楽しい大学生活【3】
スティナは結局、警察病院で応急処置を受け、そのまま事情聴収された。今回は目撃者も多く、記者が悪質だったために特におとがめなしで解放された。と言っても、彼女は警察病院の病室にいた。マリーもここで治療を受けたが、シーラやディーサと共に先に帰ってしまった。スティナはお迎え待ちである。折れた肋骨が肺に刺さり、気胸になりかけていた彼女は、安静を言いつけられてベッドの上の住人となっているのだ。
「おーい、迎えに来たぞ」
そう言ってドアを開けて中に入ってきたのはオルヴァーだった。スティナは「ノックくらいしろよ」とツッコミを入れる。すると、オルヴァーは顔をしかめた。
「だってお前なぁ。俺だって忙しいんだぞ。何でくっつけた肋骨が折れるんだ」
「くっつけただけだろ。治ってない」
だいぶましになったが、まだ話すと痛い。治癒術の偉大さがわかった。
「まあ、普通の生活には支障がないからってことで後回しにしたのは確かだからな……ほら。治してやるから戻って手伝え」
オルヴァーはそう言ってもう一度スティナの折れた肋骨をくっつけ、ついでに肺の穴もふさいだ。いや、こっちは普通に治療で治してもらったのだが。
彼が話をつけてくれたので、すんなりと退院できた。いや、そもそも入院してないか。オルヴァーが乗りつけてきた車で監査室本部まで向かう。
「っていうか、オルヴァー、今アカデミーにいるんじゃねぇの?」
「まあなー。でも、事務処理終わんねーし」
「ああ……まあ」
将来のためとはいえ、事務処理が苦手なスティナが手伝っているために余計に手間がかかっているだけのような気もした。
特に大変なのは、亡くなった討伐師、および監査官の行っていた職務の引継ぎだ。一応、誰がいつ亡くなるかわからない職種ではあるので誰が何をしているかが大まかにわかるようになっている。しかし、実際にその人が作ったマニュアルなどを見て仕事ができるかは別だ。今回、どちらにも被害者多数であったために大変なことになっているのだ。
特に、エイラの職務を引き継ぐことになったミカルは大変そうである。一応、スティナは補佐の補佐と言う立場にあるが、ミカルに言われて動いているだけなので、ほぼ雑用係と変わらない。
ミカルにかわりアカデミーの校長となったオルヴァーも事務を手伝っているちょっとわけのわからない状況だ。アカデミー側でも提出書類などがあるので、オルヴァーにも本来の業務以上の業務が降りかかっている。なので、スティナが言われた文句は正当であるのかもしれない。
監査室本部に着くと、そこには同じく討伐師のニルスとアニタがいた。二人はスティナを見て口を開いた。
「スティナ!」
「変な奴見なかった!?」
名を呼んできたのがニルスで、問いかけたのがアニタだ。質問の意味が分からなくて、「変な奴?」と聞き返した。
「ほら、『話を聞かせてくれないか』っていう」
「ああ……」
マリーが突き飛ばされたことと、スティナ自身の肋骨が折れたことで忘れていたが、元はそう言う話だった。って、アニタのところにも来たのか。
「雑誌だか新聞だかの記者だろ? 警察に突き出してきた」
「お前、それで警察署にいたの」
オルヴァーがやっと納得した様子で言った。というか、彼のところまで情報が言っていなかったのか。道中説明すればよかったかもしれない。
「え、警察に突き出してきたってどういうこと?」
アニタが驚いたように身を乗り出してきた。彼女がスティナの手を引いて自分の隣の椅子に座らせる。ちなみに、斜め向かいにはニルスが座っていた。
「婦女暴行で現行犯逮捕された」
「何それスティナがやられたの?」
アニタがやはりわからない、と首をかしげる。資料片手に空いている机についていたオルヴァーが「いや」と首を左右に振る。
「それだったら、スティナ自身が過剰防衛で警察につかまってるだろ」
「ああ、確かに」
失礼な連中である。とりあえず、オルヴァーに向かって飴を投げつけ、後頭部にヒットさせる。同意したアニタには手刀を落とした。
「いてぇ!」
「いったーっ! ひっどーい!」
オルヴァーとアニタが騒ぐ。ミカルが「静かにしろ!」と怒鳴り声をあげた。
「だってだって、スティナが!」
「お前らが失礼なことを言うからだろう。いくらそれが真実だったとしても、言っていいことと悪いことがある。スティナだって怒る」
ぷーっと膨れたアニタに対し、ミカルが冷静に言った。というか、彼も大概失礼である。スティナは腕を組んで舌打ちした。
「おい、スティナ。お前、せっかく来たなら手伝え」
「……了解」
ミカルからお呼びがかかり、スティナは腰を上げる。補助席のノートパソコンを起動させつつ、ふと思って聞いた。
「アニタも学校先で捕まったのか?」
アニタが通う高校は女子高である。そこで捕まったのだろうか。
「そうなの! なんで知ってるのって、びっくりしちゃった。顔に出ちゃったかもしれない……」
