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あの日のこと

「兄さんじゃなくて、ごめんね」


助けに来てくれたフレイルくんは、笑顔を見せるが、それはどこか翳りがあった。いや、あるように見えた、だけかもしれない。


だけど、直前の出来事を考えると、ベイルくんとフレイルくんを間違えることは、非常にデリケートな何かを刺激した気がした。


「あああ、えーーーっと、ごめんね、声がちょっと似てたから!!」


何度もペコペコと頭を下げる私だが、勢いあまって鉄格子に額を打つ。そして、それがとどめの一撃となり、私は倒れ込んだ。


「す、スイさん!?」


「お、お腹が減って……動けないよ」


「お、おう! すぐ食べさせてあげるから待ってて!!」


フレイルくんが鍵を開けてくれると、彼の部下らしい大人が私を担架に乗せ、外に運び出してくれた。そして、馬車に乗せてもらい、水と食料まで出してもらえたので、私は泣きながらそれらを口の中に放り込むのだった。


「美味しい……。私、生きている。生きているよーーー!」


「喉に詰まらせないでね」


苦笑いを浮かべるフレイルくん。少し腹の中にものが入ったところで、私は重要なことを思い出す。


「そうだ、レックスさんは?? 無事だよね?? リリアちゃんも倒れちゃったけど、大丈夫だった? あのあとデモンはどうなったの? フレイルくんもベイルくんも怪我しなかった??」


「お、落ち着いてよ、スイさん。一個ずつ話すからさ」


詰め寄る私に手の平を上下に動かすジェスチャーで宥めようとするフレイルくん。


「まず、レックスは無事だよ。昨日、目を覚ましたところ。あの日から、三日目だな。まだ動けそうにはないけど、命に別状はない」


よかった、と一息を吐く私。


「でも、リリアは……あまり良くない」


「え?」


フレイルくんの目に、暗い感情が渦巻いているようだった。


「意識がない、わけじゃないけど……高熱を出して、ずっとうなされているよ。回復には、まだ時間はかかりそうだ」


「それって、しばらく寝ていれば大丈夫、なんだよね」


フレイルくんは頷く。


「そっか……」


とりあえずは、良かったのかな。でも、フレイルくんからすると心配でたまらないよね。ううん。それだけじゃなくて、もっと複雑な気持ちで、もどかしいのかもしれない。


「じゃあ、デモンは? 霧は無事に除去できたの?」


これには、フレイルくんは首を横に振る。


えええ!?

王都にはきっと強いフォグ・スイーパがたくさんいるはずなのに、除去できないってどういうこと??


私の疑問にフレイルくんは答えてくれる。


「正確なことは分からないけれど、めちゃくちゃ強いデモンが呪木を守っているらしいんだ。たぶん、俺が先頭に戦えば大したことはないだろうけど、今は出られないし……」


「王様は? 王様も強いドラクラなんだよね?」


「父上は大臣たちに自重するよう言われている。たぶん、将軍の息がかかった派閥のやつらなんだろうな。それに、父上もクラリス妃のことがあるから、他の聖女と同調することに、後ろめたさを感じるんだと思う」


クラリス妃?

誰のことだろう。


……あ、もしかして、ベイルくんのお母さんとか?


「でもさ、国の一大事なんだし、そんなこと言ってられなくない?」


「大臣たちにとっては、黒霧の発生はあくまで王都の隅で起こっている些細な問題なんだよ。今も家に帰れず不安な気持ちになっている人がいるし、ダメになる畑もたくさんある。

それに、何年か後、今回の霧が影響で食糧不足や不景気につながるかもしれない。霧は今も徐々に広がっているのに、余裕だと思っているんだ」


「何それ、許せない!!」


「あはははっ、大臣たちのやることを見て、スイさんみたいに純粋に怒れる人は、もう王都にいないかもしれないな……」


……フレイルくん、無意識だろうけれど、それは田舎者をディスってるよ。まぁ、別にいいけどね。


「あっ、将軍で思い出した! 私を誘拐したのって、やっぱり将軍なの? ベイルくんがドラクラになると困るから?」


「証拠はないけど、十中八九そうだろうね」


ますます許せねぇぜ、あの髭野郎!


絶対にぎゃふんって言わせてやる!


リアルにぎゃふんって言わせてやるからなぁ……!!


「じゃあ、どうしてフレイルくんは私のいる場所が分かったの?」


フレイルくんは、なぜか苦々しさを隠すような、そんな微笑みを浮かべた。


「ちょっとタレコミがあって。助けに行けそうなのは俺くらいだったから、駆け付けただけだよ」


助けに行けそうなのは、フレイルくんだけ?

じゃあ……。


「ベイルくんは……?」


聞きにくいことだけど、聞かずにはいられない。フレイルくんは眉を八の字に曲げて、小さい溜め息を吐いた。


「ビーンズ将軍の屋敷だよ。あの日から、リリアの傍から離れないんだ」

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