ドキドキわくわく里帰り【4】
スティナとロビンが首都に戻る前日。早いが、スティナの誕生日を祝おうと言うことでレストランに来ていた。以前に来た百貨店の中にある店だ。
「とりあえず、誕生日おめでとうと言うことで」
そう言ってにこりと笑ったエドガーがワイングラスを掲げた。スティナとリナもワイングラスを持っているが、さすがにロビンとマーユはジュースだ。
レストランに来ているのは、エドガー、リナ、スティナ、ロビン、マーユの五人になる。ランナルとパニーラは家で留守番だ。
レストランと言ってもカジュアルな店だ。スティナが首都でイデオンやリーヌスたちと食事をとりに行く店に近い。新年になったばかりなので、新年の料理をここぞとばかりに注文した。
「たまには料理しなくていいのはいいわよね」
リナがピッティパンナを食べながら言った。ピッティパンナは角切りにしてあげた肉や玉ねぎ、ジャガイモをいためた料理で、この国の家庭料理でもある。スティナはスモーガストルタに手を伸ばし、その料理を形成しているサンドウィッチを一つ手に取った。
「それでスティナ。実家で年を越した感想は?」
エドガーに尋ねられ、コールドルマ(ロールキャベツ)を食べようとしていたスティナはその手をとめた。
「……まあ、子供たちの面倒を見なくていいと言うのは新鮮だった」
一人暮らしになっても、年末年始の時期にはアカデミーで子供たちの面倒を見ているスティナだ。アカデミーではある程度しっかりする年ごろになると、下の子の面倒を見なければならない。まあ、姉として慕ってくれるから、スティナも構ってしまうのだが。
「これからも帰ってきていいからな」
「次は二人とも、恋人を連れてきてもいいわよ」
心配性のリナも、この一週間ほどでスティナにだいぶ慣れたらしい。率先して手伝いをしたのが良かったのだろうか。あと、雪かき要員としても有効だし。
「私は?」
「お前はまだ早い」
流れに乗じてマーユが尋ねたが、エドガーは即答で否定した。マーユが少しむくれる。彼女に好きな人が居るのは確かだと思うが、父はまだマーユにそれを許していないらしい。
「姉さんは放任なのに」
「スティナは大人だからな」
エドガーはそう言い訳したが、どちらかと言うと、スティナは男っぽい性格だからだと思う。
と、スティナの携帯端末が振動した。マナーモードになっているのだ。何度も振動するので画面を見ると、特別監査室フリュデン支部からの電話だった。
「悪い。ちょっと電話だ」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
隣に座っていたロビンに見送られ、スティナは一度レストランを出た。女子トイレに入り、通話ボタンを押す。
「はい。オークランスです」
『出るのが遅い!』
「外に夕食を食べに出てきてるんだよ。っていうか、名を名乗れ」
『フリュデン支部のヘルゲだ!』
名乗られて、スティナはようやく「ああ」と思った。本部勤務の監査官なら、声で大体判別できるのだが、支部の人間だと声だけでは相手がわからない。名前を聞けば、たいてい面識はあるのでわかるのだが。
「っていうか、何の用だ」
直球で用を尋ねると、ヘルゲはすぐに答えた。
『実は、いま、フリュデンのとある百貨店に監査が入っていてな。証拠が集まって今から討伐に行こうってところで協力してもらおうかと思ったんだが……食事中なら遠慮する』
「それ以前にその百貨店にいるかもしれない」
『なんだとぉ!?』
さすがにヘルゲが驚いた声を出した。
『なんでだよ!』
「たまたまだろ。特にヴァルプルギスがいる感じはしないけど」
今のところ、スティナにはヴァルプルギスの気配を感じられない。まあ、彼女はリーヌスのように知覚能力に優れるわけではないので、彼女の直感はそこまであてになるわけではない。
『んんん。でも、調べでは……』
「それはそっちの仕事だ。私は知らん」
言いよどむヘルゲに、スティナはバッサリ切り捨てた。脳筋であることを否定するつもりがないスティナだ。考えるより動く方が性に合っている。
『うおー。お前、相変わらずさばさばしてるな』
「うるさい。もう切るぞ」
『ああ。ご家族が待ってるもんな。引き留めて悪かった』
「別にかまわん」
リーヌスなら「家族に引かれるようなこと言うなよ」くらいは言ってくるのだが、ヘルゲはそこまで無神経ではなかった。スティナは通話を切り、携帯端末を持ったままレストランの方へ戻った。
戻ったのだが。
「……」
レストランの入り口には、百貨店の警備員が立っていた。この短い間にギャラリーがちらほらと集まってきている。
何かあったのは間違いないが、何があったのかまではわからない。なので、スティナはレストランの入り口に近づいた。すぐに警備員に止められる。
