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深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[六]暴走の炎
10/46

6-2

「あまり人間をなめるなよ……」

 

 

「何で別室に行ったんでしょうね……」


 パサラとアキナが奥に移った後、サヤは鉄扉を見つめながらそうつぶやいた。


「聞かれたくない話は、誰にでもある」

「トウコさんは気になりませんか、どうして暴走しちゃったのかな、とか……」

「気にしても仕方ない」


 と言いながらも、トウコは内心知りたくてたまらなかった。


 あの漆間アキナが、何を嘆くのか、どんな不幸があれば「ディストキーパー」になどなってしまうのか。


 だが、ここで聞き出していいことだとも思えなかった。シイナやオリエの言う「エチケット違反」がどうのということではなく、本当にいつか彼女と仲間になった時に聞かせてほしい。そう思う。


「見えちゃったんですよね、少し……。それが本当だったら、暴走やむなしのとんでもない体験で……」


 聞きます? と尋ねられトウコは首を横に振った。


「三住、結局あなたがそれを話したいだけなのでしょう?」

「むぐぐ……。そりゃ、ちょっとはそうですけど……」


 深々と、呆れたようなため息をサヤはついた。


「トウコさんは、やっぱり人に関心のないタイプなんですね……」

「逆にあなたが気にし過ぎ」


 そうかなあ、とサヤはベッドに腰掛ける。


「例えば、わたしの『最初の改変』とかも気になりませんか?」

「言いたいのならどうぞ。聞き流すから」

「そういうことじゃないんですよねー……」


 少し寂しそうにつぶやいて、サヤは仰向けに寝転がる。


「わたし、昔あんまり友達っていなかったんですよ」


 結局語るのか。トウコは黙って聞くことにした。


「だから、こう何でも話し合える友達、みたいなのに憧れちゃうんですよね」


 友達か。そんなのわたしもいなかった。トウコは心中で呟く。鱶ヶ渕に来てからはそうだし、改変を行った今でも、「天涯孤独の拳銃使い」だ。だからサヤの言うことは、分かる部分はあるけれどあまりうなずけない。


「あなたが人との距離の詰め方を心得ていない理由は、今のでよく分かった」


 むうう、とサヤは不満げにうなった。


「そこを言われると……」


 と、そこで奥の部屋から怒鳴り声が聞こえた。サヤは起き上がってトウコの顔を仰ぐ。


「今の……?」

「あの毛玉、怒鳴りたくなる気持ちは分かる」

「そりゃまあ、そうですけど……」


 サヤは鉄扉に目をやった。トウコには、それが扉の向こうを透視しようとしているかのように思えた。


 通された別室は、まったく物が置かれていない、何に使われているのか分からない三畳程の部屋だった。奥に一つ窓があり、そこにもたれるようにして外の様子を見下す。


 このビルは、鱶ヶ渕の駅の近くに建っているのか。景色からようやくアキナは自分の現在地を知る。


 鱶ヶ渕の駅周辺は、駅舎を挟んだ南北でその表情を変える。駅の北側は銀行やカフェなどが立ち並び、落ち着いた雰囲気である。数日前トウコとシイナがヒトデ型と戦ったのは、ここの「インガの裏側」だった。


 それに対して南側は、居酒屋や風俗店のあるごちゃごちゃした印象の町だった。こちら側にたむろする不良グループなどもおり、周囲の中学生にとっては「近づいてはいけない場所」というイメージが強い。


 成田トウコの家が入ったこのビルは、南側に建っていた。窓の外には電飾看板がぎらついている。よくもまあこんなところに住んでいるな、とアキナは眉をひそめた。


『……というわけで、「ディストキーパー」については理解してくれたかな?』

「ん、ああ……」


 ほとんど聞き流していたため、生返事しかできなかった。やれやれ、とパサラは体を左右に振った。


『仕方ないか、もうなってしまっているのだものね』

「あんたがしたんだろ、パサラ」

『望んだのは君だ』


 アキナの、あの夜の記憶はだんだんとはっきりして来ていた。確か、あの男をパサラがこの尻尾で殴り飛ばしたのだった。そして『「ディストキーパー」になれば、状況を打破できる』と持ちかけてきたのだ。


