兎と龍の邂逅譚 11
「すすす、すごいんだナっ!」
背高のっぽの毛むくじゃら、アンシェク・アウパーカが興奮しながら言った。
「見たんだナ見たんだナ、ジョヴィ! 今の動き、見たんだナ~⁉」
その勢いのまま隣に立つ小柄なずんぐりむっくり、ジョヴィエル・ハウリンマメットの肩をがくがくと揺する。
「ふん……ああ、見たさ」
何故かこちらは機嫌が悪そうだった。
愛くるしい円らな瞳を矢じりのように尖らせている(でもかわいい)。
「……まったく、それ見たことか。調律士たる者、最新の機体に触れるならその仕様を抑えるのは当然だ……自分の才能を過信してるからこういうことになるのだ……まったく……まったくアイツは……」
そんな風にブツブツとごちるジョヴィエルだが、アンシェクはそれに気づかずべしべしと肩を叩く。
「いや~すごいんだナ、すごいんだナ! <鉄傀儡>のままで、しかもあの重い保護具をつけてて、よくあんな動きができるんだナ~! 感心しちゃうんだナ~!」
「……見てる分には "速い" というより一つ一つの行動に無駄がない、という感じだな。だから結果として速く動いているように見える」
「そうそう、まさしくそんな感じなんだナ~! なんだかまるで、おいらのじいちゃんを見てるみたいなんだナ~!」
「ああ、言われてみれば確かに似てるかもな」
「いや~、すっごいんだナ、クリーヴ~! これならもしかしたら、マーシャンに勝っちゃうんじゃないかナ~⁉ ジョヴィはどう思うんだナ~⁉」
「………。………………。………………………。」
ジョヴィエルはしばし考え込み、二機の様子を観察する。
そして結論を出した。
「アーシェ、おそらくそれは無理だよ」
――一際激しい衝突音。
<泥岩>と<鉄傀儡>、互いの霊石砲がぶつかり、火花を散らした。
それが合図だったかのように後方へ跳び、距離を取る二機。
マーシャンの使役する<泥岩>が、暗褐色の肩をわなわなと震わせた。
「言うに事欠いて "この間の借りは返した" だとぉ……⁉ 舐めた真似しやがって……!」
最初の一撃のことである。
クリーヴは彼の背後を取りながら、何もしなかった。
マーシャンにとってそれは屈辱以外の何物でもない。
「先日は俺の醜態でスピットに恥をかかせてしまったからな。まずはその汚名を返上しただけだ……それにな」
「なんだ⁉」
「この模擬戦、俺とスピットの査定とやらが行われているらしい。だから、俺たちは力を示さねばならんのだ……マーシャン、本気のお前を相手にな」
「ふざけるなっ!」
<泥岩>が棘棍棒状の大型霊石砲を振りかぶった!
そのまま猪の如く突撃してくる。まるで怒りに我を忘れたかのような直線的な動きだ――と思いきや、。
「むっ」
突如マーシャン機は横に跳ぶ。そして振りかざした霊石砲を大地に突き刺した。
直後、棘棍棒の弾倉部が強く黄色に発光。<泥岩>の前に巨大な黒土の壁が出現する。
(視界を塞ぐのが目的か……?)
