを睨みつけるその姿は、まるで抜刀寸前の武士。

美月が両脇を持って抱き上げようとした瞬間、グリは軽く飛び上がり、鋭い牙を光らせて手に噛みつこうとした。

「あ〜怖い。ママの手を噛んじゃダメでしょ?」

普段は甘やかす美月も、この時ばかりは噛み癖がつかないように注意する。とはいえ、このままではキャリアに入れられそうもない。北原どうぶつ病院の予約時間も迫っていた。

「う〜ん……」

悩んだ末、美月は“最終兵器”を手に取った。グリの大好物、「カリカリだにゃ」。

キャリアのいちばん奥と、入り口の前に一粒ずつ置き、静かに見守る。

すると、グリは迷うことなく、一粒、また一粒と食べながら、あっさりとキャリアの中へ吸い込まれていった。奥で満足そうに大好物を頬張るその姿に、美月は思わず呟く。

「こいつ、ちょろい……」

安易な罠に簡単に引っかかる愛猫に驚きつつ、素早く扉を閉める。その甲斐あって、美月は予約の五分前には病院に到着したのだった。


「カリカリだにゃ……恐るべし」


それ以来、自宅の在庫量に関係なく、美月はドラッグストアで「カリカリだにゃ」が安売りされているのを見かけるたび、つい手に取ってしまうのだった。


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