ただの試し飲み
やっと挨拶地獄も終わるのに、エンゲさんの席には長蛇の列が。全員、挨拶のために並んでいるようだ。私たちも列に加わるが、なかなか進まず、さすがのベイルくんも心が折れてきたみたいだ。
「ちょっと休みたいですねぇ」
「うん。もう挨拶は良いんじゃない? 早く美味しいもの食べてさ、ゆっくりしようよ。お風呂も入りたいなぁ。凄い広いやつ。露天風呂もいいなぁ。そうだ、今日は一緒にお風呂入るって約束だったよね」
「す、スイさん。そんなに大きい声でその話しは……!!」
「なんでダメなの??」
「……」
顔を赤くして黙り込むベイルくん。
「どったの?」
「そ、その件ですけど、このホテルの最上階にある、露天風呂付きの部屋を予約してあるます」
「え、ほんと??」
「はい、スイートも予約です」
「す、スイート!! じゃあ、疲れた体を馬車で揺らしてまで帰る必要ないんだ!」
「そうです! ですから、大きい声はやめてください!!」
「わーい! ベイルくん、大好き!!」
「お願いですから、静かに……!!」
「はーいっ!」
都会の高級ホテルのスイートルーム、しかも露天風呂付きと聞いたら、少しは元気が出た。とっとと爺さんに挨拶して、美味しいもの食べて、お風呂に入ろうじゃない!
「ベイル、お疲れ様」
「あ、リリア。ライムも」
なかなか列が進まず、私もベイルくんも心が折れ始めたところで、リリアちゃんとライムちゃんが現れた。二人も白のドレスに着飾り、本当に妖精の姉妹みたいだ。でも、リリアちゃんの私を見る目は妖精と言うよりは……。
「スイさんも、どうも」
「こんばんはー」
そっけない挨拶に笑顔を返す私。こういうときでも、ちゃんと愛想笑いができるのさ、大人だからね。
「ライムちゃんもこんばんはー」
「こんばんはです」
隣のライムちゃんは表情乏しく頭を下げる。ベイルくんは二人の登場でリラックスした表情を見せたが、決まり悪そうにリリアちゃんに聞いた。
「あれから、体調は大丈夫?」
「うん、万全だよ。迷惑かけたよね、ごめんね」
「あれは……僕が悪かったんだから」
ちょっと嫌な空気が流れそうになったが、リリアちゃんが笑顔で取り繕う。
「それより、顔が疲れているよ。はい、これ」
リリアちゃんがジュースの入ったグラスを差し出す。そういえば、ずっと何も飲んでない。私も喉乾いたよぉ。
「ありがとう」
ベイルくんはグラスを受け取り、半分ほど飲んだところで、私の乾いた視線に気付く。しかし、リリアちゃんが持ってきてくれたグラスは一つだけ。
「あ、あの……スイさん、飲みかけですけど、これ――」
ベイルくんが躊躇いつつも、グラスを私の方に寄せたのだが……。
「あれ?」
ベイルくんの手からグラスが消えた。いや、横からリリアちゃんが奪い取ったのだ。
「あっ……」
リリアちゃん自身、あまりに咄嗟だったのか、自分の行動に驚いているようだ。さらに、私とベイルくんの視線が同時に、次に彼女がどんな行動を取るのか、目を見張っているせいで、追い詰められたのか、顔が赤く変色していく。
「リリアちゃん、良かったらそのジュース……」
恵んでくれないかい?と、言いかけたそのとき――。
「ぐっ!!」
リリアちゃんはベイルくんの飲みかけのジュースを飲み干してしまった。
「ああ……!!」
やっと喉が潤う、と期待していただけに、リリアちゃんの行動はショッキングだった。
「あ、飲みたかったですか??」
リリアちゃんは顔を赤らめながらも満足げな表情で私に言った。
「ごめんなさい。私、このジュースがどんな味なのか気になっていたので、つい飲み干してしまいました。見苦しい姿を見せてしまい、申し訳なかったです。あ、スイさんの分も持ってくるので、待っててくださいね」
リリアちゃんはくるっと背を向けるが、それに付き従うライムちゃんが、純真な目で尋ねるのだった。
「姉さま。そのジュース、ついさっき試し飲みしたばかりでは?」
「――っっ!!」
リリアちゃん、私の分のジュース……こぼさないようにお願いね。
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