第47話 さすが妹
ふわっといい香りがします。
念のために鑑定魔法にかけますが、ここまでちゃんと大丈夫なようですね。この世界には防腐剤とか酸化防止剤とかありませんから。
ミルクって腐りやすいですし、冷蔵しているとはいっても心配だったんです。
「うわぁ、お姉様。これってなんなのですか?」
ルーチェが気にしてくれていますね。
「見た目はビスケットのようですけれど、においが今までに嗅いだことのないものです」
箱の中をじっと眺めていますね。
イリスに頼んで、箱の中身をお皿に移してもらいます。
さすがイリス、きれいに並べてくれました。
「よく見ると、一枚じゃなくて二枚が重なっています。何か間に挟まっていますね」
ルーチェはさすがに気が付いていますね。
「あえてここでは何も言いませんよ。食べてみて下さい」
「分かりました。それではいただきます、お姉様」
ルーチェは私が持ってきたお菓子に手を伸ばし、おそるおそる口に運んでいいきます。
私が作ったものとはいいましても、初めて見るものが怖いのは誰しも通る道です。
私も、息を飲んでルーチェが食べる姿を見つめます。
ビスケットですとサクッという音がしがちなのですが、これはしっとりとしているのでそのような音がしませんでしたね。
口に入れたルーチェが驚いています。
「なんだか濃厚な味のようですね。中に入っている白いものもあまり感じたことのない口当たりですね」
なんだか食レポみたいになっていますね。さすがは私の妹です。
「ミルクから乳脂肪分を分離させて作った、クリームとバターというものを使っています。バターは生地に練り込んで、クリームは角が立つまでかき混ぜたものを使っています」
「そうなのですね。ミルクからそのようなものが作れるなんて……」
ルーチェが食べたバターサンドの断面をじっと見つめています。
「ただ、ミルクを使っているので傷みやすいのが難点です。今は公爵領にある家で作って持ってきましたので、傷みが心配だったのですよ」
「そうなのですね。それでも自信を持って勧めたということは、鑑定魔法を使いましたね、お姉様」
ルーチェが確認をしてくるので、私はこくりと頷いておきます。
「はい。なるべく傷まないように、この箱もわざわざ作ってそこに入れてきましたからね」
「そういえば、なんなのです、その箱は」
残っている半分を口に入れて食べたルーチェが、改めて私の持ってきた妙な箱を見つめています。
公爵令嬢が持つには質素な箱ですからね。それは奇異の目で見てしまうでしょう。
「これは試作品ですので、私が土魔法で作りました。しっかりと圧縮してあるので、強度は問題ありません」
「見せて頂いても?」
「構いませんよ」
ルーチェが興味を持ったので、私は箱を手渡します。
箱を手に取ったルーチェは、まじまじとその全体を見ています。さすがは私の妹といったところですね。
「なるほど、全体としてはただの箱ですね。秘密はこのふたの裏にある石ですね」
すぐに気が付いてしまいましたね。でも、私は黙ってルーチェの話を聞きます。
「ここに手を近付けると、ひんやりとした感じを受けます。ここから冷たい魔力が出ていて、箱の中を冷やすのですね。かなり冷たいですので、例えるなら冬の冷え込みといったところでしょうか」
「まったく、全部分かってしまうとは、さすがルーチェですね。首席合格するだけのことはあります」
「えへへ」
私が褒めると、照れくさそうに頭を擦っています。まったく、こういうところはまだ幼い感じがあるんですから。
「保冷箱といいます。これによって、このクリームバターサンドの鮮度を保ったままここまで持ってきたのです」
「へえ、さすがお姉様。発想が違いますね」
ルーチェは感心しながら、もう一枚を口に放り込んでいます。その表情は幸せそうですね。
「本当はアマリス様にもお届けしたいのですが、殿下と会うことになれば気まずいと思いますので、明日にはもう帰ろうかと思います」
「それは残念ですわ、お姉様。アマリス様もお会いすればお喜びになるでしょうし……」
「来て下さるかは難しいと思いますよ。王族ですから」
ルーチェの疑問に、私はそう答えました。
いくら公爵家とはいえ、王族を急に呼び出すのは難しいと思います。そもそも城の中に入れるかどうかが問題ですし。
「いいえ、いけません。お姉様が戻られたのですから、アマリス様ならきっと飛んできます」
ルーチェは立ち上がって、すぐさま自分の侍女を呼んで急いで手紙を認めます。
侍女に持たせると、すぐに城に向かわせたようです。
「まだ夕方にもなっていませんわ。きっとすぐに来られると思います」
ルーチェはすごい自信で言い切っています。
そんなわけで、私は手紙の反応を確かめるために、ルーチェとしばらくお茶を楽しんだのです。
「レイチェルお姉様が戻られたって本当ですか!」
しばらくすると、そんな声が響き渡ります。
勢いよく扉が開くと、そこには何とアマリス様が立っていました。
ルーチェの言った通り、本当に飛んできましたよ、この王女様……。
あまりの衝撃に、私はつい目を丸くして固まってしまいました。