中
「蒼くん、知ってたんだね」
美雪と会った次の日、いつものように大学の食堂でランチを食べながら私は蒼くんにそう言った。美雪の婚約のことを蒼くんに話すべきか、話すとしたらどうやって切り出せばいいのか迷っていた私に、蒼くんの方から「昨日種村さんに会ったんでしょ? 聞いた? 誕生日の話」と聞いてきたのだ。
「俺は悠斗が指輪を買いに行くのに付き合わされたから。ずっと前から、種村さんの誕生日にプロポーズするって知ってたよ」
この人はいつも通り、少しだけ口角を横に広げて目を細めて微笑む。優しくて穏やかで、どこか寂しげに見える微笑み。破顔して笑っているところは、ほとんど見たことがない。
「そうだったんだ」
親友同盟も6年目。私と蒼くんと堀くんは、高校卒業後に同じ大学に進学した。そうしようって決めていたわけじゃないけど、偶然同じ大学になったのだ。私と堀くんは経済学部、蒼くんは法学部と、学部は違ったけど。
そして今はもう、大学4年生の秋。堀くんは先に社会人になった美雪と早く結婚したくてたまらなくて、4年間みっちりバイトをして結婚資金を貯めていた。友達から長期休暇に海外旅行に行こうと誘われても「海外旅行は美雪との新婚旅行で行くって決めてるんだ」と言ってあっさりと断る堀くんは、彼女にものすごくぞっこんな人として学部内でも有名だった。
「さゆみ、またウサギの目」
蒼くんはそう言って優しい笑みを浮かべる。
「松下くん」「常盤さん」だった私たちは、いつの間にか互いを「蒼くん」「さゆみ」と呼ぶようになった。それもそうか、高校生の時から何だかんだとずーっと一緒にいるから、本当にいつの間にか。
ウサギの目っていうのは、私が切ない顔をしたときにいつも蒼くんに言われること。さびしい目をした私は蒼くんが昔飼っていたウサギに似ているんだって。
「蒼くんこそ、切ない顔しちゃって」
親友同盟はこうしてずっと穏やかに、そして切なく続いてきた。
でも、知ってる? 蒼くん。
私のウサギの目は、6年前とは全然違っているってことを。
私の切なさの原因は、6年前とはすっかり変わってしまったことを。
蒼くんはきっと知らない。
私はとうに堀くんのことを好きじゃなくて、蒼くんを好きだってこと。
「婚約おめでとう!」
2週間後、私と蒼くん主催で、高校時代に仲の良かったメンバーで集まって婚約お祝いパーティーを開いた。
「ねえ、悠斗。言ってもいいかな?バラしちゃっても、いいかなぁ?」
甘えるような美雪の口調。
「もういいんじゃない? 時効だろ。笑い話だしな。」
「私たちのなれ初め、聞きたい人―っ!」
――なれ初め? なにそれ。私、聞いたことないかも。
「実は、私と悠斗は始め、戦友だったんです!」
――戦友?
「高校に入学したばっかりの頃ね、私は実は学年一の美男子と名高かった松下蒼くんに憧れていましたー!」
――え?
「そしてそして、何と…!悠斗は、わが親友、学年一の美女、常盤さゆみに憧れておりましたー!」
――え? え?
「松下くんと仲の良かった悠斗に私が声を掛け、協力を仰いだところ、悠斗が私の親友のさゆみを好きだってことがわかって、私たちは密約を交わしました。お互いの恋に協力するってね。それで、私と悠斗は頻繁にさゆみと松下くんを巻き込んで4人で行動するようになったのです!」
それって……
まるで私と蒼くんみたいな……
え? どういうこと?
頭が混乱してよくわからなくなってきた。
最初は、すべてうまくいくはずだったってこと?
どの線も、一方通行じゃなく、ちゃんと矢印が向き合ってたってこと?
「そんでまぁ、よくあるやつだけど、協力し合ってるうちにラブが芽生えちゃう、みたいな? 気が付いたら私は悠斗が好きになってて、悠斗も私を好きになってくれてた。というわけです! えへへ。初めてばらしちゃった! 松下くんもさゆみも、知らなかったでしょう?」
知らなかった。
私は蒼くんをみる。
上手くいってたかもしれない私たちの恋路。
どこかでそれが崩れたんだね。
タイミング? そんなものなの? 恋って。
私はもう堀くんを好きじゃないから、その暴露話はどこか遠い切なさを呼び起こすだけだった。でも、蒼くんの切なげな目を見ていたら耐えられないほどの苦みがこみあげてくる。表情の変化が少ない蒼くんだけど、ずっと見てきた私にはわかる。
この話、蒼くんにとってどれだけ残酷なものなんだろう。
もしかしたら、うまくいってたかもしれない恋。
どこをどう間違ったんだろう。
そう思わずにはいられないだろうね。
蒼くん。
変なの。
堀くんと美雪の間には恋が芽生えたけど、私と蒼くんの間には芽生えなかったよ。
ううん違う、私には芽生えたけど、蒼くんには芽生えなかった。
つまり、蒼くんだけは、変わることなくずっと一つの思いを抱えてる。
それはきっと、誰よりも強い思い。
最初っから最後まで、蒼くんのこの恋は切なさとほろ苦さにまみれたままで終わってしまうのだろうか。
たまらない。
美雪と堀くんの幸せを願ってるし、蒼くんにも幸せになって欲しいし、私も幸せになりたい。全部の願いがいっぺんに叶う方法なんて、存在しないのだ。どれかを叶えようとすれば、どれかを犠牲にしないといけない。
「親友同盟、もう、解散しないか」
婚約お祝いパーティーからの帰り道、家まで送ってくれる道すがら、蒼くんがぽつりとそう言った。
私は頭が真っ白になった。
それは、私の一番最初の願いを犠牲にするということ。
蒼くん、美雪に告白するつもり?
うまくいくだろうか。
蒼くんのいいところは山ほど知ってる。美雪だって知ってるだろう。
うまくいく可能性だって、ゼロじゃない。
美雪と堀君は今や婚約者。可能性は低いけど、それでも…それでも、蒼くんは親友同盟を解消して、美雪を手に入れたいんだね。
上手くいったら美雪と堀くんはどうなってしまうの?
そして、私はどうなってしまうんだろう。
どうしてこうもうまくいかないんだろう。
私の願いが全部叶う方法なんて、どこにもないのだ。
私は何も答えなかった。
蒼くんは何か言いたげだったけど、私は俯いたまま黙っていた。
それ以上は聞きたくなかった。
泣いてしまいそうだった。
親友同盟がなければ、蒼くんとは何の接点もないのだ。学部も違う、サークルも違う、就職先だっててんでバラバラ。
あの広いキャンパスで、あのたくさんの人並みに埋もれたら、偶然出会うことはほとんどない。
もう会うこともないだろう。