「まあ、記事になる前に検閲が入るだろ。よく逃げてこれたな」
アニタの口ぶりからして、彼女は記者に何も話していないのだろう。つまり、うまく撒いてきたということだ。スティナも振り払えなかったのに、なかなか手際が良いなと感心していると、真相は違った。
「ニルスが迎えに来てくれたもの」
別の私立高校に通っているニルスであるが、アニタからのSOSを受けて彼女を迎えに行ったらしい。彼なら無難に会話をして記者を追い払っただろう。スティナも彼のような器用さが欲しい。
「それはいいんだけど、問題はスティナやアニタの顔が割れてるってことじゃない?」
ニルスが冷静に指摘した。言われてみれば、確かにその通りである。
「私やアニタのほかには話しかけられたやつはいねぇの?」
スティナが尋ねると、オルヴァーが「確認中!」と答えた。スティナもシステムを起動させながら言う。
「つーか、学校に来たってことは、割れてるのは顔だけじゃねぇってことだよな。名前までは知らないようだったが」
「あー、まあ、お前は眼立つからな」
ミカルが眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。ブルーライトカットの眼鏡だ。アニタが以前「老眼鏡?」などと言って怒られていた。さすがにまだそんな年ではないだろう。アニタにとっては親ほどの年齢であるが。
「私が目立つのは否定しないが、顔を覚えられるほどじゃないと思うんだが……」
スティナは顔をしかめる。彼女が目立つ要素で構成されているのは事実であるが、顔を覚えられるなどよっぽどである。だが、ニルスが苦笑してあっさりと言った。
「男って美人の顔は結構覚えてるもんだよ。スティナ、ただでさえ銀髪で目立つし。それに、結構派手に活動してるじゃん」
あっさりと言われて、そうかもしれない、と思うスティナだ。そうなると、アニタが声をかけられたのはスティナと一緒にいたからかもしれない。
「なんにせよ、これもどうにかしないとな……。討伐師のプロフィールは公開されないが、人の口をふさぐのは不可能だからな。それに、お前らが記者に話しかけられたってことは、それだけ討伐師に注目が集まっているということでもある」
猛然と電卓をたたきながらミカルが言った。話しながら計算して、数字がずれたりしないのだろうか。
「良くない状況だよなぁ……」
オルヴァーもぐっと伸びをしながらミカルに同意した。
「あの事件のあとだからな。一般人にも被害が出ている」
ミカルの冷静な言葉に、アニタがむっとした。
「だって、確かにそうだけど、私たちにだって死亡者がいっぱい出ているわ」
「理屈じゃないんだよ、そういうのは。アニタもわかってるだろう?」
「……それは、そうだけど」
憮然とした表情でアニタが答えた。冷静にツッコミを入れたニルスは苦笑を浮かべる。
「いくらヴァルプルギスを倒して人々を守っていても、市民に被害が出たら僕らは『悪』なんだ。そういった感情は広がりやすいから、僕らも気を付けないといけないね」
ニルスは、本当にしっかりしていると思う。確かに、下手なことをしないように注意しなければならないだろう。
「どこかで手を打たないとな……」
「みんなにもヴァルプルギスを見せてやればいいのよ。あたしたちはこんなのと戦ってるんだって」
ミカルのつぶやきを拾い上げたアニタがそう提案した。確かに、警察や軍隊などではそう言った方法もとれるだろうが、討伐師は無理だ。
「普通、トラウマになるぞ」
ヴァルプルギスを見るのは結構きついだろう。慣れている討伐師ですらたまにどん引きする変化を遂げるヴァルプルギスがいるのだから。
「それに、そんなことをして万が一見学者に被害でも出たら、余計風当たりが強くなるだろ。話題性が弱くなるまで待つべきなんじゃねーの」
スティナは画面と資料の数値を見比べながら言った。あ、どこかで数式間違ってる。
「スティナが珍しく理性的……」
若干引いたようなアニタの声が聞こえ、スティナは振り向いた。
「あのな。本当にいい加減怒るぞ」
「そう言いながら怒らないのがスティナだよね。知ってるよ」
ニルスにまで茶々を入れられた。ミカルに「お前、手を動かせ」と言われて体の向きを戻す。
「この件については、あとでマテウスに相談しておく」
こうして、マテウスによる会見が開かれることになったのである。
ちなみに、マリーと国文学専攻のラルフであるが、大学前で起こった記者による婦女暴行事件での出来事がきっかけで付き合うことになったらしい。「スティナのおかげ」などと言われたが、よくわからないのでスルーしておいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
終わったみたいになってますが、スティナの大学生活はしばらく続きます。
そろそろイデオンを出したい頃。