「お客様。危険ですので近づかないでください」
「……中に家族がいるんだけど」
家族と言う言葉が少しくすぐったい。この国の平均的な女性の体格である彼女は、背の高い警備員を見上げて言った。
「何があったんですか」
「……男が、中で銃を乱射したんです。危険ですので、離れてください」
「……」
スティナは無言で後ろに下がった。警備員には怯えて後ずさったように見えただろう。スティナは、顔だけははかなげなので。
こういう時、リーヌスのような知覚能力があるといいなと思う。中の状況が知りたい。マーユたちは無事だろうか。銃を乱射って、音が聞こえなかったのだが。人数は何人いるのだろう。
離れてレストランを見守っていると、警察がやってきてレストランを包囲した。機動隊も来ているようだが。人質が取られているので手出しできない。
手出しができないのはスティナも同じだ。人質が取られている以上、下手に動けない。そもそも、立てこもりは警察の領分で討伐師の出る幕ではない。
いっそのことヴァルプルギスが出てくれればスティナも強行突破できるのだが。そう思っているところに「スティナ」と名を呼ぶ声が聞こえた。
「ヘルゲ、カイサ」
先ほど電話してきた監査官のヘルゲと、軍人上がりの女性監査官カイサだ。二人とも、スティナより体格がいい。
「人質事件だって? お前の家族、あの中?」
「ああ」
「へえ。お前なら突っ走っていくかと思ったのに」
ヘルゲがさりげなく失礼であるが、スティナはそこまで常識はずれではない。たぶん。自分が動けば人質が危険であると言う自覚はある。
「いっそヴァルプルギスが出てくれればね……」
と、さりげなく思考がスティナと似ているのはカイサである。そこでふと、ヘルゲがつっこんだ。
「つーか、お前、身分証見せれば入れるんじゃないのか」
「無理だろ。人間が犯人なんだから。つーか、そもそも身分証は中だ」
一応、討伐師も身分証を持っている。普通のICカードだ。なくすと始末書ものである。偽装防止に手間と金がかかっているらしい。だが、それもレストランの中。
「それで、この百貨店に本当にヴァルプルギスがいるのか?」
「ああ、それは間違いないわね」
カイサがスティナの問いに答えた。ヘルゲもうなずく。
「しかも、二体はいるな。確定したからこっちに向かってたんだけど、まさかこんなことになっているとは」
「討伐師は連れてこなかったのか?」
「あんたがいるでしょ。はい、剣」
「……」
釈然としない思いを抱えながら、スティナはカイサが差し出した布にくるまれた剣を受け取った。
『我らは討伐師制度の廃止を要求する! 討伐師は少年兵と何ら変わりがない!』
唐突に聞こえてきた電子越しの声に、スティナたちは中の様子が中継されていることを知った。犯人側がメディアに声明を流しているのだろうが。
「いるよねー。こういう人」
「脅しが目的? ってことは、今んとこ死者はいないのかな」
ヘルゲとカイサが呆れ調子で言った。スティナは目を細める。
確かに、討伐師の育成は、少年兵と似ていると思う。力があると言うだけで連れてこられ、戦い方を教え込まれる。力があるのだから、戦え、と言われる。
だが、少年兵とは違い、一応の自由は存在する。戦い方を学んだうえで、討伐師になるか決められる。そもそも、エクエスの力が強いとヴァルプルギスに狙われやすいので、自衛のためにも戦い方を知っておくのはいいだろう。
だが、確かに今の時代に当てはめて考えるなら、ナンセンスかもしれない。スティナも、自分で自分はおかしいと思うくらいにおかしいから、一般から見ればやはりおかしいのだろう。
レストランの周囲には、中に人質にとられている人たちの家族も集まってきている。まあ、スティナもその一人であるのだが。おかげでかなり騒がしい。
人に埋もれながらスティナは腕を組み、レストランの入り口を睨んだ。進展は、ない。もう自分がつっこんでいきたいが、状況が全く分からない。
あまり感情の起伏が見られないスティナであるが、だんだんとイライラしてきた。イラついているが、それでも比較的冷静に打開策を考える。だが、本人も言っているように、頭脳労働は向いていない。
その時、レストランの方から悲鳴が聞こえた。銃声はしなかった。はじめもしなかったが、サイレンサーがついているのだろうか。
いや、今のは発砲、という感じではない。一瞬ではあるが、ヴァルプルギスの気配を強く感じだ。スティナは警察機動隊が封鎖している入り口に駆け寄った。そして叫ぶ。
「私を中に入れろ!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
結局こうなる。スティナは引きが強いのです。




