夏休みの過ごし方【1】
大変衝撃的なものを見つけて、イデオンは立ち止って振り返った。目を見開いてそのカップルを見つめていた。
「何してんだお前は」
立ち止ったイデオンに対し、平然とスルーしたのはスティナである。先に行きかけたが、イデオンが立ち止ったので戻ってきたようだ。
「……いや、ちょっと衝撃的なものを見ちゃって」
「私にはお前が突然立ち止ったことの方が衝撃的だ」
相変わらず辛辣なスティナであるが、これも彼女の信頼の証である。彼女は、親しくない相手には絶対にこんなことを言わない。
「あのさ、あそこにいるのってリーヌスさんだよね」
そう言って、少し遠くなった背中を示す。人ごみに紛れているが、目視できる距離にはいた。スティナがイデオンの示す方を見て、「そうだな」と素っ気なく答える。
「それに、隣にいるのってフレイアだよね……!」
「まあ、どう見てもそうだな」
サングラスに帽子で変装はしているが、見間違えようがない。リーヌスと歌姫フレイア……ことヴィルギーニアのカップルだ。
「……さっきキスしてたんだけど」
「何見てるんだよお前は。リーヌスに言ってやろうか」
「それはやめて……っていうことはつまり」
まあ、そう言うことなのだろう。イデオンはごくりと唾を飲んだ。すでに何が衝撃だったのかがわからなくなっている。
「いいんじゃないか。美男美女でお似合いだ」
スティナが本当にそう思っているのか怪しい口調で言った。彼女からそんな言葉が出てくると言うのも不思議な感じである。最近、彼女はかなり柔らかくなってきたと思う。いや、はじめからいい子ではあったが。
確かに、歌手でしかも美人で通っているヴィルギーニアの隣に並んでも見劣りしないリーヌスだ。お似合いだと言えるだろう。イデオンはじっとスティナを見た。
「今度は何だ」
わずかに顔をしかめたスティナに、イデオンは「ううん」と首を左右に振り、ニコリと微笑んだ。
「僕の恋人のほうが美人だなって」
これはイデオンが本当に思っていることだ。ヴィルギーニアも確かに美人だが、スティナの方がやはり美人であると思う。スティナは一瞬夕闇色の瞳を見開き、それからわずかに口角をあげて、笑った。
「口がうまいことだ」
そんなことを言っているが、彼女が照れているのがわかった。イデオンは微笑んでスティナと手をつないだ。リーヌスとヴィルギーニアもデートなのだろうが、この二人もデート中だった。
最近、スティナの笑みをよく見るようになった気がする。何が彼女を変えたのかはわからない。やはり、彼女が姉とも、母とも慕ったエイラが亡くなったことが原因だろうか。
と言っても、本質的なところは変わっていないのか、優しいがやはりツンデレである。まあ、イデオン的には可愛いのでいいけど。
この二人、デートと言っても映画を見た帰りだった。スティナが基本的に無欲、と言うか遊ぶと言うことを良く知らないようなので、一般的なところから順番に試しているような状態だった。買い物はそれなりに好きなようだが、彼女の部屋には物があまりないので、おそらくウィンドウショッピングが主なのだろう。
ちょうど小腹がすくくらいの時間なので、何か食べようと二人で相談していると、声がかかった。
「あれ、イデオンじゃね?」
名を呼ばれて振り返った。スティナもつられてそちらに目を向ける。イデオンの名を呼んだ彼は「おお!」と声をあげた。
「やっぱりか! 久しぶりだな。一年ぶりくらいか?」
「うん。久しぶり、ハンネス。元気そうだね」
ちょっと軽い感じを醸し出しているが、ハンネスはイデオンの大学時代の同級生で、イデオンとは違い大学院にまで進学した男だ。今年が大学院生活最後の夏休みとなるのだろう。ちょっとはっちゃけているように見えた。
「お前確か司法省に入省したんだよな。仕事はどうだ?」
「うん。まあまあ。思いがけないこともあったけど」
司法省と言っても、その下部組織特別監査室に配属されているイデオンは、その守秘義務からあいまいに笑うしかない。隣にはスティナもいるので、下手なことは言えない。彼女から筒抜けになってしまう。
ちなみに、この場合の思いがけないこと、とは、軍事訓練を受けたことである。おかげですっかり筋力が付いた。もちろん、イデオンが訓練が終わった後も頑張っているこそである。
「ハンネスも就職先決まったの?」
「俺はもう一年大学院だ。ちょっと留学しててな」
ハンネスが言った。と言うことは、最後の夏休みではないのか。イデオンが「へえ」と面白そうな声をあげた。
「ハンネス、頭良かったもんね。うらやましい」
どうしても中の中の域を出なかったイデオンは結構本気でそう言った。だが、ハンネスは「おいおい」と目を見開き、肩を組んできた。
「俺としてはお前の方がうらやましいんだけど。彼女、すげぇ美人じゃん」
