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家族の肖像【3】











 目を覚ますと、眼に入ったのは昨日の夜見ていた討伐師エクエス養成学校アカデミーの寮の天井ではなかった。二段ベッドの上のベッドの下部分が見えた。つまり、イデオンは二段ベッドの下に寝転んでいることになる。


「!」


 イデオンはがばっと起き上がると、体を確認した。見なれた自分のものだ。鍛えられているが華奢なスティナの体ではない。イデオンはベッドについているカーテンを勢いよく開けた。

「おう。おはよう」

「……お、おはようございます」

 最初にミカルと目があった。緩いジャージ姿のミカルだが、その美貌にそぐわず違和感がありすぎだ。ジャージが似合わない人も珍しいが、この美貌ならさもありなん。

 彼と向かい合っているのはスティナだ。銀髪をたらし、シャツとスラックス姿である。昨日、イデオンがスティナの体にいるときに着替えた服装と寸分たがわない。ちなみに、現在のイデオンはジャージを着ている。昨日、スティナがまだイデオンの体にいるときに着替えたのだ。その姿で腕を組んで仁王立ちする姿はかなりシュールだった。自分の姿だけど。

「おはよう」

「うん。おはよう。スティナちゃん、朝から美人だね」

「うるせぇよ」


 よし。ちゃんとスティナの中にスティナがいる。これは間違いなくスティナだ。そのことに、イデオンは心からほっとした。


「やっぱり間違いなくスティナだな。イデオンもちゃんとイデオンだな。結局原因不明だが、戻ったから良しとするか」

 ミカルはあっさりと原因追及をあきらめた。なんとなかったのでオールオーケーと言うことだろうか。

「一応、あとで健診受けろよ。それと、スティナは能力の確認」

「ああ……相手はお前がしてくれるんだろうな?」

「私以外は相手にならないだろうからな……スティナ、お前、朝っぱらから人殺してきたみたいな顔になってるぞ」

「元から私はこんな顔だ」

 入れ替わっている間にやられたことを根に持っているのか、スティナが凶悪にミカルを見上げていた。それを見て、イデオンは笑う。これでこそスティナ。

「とにかく、着替えて食堂集合だ。時間厳守。いいな?」

「了解」

 ふざけてイデオンと、悪乗りしたスティナも敬礼をする。しかし、二人の敬礼の方法は違った。イデオンは一般的な挙手の敬礼をしているが、スティナは拳を握った右腕を胸の位置まで上げ、肘をまげて水平に拳を胸のあたりに置く敬礼をしていた。敬礼にもいくつか種類はあるが、初めて見るやり方だ。

「何それ。討伐師の敬礼?」

「そうだ」

 スティナがうなずいた。いよいよ軍隊じみてきたな、討伐師。


 イデオンは寮に来る前に購入してきた服に着替えた。と言っても、ズボンにトレーナーを着ただけだ。合流したスティナも似たようなものだった。彼女の場合は、トレーナーではなくシャツだったけど。上にカーディガンを羽織っている。


「おーい。スティナ姉ちゃん」


 子供たちに声をかけられて、イデオンは微笑んで「おはよう」とあいさつをする。それを見た子供たちは言った。

「あ、元に戻ったんだ」

「性格逆の方がよかったんじゃねぇの?」

「余計なこと言ってないでとっとと食堂に行けよ」

 すっかり元通りであるスティナが剣呑に言った。昨日も真っ先に出てきたバートが「それでこそ姉ちゃん」と笑っている。ここの子たちは強いな。


「おはよーう!」


 朝からテンション高くスティナの後ろ姿に飛び着いてきたのはアニタだ。まだ十五歳である彼女は、当然ここで寝起きしている。

「朝っぱらから元気だな」

 かなりの勢いで飛び着かれたにもかかわらず、スティナは軽くよろめいただけでほぼ不動だった。彼女の言葉を聞いて、アニタはおや、と言う顔をする。

「元に戻ったんだ?」

「そうだよ。悪いか」

「ううん。まあ、もう少し笑顔なスティナを見たかったのはあるけど」

「やめろ。気持ち悪い」

「自分で言ってたら世話ないね」

「それと、重い」

「ひっどーい!」

 アニタを引きずったままスティナが食堂にたどり着く。そこでさすがのアニタも離れた。先にいたミカルと四人でテーブルを囲む。

「結局どういうことだったの?」

 アニタが尋ねると、ミカルとスティナがそろって「さあ?」と首をかしげた。原因は不明である。


「ぶつかった衝撃か、ヴァルプルギスの能力か、スティナの能力かのどれかでしょ。選択肢、三つじゃん」


 アニタが冷静に言うが、わからないものはわからない。問題のヴァルプルギスはスティナが倒してしまっている。ミカルに思いっきり頭をぶつけられたが何もなかったし、スティナにはやはり精神感応系の能力はないらしい。

