楽しい大学生活【7】
お泊り会の翌日にマリーの恋人、ラルフが旅行から帰ってきた。そのため、スティナはマリーを彼に任せることにした。心配ではあるが、スティナもいつも暇なわけではない。実際、この一週間でヴァルプルギスを八体討伐している。我ながら恐ろしい数だ。
だが、ゼミで会うマリーから話を聞くに、やはりストーカー行為は続いているようだ。そのため、ラルフがどうしてもマリーと一緒に居られないときは、スティナたちが代わりに彼女の側にいることにしていた。
当たり前だが、別の学部のラルフよりも、同じ学部の同じゼミであるスティナたちの方がマリーと居る時間が長くなってくる。この時間なら、マリーはシーラと一緒にいるはずだ。
一方のスティナとディーサは一緒にいた。先ほどまで受けていた講義が同じだったのだ。すっかり待ち合わせ場所となっている研究室に向かいながら、ディーサが言った。
「正直さ。マリーとシーラの組み合わせって心配なんだよね」
唐突過ぎるディーサの言葉に、スティナは「何故だ」と素直に尋ねる。ディーサは苦笑を浮かべた。
「だって、あの二人、気は強いけど肉体的には一般女性でしょ。あたしとかスティナなら、それなりに腕に覚えがあるからさぁ」
「ああ……まあ」
スティナに関しては『腕に覚えがある』どころの話ではないのだが、そこは受け流すことにした。
つまり、力づくで来られたら、マリーやシーラには防ぐ手だてがないと言いたいのだろう。まあ、スティナとしても度胸と思い切りの良さがあるだけで、力的にはそこまで強くはない。何度も言っているが。
研究室に行く前にディーサがカフェラテを買いたいと言うので、スティナも一緒にカフェテリアに向かった。そしてその道すがら、悲鳴を聞いた。ディアナとスティナは目を見合わせ、野次馬根性的にそちらに向かった。そして「ラルフ!」と言う声を聴いて、悲鳴をあげたのがマリーだとわかった。
ほかにも悲鳴を上げて逃げてくる学生がいるので、何かあったことがわかる。人ごみをかき分けながら目的地に到着すると、倒れたラルフをマリーが抱き起し、そのそばでシーラが蒼ざめておろおろしていた。
そして、ラルフの二の腕から滴る赤い血と、彼を無表情に見下ろすナイフを持った男を認めた途端、スティナは動いた。少し遅れて、ディーサもついてきた。
「ちょっと! 大丈夫!?」
ディーサがマリーたちに声をかける。マリーはぼろぼろ涙をこぼしながら「ディーサぁ……」と弱弱しく名を呼んだ。ディーサがよしよしとその頭を撫でて、シーラに指示を出しつつラルフの手当てを始めた。
一方のスティナは、ナイフを持った男の正面に立っていた。剣呑にその男を睨み付ける。
「……背格好からして、お前がマリーのストーカーだな」
スティナはそう判断した。何度かマリーのストーカーを目撃しているが、顔まではわからない。しかし、背格好からして、彼に間違いないだろう。
「俺はその薄汚い男から彼女を守っているだけだ」
ストーカーの言い分である。イデオンからいくつかストーカーの事例を教えてもらったが、その中に、ストーカー相手を守っているつもりになっている、というものもあった。その実例に出会ったようだ。
「スティナ! 気を付けなよ。そいつ、確か総合格闘技のプロだから!」
何気に情報通なディーサが情報をくれた。スティナは「ほお」と目を細めた。邪魔なので、伊達眼鏡をとる。
「つまり、手加減は必要ないと言うことか」
スティナの口元に軽い笑みが浮かんでいた。その笑みを見た彼女の友人たちが慄然とする。覚えたのは……恐怖だ。
いつも言っているが、スティナはやると言ったらやる女だ。度胸と思い切りの良さと、そして、とっさの判断力に定評がある。
総合格闘技はその名の通り、様々な武術を使用する格闘技だ。打撃系の武術を使用するならともかく、組技系を使用するなら、スティナは分が悪い。彼女が習っているのは格闘技ではなく、戦闘術だ。相手を殺傷するのが目的であり、さらに、ヴァルプルギスは基本的に組技を使用しないので、対策としては取り入れられていないのだ。
「邪魔をするなら、お前も始末してやる!」
ストーカー男がナイフを振り上げた。それがなかなか様になっている。力強く振りおろされたそれを避け、スティナは男の手に蹴りを食らわせた。相手がバランスを崩したのを見て足を踏み込み、鳩尾に拳を叩き込む。
男はかはっと息を吐きだしたが、それだけだった。気絶させるには至らない。ちゃんと急所を突いたのだが、スティナの腕力が足りなかったのだ。
「ちっ」
舌打ちして距離をとる。とりあえず、落としたナイフは蹴って遠くにやった。あまり近くにいると、スティナに不利だ。相手の方がリーチもあるし。
男が構えをとった。ここでやめてもいいのだが、強い相手とまみえると戦って見たくなるのが格闘家らしい。この男もその例にもれなかったようだ。つまり、スティナを『手ごわい相手』と判断したと言うことである。
