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戦場のプロポーズ【4】

唐突に最終話!








 巨大ヴァルプルギスは解体して運ぶことになった。ここで燃やしてしまおうと言う意見も出たが、それでは環境省から苦情が来てしまう。かつて一度、ヴァルプルギスをその場で火葬して苦情を受けたことがあったのだ。

 それはともかく、ヴァルプルギスを倒し終えたスティナは地面に横たわったままリーヌスに容体を確認されているイデオンの側に膝をついた。

「大丈夫か?」

「スティナちゃんは……無事だね。さすがさすが」

 そんな軽口をたたき、イデオンは咳き込む。リーヌスが「おいおい」とさすがに心配そうに言った。

「しゃべらない方がいいと思うぞ」

「大丈夫ですよ」

 イデオンは飄々とそう言って、スティナの手首をつかんだ。彼女はぎくりとする。


「さっきの返事は?」

「……」


 スティナはしり込みした。けが人であるから相手に強く出られないし、イデオンが手首をつかむ力は強い。要するに振りほどけなかった。

 さっきの返事。つまり、プロポーズのことか。すぐに返答できなかった。


「ねえ」


 そう言いつつイデオンは再び咳き込んで血を吐いた。スティナはイデオンの手を逆に握り返した。

「もういいだろう。早く治療を……」

「スティナちゃん」

「……」

 イデオンがギュッとスティナの手を握る。スティナに視線が集まっているのがわかった。全員がスティナの返答を待っていた。

 彼女の整った顔が引きつる。無表情を常とする彼女であるが、さすがに感情を隠すのは難しかった。

 イデオンはスティナの返答を聞くまで引かないつもりだろう。周囲もそうするだろう。このように脅すようにでもしなければ、スティナが決断しないことをわかっている。


「……っ。わかった」

「何が?」


 イデオンが咳き込んだ。何なのだろうか。この男はこんなに意地の悪い男だっただろうか。意地が悪いと言うか、人が悪いと言うか。

 震えるスティナの唇が言葉をつむぐ。



「……っ。結婚するって言ってんだよ!」



 なんで公衆の面前でこんなことを言わされているのか。さすがのスティナも羞恥心を覚えた。

「ああ……安心した」

 つぶやいたイデオンの手から力が抜けた。スティナがその手を強くつかんだ。イデオンは幸せそうな表情のまま気を失っていた。スティナは絶句する。

「スティナ~。顔真っ赤だよ」

 アニタがにやにやしながら言った。大人びてきたと思っても、こういうところはまだ子供っぽい。スティナも彼女くらいのころは子供っぽかったと思うけど。

「うるさい」

 スティナは熱くなっていく頬を押さえ、立ち上がった。リーヌスに雑に運ばれていくイデオンを見送ると(ちなみに、スティナが運んでも雑になる)、スティナは巨大ヴァルプルギスを解体し終えたミカルに近寄った。手伝おうと思ったのに、終わっていた。

「そうか。お前もそんな年かぁ」

 ミカルがスティナの肩をたたいて言った。そのまま肩を抱き寄せて頭を撫でてきた。

「今なら娘を嫁に出す父親の気持ちが良くわかる……」

「それ、ヴィーの時も言ってなかったか」

 少し落ち着いてきたスティナが言いかえした。ミカルは「いや、違うな」と首を左右に振る。


「ヴィーの時の比じゃないぞ。いや、イデオンがいい男だと言うことはわかっているが……ほかの男なんぞにお前をくれてやらんといかんとは」

「……」


 若作り……と言うより既に童顔の域に達しており、スティナと同世代くらいにしか見えないが、ミカルの発言は完全に父親だった。


「お前が決めたなら私が文句を言う筋合いはないが……そうか。はあ……」


 ため息が重い。それだけスティナのことを大切に思ってくれていたのだと思うと、何となくくすぐったい。


「そう言えばお前。返事をためらったな。私たちはいつお前たちが結婚するかとひやひやしていたんだが」

 ひやひやするのか。帰りに車に乗り込んだミカルとスティナの会話である。二人は後部座席に乗っていて、運転手は監査官、助手席にはニルスが乗っている。

 スティナは腕を組んで背もたれに寄りかかった。

「別に、大した意味はないけど」

 二人ともいい年した大人であるし、別に清い交際をしていたわけでもないから恥ずかしがる必要はなかったはずである。だが、結婚となると話は別なのだ。ただの男女の付き合いではない。契約と言ってしまえばそれまでだが、それは家族になると言うこと。相手が自分の半身になる。

 だが、そう言うことではない。もっと単純なこと。単純と言うか、スティナが討伐師だから考えることかもしれない。スティナはシートの上で膝を抱えた。


「……家族になったのに、自分が死んだら、家族が別の人の物になると思ったら耐えられないと思った」


 スティナは、イデオンより先に死ぬ可能性が高い。多くの討伐師と同じように戦死するかもしれないし、体を酷使している自覚はあるので、そのせいで体を壊すかもしれない。

 本当にスティナが先に死んでしまったら、残されたイデオンはどうするだろう。誰か、違う人のものになってしまうのだろうか。そう思うと、耐えられないと思った。なら、最初から自分のものだと思わなければいいのだと、思った。

