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第1話 エルドラドの令嬢

※こちらは初投稿「エルドラドの銀蝶(更新中)」を改変した全年齢向けのストーリーです。

※内容や展開は異なることがあります。

「だから夜会には行かないって言ってるでしょう!?」

「そろそろ考え直してもらえないと本気で困ります。アレクがあなたに甘いからって俺まで巻き込まないでくださいよ、何枚反省文を書かせれば気が済むんですか」

「知らないわよ! うまいことお父様を言いくるめればいい話じゃないの」

「あのですね、確かに身を隠す時期が必要だったことは認めますよ? でももう魔力は安定しているし、出ても問題ないって話じゃないですか!」


 王領の大通り、五番街の外れ。

 梅雨があがるとすぐに秋が来るのがディーツェの季節感覚だが、その中間となる今の時期は晴れてさえいれば肌寒くもなく快適だ。

 午後だから人が行き交っている。


 こんなところで使用人と言い争うなんてみっともない自覚はある。気持ちのいい秋の昼さがりが台無し。あとシンプルに人目も困る。


 ローザは使用人を路地裏まで引っ張り込むと、その胸に人差し指を突き立てて非難した。


「もうちょっと静かに喋って!」

「いい加減おさめるところに年貢を納めてください!」

「税なら徴収する側よ! 領民からたんまりとね!」

「うまい風なこと言っていないで!」


 ローザは15歳の公爵令嬢だ。

 やんごとなき公爵家の生まれで生粋のお嬢様。

 デブとガリの意地悪な義姉妹はいないし、いびり散らかしてくる継母もいない。むしろ兄達は非常に容姿が優れていて、なんなら重たい程の溺愛さえしてくれる始末(片方が特に)。

 困った存在というと目下はこの使用人。口うるさく怒鳴り散らしてくる、長兄の従僕ロイドだけ。


 ローザがいつまでも返事を寄越さないからといって他の家の貴族に直接せっつかれることもあるらしい哀れなフットマン。

 ロイドは眉を吊り上げた。


「いいから夜会に出てください! ローザ様!」


 突然の大声に通行人の何人かが振り返る。

 あまりにも初歩的なミスにローザは慌てた。


「馬鹿! こんなところでわたしの名前を呼ばな───」


 えっ、ローザって言った?

 ねえ今あの人、ローザ様って

 あの子、銀髪じゃない?

 えっえっうそ、本当にいたの?


「ほ、ほら……もう」

「うわ……ええ……」


 ひそひそと囁き合う声。


 みるみるうちに姿を目撃される。しかも同時に何人にも。とても誤魔化しきれない見つかり方にローザは蒼白になった。

 同じように固まっていたロイドの腕を引っ掴んで咄嗟に走り出す。


「すみません…………ついカッとなって」

「犯罪者言ってる場合か!」


 後ろは既に騒然としていた。

 ツッコミを入れながら路地の反対側へと一目散に逃げると、さすがに追って走ってくる人まではおらず、ひとまず撒くことに成功する。


 ああ、噂になっちゃうかな、これ。



「今晩中に報告書を提出しますね」

「……いい、見逃してあげるから。そのかわり夜会の招待は断っておいて」

「はい、こってりと旦那様に絞られますよ。来週この話で海外邸に呼び出されているので」

「あー……頑張って」


 どおりでやたらしつこかったわけだ。

 娘が夜会に出たがらないからって使用人に反省文を書かせるなんてとんでもない実家だこと。

 まあ何されても出ないんですけど。

 べ、と舌を出したい気持ちである。



「わたし、遠回りして孤児院に行ってくるから。あなたは引き上げて構わないわ」

「了解です、迎えはアレクセイにさせますので」

「ん」

「お気をつけて」


 はあい、と適当に手を上げて背を向けた。

 頭につけた三角巾を触ると走ったせいで乱れていた。軽く整えて息を吐く。

 なぜ公爵令嬢が三角巾? と疑問に思うかもしれないが、ローザが街を歩くときの格好はいつもメイドの装いに似せている。何故なら、さっきのようなことが起こりかねないので。