その間、クリーヴも動き続けていた。跳躍で土壁を迂回し、裏に隠れるマーシャン機を探す。
刹那、
(二発目……⁉)
黒土の向こうから再度の発光が垣間見える。
瞬く間もなく、土壁から "拳" が勢いよく飛び出した。
拳。ただし、とてつもなく巨大な、である。
霊機兵の尺度から見ても常軌を逸した大きさだ。握りしめた手が開くなら、きっと人形の如く容易にこちらの腰を掴めるに違いない。
間一髪でクリーヴはそれを避ける。と同時に、
(……そこか)
視界の端で<泥岩>を発見。直ちに<鉄傀儡>の棍棒状の霊石砲を発動した。
板金で覆われた弾倉部から黄光が漏れ出る。
黄光。物質の生成・錬成を司る黄属性霊術。
棍棒の先端から鉄針が出現した。だがそれは長くはない。大きくもない。せいぜい<鉄傀儡>の腕か足一本程度に範囲が伸びたに過ぎない。
当然だろう。未調律の霊機兵故に、霊石砲の威力が低下している。さらには弱化した演習弾という枷もあった。
それでもクリーヴは棍棒先端から延長した鉄針部で<泥岩>に刺突をしかける。
しかし、
「くっ」
新たに現れた黒土の壁で防がれた。鉄針が絡め取られるように土に埋まり、<泥岩>に達するのなど夢のまた夢。
クリーヴは即座に鉄針部を分離し、距離を取る。
「へっへっへ……怒りで我を忘れた、なんて小細工は通用しねえか」
土壁から<泥岩>が霊石砲を肩に担ぎ現れた。
その声色はどこかおどけつつも、機体から放たれる空気は真剣そのもの。
「やっぱりお前はやる奴だったみてえだなぁ、クリーヴぅ……俺の目は間違っちゃいなかった」
「変幻自在の土の壁……それがお前の本気、ということか」
「おうよ……! その名も――」
「"黒土の籠手"」
防護壁上の通路で観戦していたジョヴィエルが呟いた。
「攻防一体の土の壁、ジャアトグリール家の得意技だな。演習弾で弱化してるとはいえ、あれを破るのは難しい……相手も同じ演習弾を使うのだからな。ましてや――」
「ま、ましてや~?」
「ましてやクリーヴの機体は調律が済んでない……おそらく、使役補助霊石の除去で精一杯だったんだろう。あれでは霊石砲の威力は良くて四半分、"黒土の籠手" を切り崩すのは至難の業だ。せいぜい時間切れで引き分けがいいとこだろう」
「そっか~……」
アンシェクはがっくりと項垂れる。
この模擬戦、見ている内になんとなく彼はクリーヴの方に気持ちが寄っていたのだ。
「せめて霊子回路周りの調律が半分でも済んでいれば話は別だっただろうがな……あれだけの体術・霊術の鋭さだ。何か手はあったかもしれん」
「残念なんだナ~……」
面を上げるアンシェク。
その時、彼の半開きの眠そうな瞳が、少し離れた場所にいたスピットを偶然捉える。
(あれれ~……?)
不思議だった。
スピットは、血を滾らせクリーヴを応援するのでもなく、さりとてジョヴィエルのような結論を導き悲観に暮れるのでもなく……ただ固唾を飲んで成り行きを見守っている。
あたかもそれは、過ぎ去りし日の約束に思いを馳せるような眼差しだった――。
一方その頃、
(この黒土……)
クリーヴは戦闘の最中、冷静に状況を読み解いていた。
(<鉄傀儡>の霊石砲では到底太刀打ちできんな……)
彼の下した結論はジョヴィエルのそれとほぼ同じである。
なるほど、<泥岩>は中々に調律されていた。霊子回路の同期が取れているのは言わずもがな、調律思想がマーシャンの戦闘様式とよく噛み合っている。
<泥岩>は速さを切り捨て、その分を攻めと守りに回したような霊機兵だ。
特に守り。あの黒土の壁。あれは厄介である。一見しただけではわからなかったが、先ほどの刺突でおおよその性質が掴めた。おそらくあの黒土は錬成の際に密度か何かをいじり、粘度や硬度に厚さ依存性を持たせている。言うなれば何重にも重ねられた性質の異なる緩衝材だ。その受け幅は極めて広い。演習弾を使ってこれなのだ。おそらく通常の霊石ならより巧みに物性を操作し、さらなる頑強性を発揮するのだろう。
<鉄傀儡>の標準兵装、棍棒型の霊石砲ではまず歯が立たない。
(……一つだけ、可能性がある)
今、第二の肉体として使役する<鉄傀儡>が手にした霊石砲……これにはスピットの手が加えられている。
『――できる。今日、お前が霊石砲を使うのを見て確信した。オレの十八番の黄属性霊術と、お前の霊術制御の腕があれば間違いなくいける』
彼が温めていた着想。それが既にこの霊石砲には既に反映されているのだ。
(だが俺はまだこれを試せていない……)
何しろ使役補助霊石の除去が終わり、彼が機体に乗り込んだのは演習を目前とした今朝のこと。
試す時間など到底なかった。
(そもそもこんな仕組みなど聞いたこともない……本当に動作するのだろうか、これは……?)
