エピローグ
「え~、ここが母上が産まれた家なの?」
可愛いツルバラに囲まれた小さな農家で、母上が産まれたと聞いてアリエナとロザリモンドとキャサリンは驚いた。
「まぁ、これでもハンナが結婚した時に増築されたのよ。
私が暮らしていた時は、この半分も無かったわ」
ハンナはユーリよりも子沢山で、新しい家を建てて引っ越した。
今は末っ子のベンが小学校の校長をしながら、可愛い奥さんと暮らしているのだ。
ユーリは両親のお墓参りに娘達を同行した。
小さなお墓はロザリモンドの好きだった白い小さなバラで埋もれていた。
「ウィリー・キャシディとローラ・キャシディ」
キャサリンはアンドリュー・フォン・キャシディに夢中なので、何だか縁があると嬉しがる。
「何よ、ちゃんとウィリアム・フォン・フォレストとロザリモンド・フォン・フォレストとも書いてあるわ。
私はお祖母様の名前を頂いたのね」
ロザリモンドは名前を貰った、お祖母様が見習い竜騎士のお祖父様と駆け落ちしたのだと、ロマンチックな空想に耽る。
アリエナは北の空を眺めて、あちらにローラン王国があるのだと感慨深く感じる。
「お祖父様はローラン王国の侵略を阻止する為に参戦されて、亡くなられたのね」
なのに、自分はアレクセイ王子と恋に落ちてしまったと、アリエナは少し複雑な気持ちになる。
ユーリは自分達の歴史を嫁ぐ前の娘達に教えたくて、ヒースヒルに連れて来たのだ。
「戦争はイルバニア王国だけでなく、ローラン王国にも犠牲者を出していますよ。
私はゲオルク王の騎竜カサンドラを殺しましたし、ローラン王国では憎まれています。
その娘の貴女が皇太子妃としてローラン王国に嫁ぐのですから、苦労しますよ」
アリエナは敵国のローラン王国に嫁ぐ自分の覚悟を決めさせる為に、母上がヒースヒルに連れて来たのだと悟った。
「大丈夫です、こんなに小さな農家に産まれた母上が、皇太子妃になるのも大変な覚悟がいったでしょ。
私にはアレクセイ様が付いていて下さいますもの」
「きゃー、アリエナお姉様ったらノロケているわ。
確かにアレクセイ様は素敵だけど、スチュワート様の方がハンサムですわよ。
金髪に情熱的な青い瞳がとても似合ってますもの」
カザリア王国に嫁ぐロザリモンドもノロケ返して、キャサリンも負けずにアンドリュー様ほどのハンサムはいないと言い返した。
「パパ、ママ、この娘達が幸せになる様に見守ってね」
賑やかな娘達との暮らしも後少しだと、ユーリは少し寂しく思いながら、下にも未だアルフォンスとテレーズがいるのだと気を引き締める。
ヒースヒルに王妃と王女様がいらしていると聞きつけて、住民達が集まって来た。
「まぁ、ハンナ、来てくれたのね」
ユーリは懐かしいハンナを抱きしめる。
「ユーリ、いえ、王妃様」
あたふたしているハンナにユーリは娘達を紹介した。
「ロザリモンド王女様とキャサリン王女様は昔のユーリにそっくりね」
農家の女将さんと仲良く話している母上に王女方は驚いたが、家に招かれて美味しいシチューをご馳走になりながら、ヒースヒルでの思い出話を聞いているうちに幼なじみなのだと納得する。
「母上が町の子に苛められたなんて、信じられないわ」
何時も公務に仕事にと立ち働く姿を見て育った王女達は驚いた。
「そうねぇ、町の子にドレスが2枚しか無いとからかわれたわね。
別にその事は気にならなかったけど、教科書を水の入ったバケツに浸けられたのは腹が立ったわね」
ハンナはクスクス笑って、濡れた教科書を相手の顔に投げつけて、床に倒したわねと言った。
「え~、母上がぁ」
確かにお淑やかとは言えないが、そんな喧嘩をしていたとは初耳の王女達だった。
「まぁ、ハンナ。
娘達に余計な事を話さないで……
ああ、この娘達のように育った母上が、ヒースヒルで暮らしたのね」
王宮で育った王女達と同じか、それ以上に大切に育てられたロザリモンドが農家の女将さんをしていたのだと、ユーリはどれほどの苦労があっただろうと溜め息をつく。
「家のアマリアお婆ちゃんが、ローラさんの失敗談を色々と話してくれたよ。
どうみても良い家のお姫様にしか見えなかったから、駆け落ちだろうと言ってたしね」
ユーリは懐かしいアメリア小母さんを思い出して、ハンナからママの失敗談を聞いて笑った。
何時までも、懐かしい人達の思い出話は尽きないが、王宮に帰らなくてはいけない。
「ヒースヒルでスローライフをしたかったのに、全然、別の道を選んでしまったわね」
ユーリはグレゴリウスと結婚したのを後悔はしていなかったが、前世からの願いとは全く別の人生になってしまったと改めて思う。
ユーリは最後にイリスにヒースヒルの懐かしい小さな家の上を飛んで貰った。
一瞬、農作業から帰って来たパパを走って出迎えるママを見た気がしたが、自分の思い出の中の残像だとグレゴリウスの待つユングフラウへと帰っていった。
ヒースヒルの小さな農家で産まれた赤ちゃんは、イルバニア王国の歴史に残るグレゴリウス国王陛下の王妃として国民の敬愛を受けるのだった。