 詐欺みたいなものじゃないか、とアキナは顔をしかめる。あんな場面、誰が断れるというんだ。


「他もああいう風にやってんのか?」

『場合によりけりだね』


 何か言いたいことでもあるのかい、とパサラは今度は縦に揺れる。すっとぼけたことを、とアキナは舌打ちした。


『何が不満なのか、分からないね。それとも、君はあのままあの男にされるがままでいたかった、とでも?』

「そんなことは言ってないだろ!」


 思わず語気が強まる。怒鳴ってから、アキナは一つ息をついた。


「……それで、あの男はどうなったんだ?」

『死んだよ。あの場で即「ホーキー」を使い、「ディストキーパー」となってすぐに、君が焼き殺した』


 そうか、とアキナは自分の右手の平を見る。殺したか。実感はわかないが。世間的には焼身自殺ということで処理されている、とパサラは補足する。


『ただ、そこから暴走が始まってね。その場で暴れられるよりかはマシだと判断して、私は君を直ちに「インガの裏側」に送り込んだ』


 パサラはそこから、他の「ディストキーパー」達が協力してアキナを元に戻したことを伝えた。


 アキナは何も言わなかった。ただ、話を聞いて自分の手の平を見つめるばかりだ。簡単に怒りに流され、仲間とも呼ぶべき人々を傷つけたことを悔いた。また、ともすればあの男の下卑た笑いが、手の感触が這い上がってくるようで、それを押さえこむように、ぎゅっと拳を握った。


『一応、「ディストキーパー」となる時に、ひどい心的外傷とならないよう記憶は薄めてあるんだけれどね』

「……そいつはどうも」


 アキナは立ち上がり、踵を返して鉄扉の方へ向かう。


『帰るのかい?』


 一応説明は終わったからいいけれど、とパサラは尋ねる。


「あんたの話じゃ、三日も家を空けてしまったらしいからさ」

『病気ということにはしてあるんだけどね』

「あたしの気持ちの問題だよ」


 いいか、とアキナはパサラに向き直り、鋭い目で見据えた。


「あんたらがいくら、その『インガ』とかいうのを歪めようが、消してしまおうが、あたしの気持ちは残るんだよ。何てこと言うと、それさえも消しちまうんだろうが……ともかく!」


 アキナはパサラに人差し指を突きつけた。


「あまり人間をなめるなよ……」


 パサラは鼻をひくつかせ、耳を上下に動かした。表情は変わらない。元々変化しないのかもしれない。


『心得ておくよ』


 その返事を聞いて、また一つアキナは舌打ちをした。



 怒鳴り声からしばらくして、鉄扉が開きアキナが姿を現した。トウコがそちらに顔を向けると、ベッドに寝転んでいたサヤはがばりと起き上がって、彼女に駆け寄った。


「あ、あの、漆間アキナさん! わたし、三住サヤと言いまして、闇の『ディストキーパー』の……えーと、その、トウコさん!」

「何?」

「これでも、急すぎですかね、距離感縮めるの?」

「そうね」

「えー、じゃあ、どうしたらいいんですか!」

「人間関係のことをわたしに聞く?」


 ですよねー、とサヤは肩を落とし、それを見てアキナは呆れたように笑った。


「帰るわ。暴走とか、色々世話になっちまったみたいだな」

「別に。仕事だから」

「仲間だから、ですよ」


 横からサヤが言い添えたせいで、トウコは少しばつが悪くなる。


「あの、また明日から、よろしくお願いしますね!」

「……そうだな」


 少し考えてからうなずいて、アキナは玄関の方へふらふらと歩いて行ってしまった。


 トウコはその背を見送りながら、その「明日から」のことについて思いを馳せた。


 「ディストキーパー」となったことに、トウコは後悔はない。まだなってから日は浅いが、戦いというものも悪くはなかった。そこに、あの漆間アキナが加わるのだ。


 シイナの戯言ではないが、まさしく世界はわたしの願った通りになっているのかもしれない。


 この時はまだ、そんな気すらしていた。

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