 相手がいなくなると言うことは、己の半身を引き裂かれるのと同じだ。スティナが結婚すれば、どちらも傷つくと思った。でもそれは、スティナの勝手な思い込みで、我がままだ。結局彼女は自分のことしか考えていなかった。

「スティナ、マリッジブルーだな」

 ニルスがからかうように言った。スティナは顔を上げなかった。あげられなかった。ミカルがスティナの肩をたたいた。

「幸せになれよ」

 うん、と小さくうなずいた。そうなるといい、きっとそうなる、と思った。
















「あ、スティナちゃん。来てくれたんだね、ありがとう」


 病室の扉を開けて中に入ると、三十路に差しかかろうとしているイデオンは七年前から変わらない、どこかへらっとした笑みを浮かべていた。スティナは少し力が抜けた。

「お前……元気そうだな」

「ああ、うん。怪我よりも胃炎の方がまずいって言われたよ」

「は? 胃炎?」

 スティナは首をかしげながら近づき、イデオンのベッドの側の丸椅子に腰かけた。持ってきた菓子を「見舞い」と言ってサイドテーブルに置いた。

「働き過ぎだって。ストレスらしいよ」

「……お前、ストレスとか感じてるの?」

 結構ひどいセリフであるが、いつもへらへらしているイデオンにストレスが存在するなど驚きである。結構ひどいスティナの言葉にイデオンは「まあ、僕も人間だし」と笑う。


「好きな子がなかなかプロポーズを受け入れてくれなかったりしたし」

「……」


 そこを突かれると痛いスティナである。はっきりと言われたのはあの時が初めてであるが、何度かほのめかすようなことを言われていた。様子を見ているのだろうか、とも思っていたのだが。


「……怒ってる?」

「少しだけね」


 そう言いつつ、イデオンはやはり笑った。ほとんど怒ったところを見たことがないイデオンが肯定すると言うことは、本当に怒っていて、ストレスになっていたのかもしれない。

「……ごめん」

 こちらも珍しくしおらしくスティナが言った。イデオンは少し目を細めると、身を乗り出してスティナの腕を引いた。彼女は抵抗せず、素直にイデオンの胸に頭を預けた。

 静かな時間が流れる。どちらからともなく顔を近づけるが、口づける直前、ノックがあった。スティナはイデオンから離れて座り直し、イデオンは「どうぞー」と言った。


 入ってきたのはリーヌスとヴィルギーニアの夫婦である。上の子であるサムエルを連れていた。下の子は女の子だが、去年生まれたばかりなのでアニタたちに預けてきたらしい。それはそれで不安である。

「よう。元気そうだな」

「っていうか、お邪魔だった?」

 リーヌスが変わらずどこか飄々と、ヴィルギーニアが面白そうに笑って言った。サムエルは四歳になるが、現時点では母親のヴィルギーニアに似てとてもかわいらしい。髪の色は明るい金茶色だが、将来的にどうなるかはわからない。


「抱っこ!」


 サムエルがそう言って手を差し出したのはスティナに対してだった。彼女は深く考えずに膝にサムエルを抱き上げてやる。アカデミーで小さい子供たちの面倒を見ていたので、反射的にだ。

「イデオン。ライバルよ」

「これは強力なライバルだねぇ」

 ニコニコ笑ってヴィルギーニアとイデオンが言った。もちろん、どちらも冗談のつもりだろう。

 この夫妻も見舞いに来たらしい。イデオンがいくつか急ぎの仕事をリーヌスに頼んでいた。


「そう言えば、イデオンはなんで戦場でプロポーズしたのよ。もっとロマンチックなところでしなさいよ」


 何故かヴィルギーニアが苦情を言った。イデオンがスティナを見る。サムエルはスティナの膝の上で寝ていた。

「ロマンチックな方が良かったらやり直すけど」

 退院したら、とイデオンは言ったが、スティナは首を左右に振った。

「いや、いい」

 むしろ、スティナはあの状況でなければうなずかなかったかもしれない。そう言う意味では、イデオンの判断は間違っていなかった。

「えー、何それ」

「ヴィー達よりはましだと思うけど」

 不満げなヴィルギーニアに対し、スティナが言った。ハンメルト夫妻の結婚話がまとまった時、立会人はスティナだった。リーヌスを蹴っ飛ばしてヴィルギーニアに結婚を申し込んだらしいが、本当かどうかはわからない。

「でも後でちゃんとやり直してくれたわよ。詳しく話そうか」

「ヴィー、ちょっと待てやめろ」

 リーヌスがヴィルギーニアの肩をつかんで止めた。焦るリーヌスを見て、イデオンもスティナも笑った。


 不安がないと言えば嘘になる。だが、イデオンの手を取ったことを後悔はしない。彼をほかのだれにも渡したくはない。たとえそれが一時のことであったとしても、スティナはイデオンの隣にいたかった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これで『ヴァルプルギスの宴』は完結となります。

ここまでお付き合いくださった皆さま、ありがとうございました。


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