クリーヴは一抹の疑問を胸に抱く。
だがその心中に、
『てめぇが誰も信じねえのに………………誰がてめぇを信じるかよ、この馬鹿野郎っ‼』
あの言葉が反復した。
(スピット……)
ふとクリーヴは走馬灯のようにこの学院で過ごした三週間を思い起こす。
どうやら自分は他の者たちと色々と違うらしい。
人種、価値観、これまで辿った人生……そういった色々なものだ。
違うのには慣れていた。
物心ついた頃から、自分は違うと言われていた。額に輝く魂石が異なると言われていた。不吉な混じり者だと皆に言われた。
一人には慣れている。
――けれども恩人は言った。
生涯の友を見つけよと。それこそが "幸せ" へと至る道だと。
……わからない。何度考えても自分にはわからない。
どうして恩人がそう言ったのか。そもそも "幸せ" とはなんなのか。
それでも恩人の言葉は信じることにした。
そうするしかなかった。
恩人はもう――この世にはいないのだから。
あの鳩琴を残し、逝ってしまったのだから。
鳩琴――壊れた鳩琴――それを直してくれたスピット。
(俺は……)
……あれからずっと不思議だった。
薄っすらと継ぎ目を残したそれが、一度は壊れてしまったそれが、クリーヴには一層……大事に思えてしかたなかったのだ。
――そして今。
彼はとうとうその答えを見つけ出す。
「お前を信じる……!」
<鉄傀儡>の握る霊石砲、板金で覆われたその弾倉が眩い黄光を発しだした。
「なんだアレは……⁉」
それを見たジョヴィエルが防護壁上で目を見開く。
ただの霊石の発光ではない。
先に<鉄傀儡>が見せたそれより、明らかに数倍は強い光である。
「へへ……来るってかよぉクリーヴぅ……!」
マーシャンが身構えた。
「そうだな、せっかくのこんな面白い勝負だ……時間切れの引き分けなんかで終わっちゃあ、つまらない、よなっ⁉」
またも棘棍棒が光り出す。直後、鯨が海面から飛び上がるが如く、演習場の土が隆起する――
「なにぃ⁉」
突如として<鉄傀儡>が黒土を目掛け駆け出した! 否、それだけでない。その上に飛び乗った!
さらなる跳躍――土壁の隆起と自機の跳躍力が合わさり、<鉄傀儡>は高く、高く――跳び上がった。
その様子を見たジョヴィエルが意図を一部理解する。
「そうか……! 落下の勢いを攻撃に転じるつもりか……⁉ いやしかし、それでもまだ――」
まだ足りない。"黒土の籠手" を打ち破るには、おそらく足りない。
マーシャンも即座にそう判断し、上空から迫り来るクリーヴに対抗すべく、最後の霊石砲を放った。
黒く、大きく、巨大な握り拳――大地を基に錬成し生え出たそれがクリーヴを打ち抜こうとする!
その最中、<鉄傀儡>の霊石砲、弾倉を覆っていた板金が外れた。
「な………………回っている⁉」
全員が目にする。その形。見たこともない異質な構造。
霊石、演習弾が樽状の弾倉に一つずつ装填され、輪を作り――そして今、それらが回っている。
三つの黄光を放ち、渦巻き、回っている!
「いけぇええええ! クリーヴぅううううっ!」
クリーヴを除きこの場でただ一人、その意味を正確に理解するスピットが叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
これこそが彼が入学前から温めていた霊石砲に関する新しい着想。回転式の弾倉。
一度に複数の霊石を消費し、そして解き放つ……三点射!
「な――⁉」
絶句するマーシャン。
それもそのはず。
――伸びる。<鉄傀儡>の手にした霊石砲から、鉄針が伸びる。
先の比でないほど、爆発的に、鋭く、長く、ただ一点を明白に目指し伸びる! 矢のような速さで伸長する!
現れたのは……とてつもなく長く鋭く巨大な鉄針。
それが<鉄傀儡>の落下の速さと合わさり、巨大な土の拳、"黒土の籠手" を貫く!
「……へ、へへへっ」
<鉄傀儡>の着地で一瞬、砂埃が舞った。
背中合わせに立ち尽くす両機。ほんのわずかな沈黙……。
「お前は、やっぱ………………すげぇヤツだなあ、クリーヴぅ!」
芯を貫かれた黒土の拳が自壊を起こし、ボロボロと崩壊した。
と同時に、<泥岩>の保護具から湧き水の如く噴き出す水性塗料。
――勝敗が決した瞬間だった。




