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楽しい大学生活【8】










 カーン、カーン、と、鐘の音が頭の中に直接響くようだった。スティナはうめき声をあげながら頭を押さえ、その場にくずおれた。


「ちょっと、スティナ!?」

「スティナちゃん、どうしたの!?」


 駆け寄ってきたのはシーラとイデオンだ。声で分かったが、脳の中が引っ掻き回されるようで目が開けられない。眼尻に生理的な涙が浮かんだ。

「大丈夫? 何かあった?」

 イデオンが尋ねる。あった、どころか現在進行形で合っている。


「あ、あたま、痛いぃぃいっ」


 何とか訴えると、イデオンがスティナの頭を抱えた。シーラの「ええっ!?」という声が聞こえた気がした。かちゃり、と拳銃の安全装置が外される音がした。


「やっぱりここにいたかぁ。スティナちゃんが精神攻撃を食らっちゃったのは誤算だったけど」


 イデオンがのんびりとした口調で言った。いつもならいらっとするところだが、今の彼女はそれどころではなかった。頭が痛む。気を失った方が楽なのに、そうできない。頭の中を引っ掻き回されるような痛みと気持ち悪さを抱えながらも、スティナは意識を保っていた

「ちょっと失礼」

 三度、発砲音がした。イデオンが拳銃の引き金を引いたのだ。スナイパーとしての面が強い彼だが、普通に拳銃、小銃なども撃てる。消音装置を付けているとはいえ、発砲音が響いた。

「うーん……やっぱりダメか」

 何を……たぶん、この精神攻撃を行っている人物だが、そいつを撃ったイデオンは困ったようにそう言った。彼が小さくスティナの肩をたたく。


「スティナちゃん。立てる? 戦える?」


 容赦のない催促の声に、スティナは即答できなかった。奥歯をかみしめ、腕に爪を立て、こくりと首を上下に動かす。閉じていた目を開くと、両目から一滴ずつ、涙がこぼれた。イデオンの肩を支えにして立ち上がる。

「ちょ、ちょっとスティナ。無理しちゃだめだよ」

 シーラがあわてたように立ち上がったスティナに声をかけてきたが、相手にする気力がない。ともすれば、その場に座り込んでしまいそうだった。

 少しゆがむ視界に、女性の姿が映った。セミロングの金髪をなびかせた、スティナと同じくらいの背丈の細身の女性だ。膝と肩、腹部にある弾痕は、先ほどイデオンが撃ちぬいたものだろうか。

 ヴァルプルギスでは、ない。かといって、エクエスの力があるわけでもないようだ。と言うことは、あの精神攻撃は一体なんだったのだろう。


「スティナちゃん。申し訳ないんだけど、捕らえてくれないかな。無理やりヴァルプルギスの異能を植え付けられてる」

「……了解」


 とても億劫だったので、短く返答した。イデオンは拳銃で援護してくれるようだが、自己回復能力が高いのか、彼女には銃弾は効かない様子。なら、やはりスティナが何とかするしかないのだろう。

 肉体に対する痛みには耐性があるスティナであるが、こうした精神感応系の能力には弱い。基本的に、人間と言うのは精神的な痛みに弱いらしい。と、オルヴァーが言っていた。

 イデオンに支えられながらも何とか立ち上がる。立ち上がってしまえば、あとは気力で耐える。

 いくら能力を植え付けられていると言っても、相手は女性だ。同性であるなら、スティナに分があるだろう。油断は禁物であるが。


 頭が痛い。脳みそが引っ掻き回されているようだ。あまり長く立っていられない、となれば、早めに決着をつけるに限る。スティナは地を蹴った。相変わらず、目の前が涙でにじんで見えにくい。

 一気に制圧してもらおうと右腕を左肩を越して後ろに引いた。顔をあげた金髪の女性の瞳が眼に入る。うつろな空色の瞳だった。


「!」


 金髪の女性の口が大きく開き、叫び声のようなものをあげた。文字であらわすと『きゃあ』に近いが、そんな可愛らしい声ではなかった。脳内ではなく物理的にダメージを食らった気がする。耳が痛い。

 驚いて足を止めてしまったが、もう近くまで来ていた。手始めに口をふさぎ、左手で彼女の右手首をつかんだ。足払いをかける。

 そこで思わぬ反撃にあった。バランスを崩したかに見えた相手が空いている手を地面につき、回し蹴りを繰り出してきた。スティナはとっさに手を離し距離をとる。まだ頭がぐらつくが、体を動かすと少し意識がはっきりしてきた。こういうところが、彼女は脳筋と言われるのである。自覚は一応ある。