彼女、と言うのはスティナのことだ。いや、確かに恋人ではあるのだが、昔の知り合いに言われるとくすぐったい。
スティナは美人なのは、本人も認めるところだ。これはナルシスト的な意味ではなく、自分が美人であるとスティナが理解している、と言うことだ。
イデオンから見ても美人だと思うし、百人に聞けば九十五人が美人だと答えるだろう。だから、ハンネスの感想は間違っていない。それに、今日の彼女は『比較的』めかしこんでいる。あくまで『比較的』だが。
いつもはスラックス姿であるが、今日はショートパンツだ。熱いから、と言うのもあるだろうが、その長い脚は程よく引き締まって脚線美が素晴らしい。一応恋人であるイデオンが視線をそらしてしまうくらいだ。夏用のカーディガンを着ているのでわからないが、トップスはノースリーブである。足元がかかとの低いパンプスなのは、おしゃれではなく単純に彼女がかかとのある靴を履くと、イデオンの身長に迫ってしまうためだ。二人とも、身長は平均的なので。いや、イデオンは平均よりちょっと低いけど……。
ちらりとスティナを見ると、彼女と目があった。少し首をかしげて『普通』なようにふるまっているが、眼が『どうでもいい』と言っていた。出会ったころに比べたら一般人のふりがかなりうまくなっているが、やはり目は正直だった。
「……まあ、好きになった人がたまたま美人だっただけかなぁ」
「そ、そうか」
のろけられたハンネスは動揺気味にうなずいた。一方のスティナは照れるそぶりさえない。羞恥心はどこかに置いてきたといわれるスティナらしい。
ハンネスと別れたイデオンであるが、軽く手を振って見送るイデオンに、スティナが小さくツッコミを入れた。
「お前、一目ぼれだとか言ってなかったか」
鋭いところを突かれた。確かに、イデオンはスティナに一目ぼれした。今から考えるとそうとしか思えないのだ。ひと目ぼれは基本的に外見をもとに起きる現象なので、イデオンがハンネスに言った言葉を、スティナは疑ったのだろう。
だが、開き直ったわけではないが、イデオンはニコリと微笑んで言った。
「確かにそうだけど、たぶん、僕は君が美人でなくても好きになってたよ」
そう思う。スティナの必死に、毎日を懸命に生きる姿に惹かれたのだ。外見的要素もあったのは否定できないが、おそらく、イデオンはスティナがこの姿でなくても好きになっていたと思う。
「……そう」
クールにうなずいたスティナであるが、再び彼女を目を見合わせた時、彼女は微笑んでいた。
「ありがと」
短いその言葉に、イデオンは彼女のうれしい、という気持ちを感じ取った。
△
さて。ヴィルギーニアが衝撃の報告を運んできたのは、このデートの三日後のことである。彼女がやってきたときちょうど、イデオンはスティナと同じPCの画面を見て彼女と監査対象について議論を交わしていた。
「え、ようするに報告書上の数値と実際の数値が違ってるんでしょ。これは会計監査でしょ」
「それはそうだが、その数値の差が異常だったからうちに回ってきたんだろ。つーか、これ、誰かが監査に行ったはずだろ。どこ行った報告書」
スティナが机の上をひっくり返しはじめる。彼女がここで事務の仕事をするようになってから良くある話だ。整理が苦手なわけではないのだが、みんなが適当に積んでいくので整理が追い付いていないのだ。
「あー、僕のところに送られてきてたかも」
何となく見覚えがある気がしてイデオンはそう言った。スティナの席の後ろにある自分の席に戻り、PCの中を探す。結局書類を見つけられなかったスティナが立ちあがってイデオンの背後に立った時、執務室の扉が開いた。
「みんな、お疲れ様!」
今日も輝かんばかりのヴィルギーニアだ。イデオンはやはり、彼女よりスティナの方が美人だと思うが、ヴィルギーニアも負けず劣らずの美女である。
以前いろいろあったりしたが、時間がたってまたかつてのように付き合えているヴィルギーニアである。イデオンは以前、スティナと出かけているときに彼女とリーヌスのデート現場を目撃したことを思い出したが、本人たちの都合なので黙っておくことにした。それよりも報告書である。
「本当にあるのか?」
「うーん、メールで送られてきた気がするんだよねぇ」
少なくとも見た記憶はある。そう思ってファイルを次々開いて行く。
「ん、これじゃないか」
スティナが一つのファイルを指さした。それを開くと。
「お、あたりだ」
討伐師の勘は当てになる。目当てのものが見つかってほっとし、イデオンがマグカップの紅茶をすすった時、ヴィルギーニアは言った。
「私、妊娠したの!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
主人公カップルではなくその周囲の恋愛事情……。