「っ!」
繰り出された早い拳をスティナは間一髪で避ける。続いた回し蹴りをいなしつつ、スティナは男を蹴りつけた。蹴倒す勢いで蹴ったのだが、ウェイトが足りなかった。筋肉質なため一般女性より体重のある彼女だが、この大男に比べると軽いだろう。本気で手加減している場合ではなさそうだ。
背後をとることができればいいのだが、そう簡単にはいかなかった。お互いを殴る蹴るの応酬が続く。それをはらはらした様子でディーサたちが見守っている。
スティナは急所である首に拳をたたきつけた。だが、その手首をつかまれる。まずい、と思ったと同時に体が宙に浮き、カフェに並べてあったテーブルに突っ込んだ。投げ飛ばされたのだ。大きな音を立ててテーブルが倒れ、その上にスティナは身を起こす。ディーサたちの悲鳴が聞こえた。
「いってぇ……」
とっさにかばったので頭は打っていないが、さすがに痛い。やはり分が悪かった。おとなしく警察を呼び、逮捕してもらえばよかったのかもしれない。
自分の体の上に影ができ、スティナは顔をあげた。男が拳を振り上げた。角度的に、重い拳を受けることになるだろう。まあ、ヴァルプルギスに比べれば大したことないだろうし、内臓破壊くらいですむだろうか。
避けられないし、攻撃を受ける覚悟を決めたスティナだが、拳は振り下ろされなかった。
「……えっと。止めたらまずかった?」
のんびりとそんなことを言ったのは、イデオンだった。その顔を見てほっとしたスティナだが……ちょっと待て。
「なんでお前がここにいるんだ」
すると、イデオンは困惑気味に笑った。
「ちょっといろいろあって……っと」
言葉を切ったのは、男が拳を放ったからだ。監査官になったばかりのころなら避けられなかっただろうが、軍事訓練も受けて明らかに成長しているイデオンは難なく避けた。反射的に男の腹に膝を叩き込んだ。
男の体が折れ曲がる。スティナならここで現れた首筋に手刀と叩き込むところだが、さすがにイデオンにはそんな芸当はできなかったようだ。イデオンは男の腕をひねりあげながら持ち上げ、床にたたきつけた。かなりすごい音がした。スティナはゆっくりと身を起こし、イデオンに投げられた男をつま先でつついた。
「……気絶しているか。見事だな」
「あはは。ありがとう」
スティナが言えることではないが、相手を叩きのめして笑顔でいるイデオンはちょっと怖い。
それにしても鮮やかな手並みだった。男の体格はイデオンよりよかったのだが、さすがに軍事訓練を受けてきただけあるということか。
初期のころはともかく、今ではもうスティナはイデオンに力で勝つことはできないだろう。もともと、女性より男性の方が筋力があるものだ。と言っても、スティナはイデオンと真正面から戦って負けるとは思っていない。
「スティナちゃん、怪我はない?」
テーブルに思いっきり突っ込んでたけど。と、イデオン。そこから見ていたのならもう少し早く助けてくれればよかったのに、と思うのは我がままだろうか。
「平気だ。ディーサ、警察に通報」
「う、うん」
唖然としてこちらを見ていたディーサにそう指示し、ラルフも無事であることを確認してからスティナはもう一度イデオンを見上げた。
「それでお前はなんでここにいるんだ」
「ちょっと調べ事だよ。ついでにスティナちゃんと帰ろうかなって」
ニコリと邪気なく笑みを浮かべられ、スティナは目を細めた。どうやら、スティナに対してでも話す気はないようなので、あきらめてマリーたちの方に向かった。
「大丈夫か?」
声をかけると、マリーがうなずいた。
「うん……むしろ、スティナは大丈夫?」
「平気だ」
ちょっとぶつけた肩が痛むが、まあ、痣になっているくらいだろう。問題ない。ラルフも、ディーサの処置が的確だったのか傷は思ったよりひどくない様子。
後は警察が来るまで待つ……と思ったのだが、いきなり周囲の空気が変わった。もともと、この辺りにはスティナたちしかいないのだが、その場にいた是認がその違和感のある空間に飲みこまれた。
「……ん?」
周囲の景色は変わっていないし、他のみんなも違和感に気付いた様子はない。スティナだけが気づいた。嫌な予感しかしない。
「どうかした?」
きょろきょろするスティナに、シーラが首をかしげた。スティナは何となく腰に手を当てて「いや……」と答えになっていない声を吐き出す。
その時、スティナの頭の中に高い鐘の音のようなものが響いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
イデオンも成長しております(笑)
戦闘力はやはりスティナの方が上ですが、腕力だけならイデオンの方が強いかもしれません。
イデオン、ひょろっとした優男の予定だったのにどうしてこうなった……。