 秘密を守るのもラクじゃない。



 *



 セント・ポール聖教会はディーツェ王国の街はずれに位置していて、目的の孤児院はその中にあった。


「ローズさんだ! ねえ絵本読んで」

「遊んで遊んで鬼ごっこしよう」

「ねえっローズさん聞いてジェイクがさっき私を殴った!」


 子供達の相手はけっこう得意な方だが、それはこれくらいの年齢で、ここの子供よりませた従姉妹がいるからだ。

 ローザに張り合おうとして無茶をするところが可愛いのだが、かなり主張の激しい子なので見守り性能が鍛えられる。

 おかげで十人の声を聞き分けることは出来なくても、このくらいの人数の子供達なら余裕で対応可能になっていた。


「絵本を読んでから鬼ごっこね。早い者勝ちよ。あとぶつのはだめ、謝ったの?」


 歴史の勉強でもさせようかと家から持ってきた絵本『エルドラドのれきし』を広げながら、せっせと要求をさばいていると、一人の子供が寄ってくる。


「ねえローズさんの瞳って珍しい?」


 おっと。

 この年の子に時々ありがちな鋭い質問が飛んできた。しかも的確に急所だ。ローザの瞳は希少な紫。

 ちょっと苦笑しそうになったけど顔には出さず、もちろん読み聞かせの準備を中断することもせずに、そうかなあ、とお茶を濁しておく。


「おじいちゃんかおばあちゃんの遺伝、かなあ」

「ローズさんってどこかの伯爵の家のメイドなんだよね?」

「そうよ」

「メイドのお家でそんなに珍しい色の目の人って生まれるの?」


 ……。

 なんだろうこの子、歳の割に鋭い。

 大きな目に大きな眼鏡を反射させて、見た目はちょっとした子供探偵みたいなものか。

 見た目は子供でも頭脳は侮れない。


「えっと……」

「こらこら、詮索はよしなさい。ローズさんが困っているだろう? 軽々しく家族のことを聞くのはいけないことだよ」


 困りかけたところで助け舟が入った。さすが本職。ローザをフォローしながら教育もこなす老練さ。

 白髪をたくわえた好好爺に、ローザは今しがた助けられた感謝をこめて挨拶した。


「ごきげんよう、院長先生」

「お久しぶりです、少しお話をしてもよろしいかな」

「もちろんです」


 孤児院の子供用の小さな椅子から立ち上がり、カーテンがされて密談スペースになっている奥の小部屋へ。院長の部屋だから基本的に子供は近寄ってこない。


「ローザ様、いつもすまないね」

「いえ、そんな」


 カーテンが閉められて遮音されると老爺はローザへの呼称を変えた。

 この街でローズさんの正体を知る数少ないうちのひとりが孤児院を護る院長である。


「公爵家から家庭教師を派遣してくださるそうで?」

「ええ、来週末には到着すると思いますよ」


 気軽に答えて、ちょっと話題を変えてみた。


「ここから何人かをディーツェ王立学院に入れたいのだけど、そのあたりいかが? 魔法適正のある子はいるかしら」

「ジョーンズとワトソンが良いでしょう……あとジェームズも」


 ジョーンズとジェームズとワトソン。

 何となく似た名前ね、とローザは頭の隅に入れておく。


「ワトソンってさっきの鋭い子?」

「左様です」


 あの子に魔法適正があるとは意外だ。


「治癒がそれなりに使いこなせていますよ、将来は医者も夢じゃありません。軍医とかね」

「こんな早くから……覚えておきますね」


 白魔法、部分的には既に治癒可能。簡単に頭のメモに追加しておいた。


 この世界には二大魔法が存在している。


 治癒や結界魔法など防御系に使役できる白魔法。

 大抵の魔法が王令で使用禁止になっている黒魔法。

 ディーツェ王国の貴族は全家系が魔力持ち。9割以上が白魔法属性だ。


 ローザの家系、エルドラドは黒魔法の最有力とされる。父親がその道の権威だ。



「それと、ローザ様にお伝えしたいことがひとつ」

「はい?」

「オットー君があなたを探していてね……前回ここに来た時に見かけたようで、気の優しい侯爵家のメイドだと言ったら変に熱が入ってしまったらしく」


 困り顔をされてしまった。こういう見た目なのでローザは人の目を惹く。それが男性だと尚更だ。


「構いませんよ、何とかしますから」

「すまないね」


 申し訳なさそうに言うので重ねて首を振って、「子供達が待っています、戻りましょう」と促しておいた。

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