 イデオンはこの女性に能力が植え込まれている、と言っていたが、事実であったようだ。身体能力が人間のものではない。

 これを言うと、『スティナちゃんもでしょ』とイデオンは笑ったが、彼女は自分の身体能力は人間の域を出ていないと思う。たぶん。

 人間の身体能力を超えた者同士が戦えばどうなるか。まあ、答えは簡単であるが、人知を超えた肉弾戦である。


 おそらく、同程度の能力を持った男が相手であれば、スティナはとっくに制圧していただろう。だが、相手は女性だった。ここでスティナの妙なフェミニストっぷりが発揮されている。相手が女性とわかっていて、銃弾をぶち込んだイデオンの方が状況判断ができているかもしれない。

「スティナちゃん!」

「わかってる!」

 イデオンの声に、スティナは叫んだ。自分の声で、頭が痛かった。

 とっさの判断力には定評があるスティナだ。今回はイデオンに背中を押された形であるが、スティナはとび蹴りを金髪の女性の腹に食らわせた。その勢いのまま回し蹴り。もちろん反撃もあるが、スティナはそれをあえて食らった。相手に能力があるので通常の打撃よりも威力があるが、精神攻撃で少しぼうっとしているスティナは、攻撃を食らうくらいでちょうど良い。目が覚める。……覚めるどころではないのかもしれないが。


「ちっ」


 スティナは舌打ちしつつ後方にさがる。再び精神攻撃を間近で喰らったら、倒れてしまうかもしれない。

 と、スティナと金髪の彼女の間を一閃の矢が通り抜けた。エクエスの力の乗ったその矢は、金髪の彼女の動きを一瞬であるがひるませた。

「アニタか」

 スティナは結界の外からの援護にそうつぶやき、一気に間合いを詰めて軽く手を払った。顔面に風がかかり、相手が目を閉じる。

 右腕を首に当て、強く押し、右足で相手の足を絡めて引き倒す。スティナはそのまま馬乗りになり、首を絞めた。殺すつもりはない。気絶させるだけだ。

 この空間を保っているのは彼女だ。彼女が結界をとくか、彼女を気絶させるしかない。

 頸動脈を圧迫し、彼女が落ちた。と同時に空間も崩壊するが、スティナも自立できずに倒れた。


「おーい、大丈夫か?」


 声をかけてきたのはリーヌスだ。その隣にいるのはアニタで、二人で倒れた金髪の彼女を拘束しに来る。イデオンはスティナを助け起こした。

「無理させたね。ごめん」

「……お前のせいじゃないだろ」

 スティナは素っ気なくそう答えた。巻き込まれたゼミ仲間たちの状況が気になるが、それどころではない。まだ頭の中がぐわんぐわん言っている。イデオンが支えてくれているのをいいことに、彼女は体の力を抜いた。
















 特殊監査室本部に戻ったスティナは、そこで精密検査を受けた。脳波の測定などをされたが、特に異常は見られなかった。精神攻撃と言っても、精神汚染などはされなかったらしい。

 イデオンを含め監査官たちは、エクエス、もしくはヴァルプルギスの能力を移植された人間を探していた。そう言ったものたちが、スティナやアニタたち、討伐師の所在をリークしたのではないかと考えたのだ。そして、それは当たっていた。

 所詮、移植された人間は末端。いざと言う時に切り捨てることが前提であるので、あまり有力な情報は得られなかったが、これでひとまず情報がながれる心配はないし、何人かを生きて捕まえているので、事情を聞くことができるかもしれない、と言うことだった。


 ちなみに、アニタの学校に潜入している移植された人間を見つけるのに向かっていた監査官はリーヌスであるらしい。一足先に解決して、スティナたちの方に来てくれたそうだ。

 まあ、うまく行ったからこれ以上は何も言うまい。ちなみに、マリーのストーカーはちゃんと警察に逮捕されている。


 それともう一つ。スティナに、弱いが精神感応系能力があるとわかった。彼女の念動力系の力が強すぎてそれに埋もれていたようである。一年ほど前、原因不明のスティナとイデオンの入れ替わり事件が起こったが、どうやらスティナの方が原因だったようだ。わかっていたけど。

 よくわからないのだが、スティナが対峙した金髪の彼女は精神感応系の能力を植え付けられていたが、それがスティナと共鳴したらしい。リーヌスが対峙していたら余計にひどい目に遭っていたことだろう。

 それにしても、一般人に能力を植え付けるという実験をまだやっていたのか。この問題は結構根深そうである。


 この時のスティナには、この問題が自分の将来にまで関わってくるなど、知る由もなかった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


番外編、まだ続きます。

番外編と言うよりは続編にした方がいいような気もしなくはないです。


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