蝋燭と劇場
いつもの道だった。変わり映えのない裏道に、色褪せた自動販売機が佇んでいる。ただひたすら歩いて家を目指さなければならない事は分かっていた。ただ何か違う。空の色か、鳥の鳴き声か、何が違うのか分からないが違和感があった。
しばらく歩くと違和感に気がついた。後ろから誰かが着いてきていたのだ。道の端に寄って靴紐を結び直すふりをして立ち止まっても、後ろの足音は止む事なく近づいてきた。やがて追い抜くと先へと歩いていった。彼だか彼女だかはそのまま見えなくなった。ここで男か女かわからないのには理由があった。あれは真っ黒だった、というより闇そのものだった。全てを飲み込むような暗さが人の形をしていた。しかし私は恐怖を感じてはいなかった。何も感じない、心はほぼ無に近かった。私は歩き続けた家に着くまで。
歩き続けると、突然目の前が開けた。そこはまるで古代ローマの円形劇場を思わせるような広場だった。広場の下にはなにか石棺のようなものが置かれているのが見えた。私はそれに吸い寄せられるように下へと降りていった。不思議なことに私はそこへ着くと同時に制御不能になっていた。自分の意識とは裏腹に足は歩みを進めた。中ほどまで歩くと今まで誰もいなかった上段にいきなり人が現れた。彼らは先ほど追い抜いてきたのと同じ闇だった。気がつくと今では円形劇場は真っ暗になり、席に置いてある蝋燭のオレンジ色の灯りが全体を静かに照らしていた。ふと下から冷たい風が吹いてきていることに気がついた。石棺を見ると何かが溢れてきていた。"それ"はやつらと同じように暗く、背筋が寒くなるような寒さをともなっていた。
私はなぜか自分の席に座らなければならないという意識に駆られ、上へと階段を上がる。誰もいない席を見つけると急いでそちらへと駆け寄る。ここで周りの蝋燭が消えていることに気がついた。私も消さなければならない、そう思った。私は手で蝋燭をもみ消そうと焦りながらも全ての蝋燭を消した。と思ったと同時に闇に飲み込まれていた。
何かに頬を撫でられて目を覚ました。寝っ転がるっているので家のベッドだと思い、とても安心した。しかし、すぐに自分の部屋ではないと気がついた。ベッドがこんなに硬いはずはない。まるで石棺に寝ているかのようだ。そこで全てを思い出し、周りを見る。そして見た、あの黒い塊を。黒い塊から触手のようなものが生えていた。そして、その手で器用に短剣を持っていた。そして別の触手には何かを持っていた。私は目を凝らしてそれを見た。ああ思い出すだけで背筋が凍る。やつが持っていたのは私の左足だった。その瞬間、全身に痛みが走る。私はあまりの驚きに泣くこともできず、空を見上げた。オリオン座のベテルギウスが私を見返していた。




