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プロローグ b


長いこと手入れがされていないソファに深々と座り込んだナカジは、埃がかかっていたことなど歯牙にもかけない様子で寛ぎ始める。


「緊張感がないんだから」


静かにリビングの扉を閉めたアカネがそう言った。


「この家の安全を確保した時点で緊張なんてものは無くなったねえ。それより、アカネも座るかい?」


ナカジが自身の隣の空いている場所に視線をやる。


「私はそっちよりも向かいの洋風なソファが良い」


そう言い、アカネはナカジの正面にある花柄の、埃の被ったソファの方へと移動した。


表面の埃を手でさっと払い除けるとアカネは背負っていた銃や鞄といった荷物を側に下ろして腰を据えた。


「はぁ……」


吐息に似た声を絞り出したアカネは背もたれに首を預けて上を見上げて目を閉じた。


ナカジは「なんだいそれは」と、笑みを浮かべながら聞いた。


「疲れた」


「そうだねえ」


「ナカジはあんまり顔に出さないからわからないけど、私と同じくらい疲れているはずなんだよね」


「まあねえ」


「あぁ……。温かいお風呂に入りたい。ドラム缶風呂じゃなくて、浴槽タイプの一般家庭にあったような、そういうやつ。いい匂いの入浴剤を入れて、小一時間じっくり身体を温めて疲れを癒したい……」


小言を吐くアカネ。


「それじゃあ、今度温泉がある拠点に行こうか」


ナカジはそう提案した。


「うーん。いい考えだね。でも、ここからかなり遠いよね」


「歩いて1週間くらいだねえ」


「遠い……。私は今疲れを癒したいんだよぉ……」


「それなら、しばらくこの家で休暇を取るかい?」


「いい考えだね。でも、いいの? この先の拠点に必要なものがあるって話じゃ……」


アカネは安楽な姿勢からナカジの方へと顔を向けた。


「急ぎの要件じゃないからゆっくり休んでから行こう。体調が万全じゃないのに外を歩く方が危険だからねえ」


「うん」


深々とソファに腰をかけていたナカジは自身も安楽な姿勢にする為に、ソファに横たわった。


「そんなに埃まみれなのに気にならないの?」


アカネは素朴な疑問を投げた。


「こんなの気にしていたらこの世の中じゃ生きていけないぜ。逞しく生きるためには埃とも共存しないとな」


そう言い、頭の裏で手を組んでリラックスしている様子のナカジは目を瞑った。


「ふとした時に……、考えることがあるだよねえ」


ナカジはそう独白するようにつぶやいた。


「なにを?」


アカネの返答を待っていたかのような沈黙の後、ナカジはそのアカネの問に答えるように言葉を紡ぎ出した。


「もしも……、世界にゾンビになるウイルスが蔓延しなくて、ワクチンか特効薬か何かで感染を抑えることが出来ていて、何不自由のない平穏な日々が今もあったとしたら、俺はアカネと出会うことができたんだろうか。平和な世界が続いていたら、俺はアカネと出会っていないんじゃないか。そんなことを考えていたんだ」


「どうだろうね。出逢っていたんじゃない?」


「なんだか感想が軽くないかい?」


「私は赤い糸を信じているからどんな世界だろうとナカジと出逢っていたと思うよ。きっと運命なんだよ。私たちが出会うのも、こういう世界になってしまったこともね」


「運命ね……。こういう世界になって、神様を信奉していた宗教屋はなんて言っているのか聞きたいな。これも神の与えた試練とでも言うのかねえ」


「ドラマとかでよくあるシーンだよね」


そう言い、アカネはくすりと笑った。ナカジもそれにつられるように頬を緩ませた。


それから少しの沈黙があって、反応のないナカジをじっとみていたアカネが口を開いた。


「寝るの?」


アカネはそんなナカジを見て聞いた。


「俺も疲れたからねえ。ここにしばらく滞在ってことに決まってから余計に気が抜けたんだよねえ」


気力のない声音でナカジがそう返した。


「2階に大きなベッドがあったのに、そこで寝るの?」


「うーん。そこで寝るつもりだけれど、今はここが心地いいからねえ」


「ふぅん」


「少しだけ、ここで休ませて」


「どのくらい?」


「アカネが夜ご飯を食べ終わる頃かなあ」


「一人で食べるのは寂しいから嫌だよ。一緒に食べたいから、私が食べたくなったら起こしてあげる」


「可愛いヤツめ」


「ふん」


「アカネは寝ないのかい」


「私は疲れたけれどまだ寝ない。一応生活リズム気にしているから、今寝たら中途半端な時間に起きちゃうでしょう?」


「そうかい。殊勝な心がけだねえ」


「私は自分の武具のメンテナンスと、ナカジと食べる為の食事の用意しておくよ」


「ありがとう。それじゃあ、後はよろしくね」


「はい、はい」


アカネはそう言い、普段から愛用している自動小銃を右脚に付けてあるホルスターから取り出してメンテナンスをする為に分解を始めた。


アカネは時折ナカジの寝顔を見て、その普段とは違う柔らかい表情に笑顔になるのだった。

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