 ゆえに、謎なのだ。

「まあ、元に戻ったならいいけど」

 とアニタもあっさりしている。討伐師、心が強い。


「おはよう!」


 朝食が終わってすぐ、白衣を着た男がやってきた。オルヴァーだ。イデオンはこっそり、彼が来る前に元に戻っていてよかった、と思った。

 食後のコーヒーを飲んでいた四人はオルヴァーを見る。

「なんか面白いことになってるらしいなぁ」

「お前、帰れ」

 開口一番スティナがズバッと言った。にやにやと笑っていたオルヴァーは驚いてスティナを見る。

「何々? もう元に戻ってんの? 笑うスティナを見てみたかったんだけど」

「見世物じゃねぇよ。帰れ」

 二回言った。

「写真ならあるぞ」

「おい、ちょっと待て。なに撮ってんだよ」

 スティナが向かい側のミカルの手をつかんだ。彼は携帯端末を取り出しており、写真を見せようとしていた。そう言えば、撮られた覚えがある。

 ミカルとスティナで力比べが行われている。手を引こうとするミカルと、押しとどめようとするスティナ。そんなに笑う自分を見られるのが嫌なのか。

 だが、これは単純な性差の問題だと思うが、ミカルが勝った。巻けたスティナがぺしゃっとテーブルに突っ伏す前で、ミカルが写真をオルヴァーに見せた。


「うわ、何これ。違和感しかない」


 笑いながらいうオルヴァーの足を、復活したスティナが思いっきり蹴りつけた。
















 健診が行われたあと、スティナの能力確認が行われた。今日は休日なので、討伐師候補の子供たちも見学している。イデオンも見学していた。

 オルヴァーも見ていたが、スティナの能力的には特に問題がないらしい。ちなみに、イデオンも彼の健診を受けているが、イデオンが受けた限りでは、普通の健診と変わらなかった。


「よし。大丈夫そうだな。しかし、肉体の方も精神の方もエクエスの力を使えなかったのか……面白い事例だな」


 オルヴァーがにやつきながら言った。本人たち的にはまったく面白くないが。

「だが、実際にヴァルプルギスと戦ってみないことには影響がわからんな」

「だな。まあ、スティナだし大丈夫だとは思うが」

 どういう意味だろう、それは。ミカルとオルヴァーの会話に突っ込みたかったが、首を突っ込むのは恐ろしいので黙っていた。

 さらに剣術、体術と一通りの動作確認を行うようだ。周囲でも白兵戦の訓練を始めた子たちがいたが、それらと比べると、明らかにスティナとミカルの動きはおかしい。おかしいと言うか、レベルが違う。ちょっと引いてしまうくらいだ。二人の身体能力もあるだろうが、これは二人とも互いを本気で殴ろうとしているとしか思えない。

 体格と経験でミカルの方がやや有利か。だが、スティナは反射神経が半端ではない。あ、スティナがミカルの顔に裏拳を入れた。

 もろに食らったミカルだが、やはりリーチの差でミカルが有利だ。急いで飛び退ろうとしたスティナが鳩尾に一発くらう。しかし、少し距離があったのでうまく威力がそがれたようだ。


「相変わらず人間の動きじゃね―な」

「……オルヴァーさん。何してるんですか」


 イデオンは近くに来たオルヴァーを見て言った。彼は携帯端末で動画をとっていた。オルヴァーがにやりとする。

「あとで動きを調べるんだよ。あの二人は討伐師としての腕なら一、二位を争う」

「……まあ、そうでしょうね」

 あ、眼を放している隙にミカルが勝ったようだ。スティナが床の上に伸びている。

「さすがにスティナもミカルには勝てないかぁ」

「体格の違いだな。それに、ウェイトも私の方があるのもある」

「ミカルの強さは反則」

「お前それ、自分に跳ね返ってくるぞ」

 オルヴァーに突っ込まれ、スティナは上半身を起こした。そのまま胡坐をかく。こういうところが残念な美女扱いされる原因だ。そして、こういう微妙に男らしいところが、妙に彼女が女性にモテる原因だ。

「スティナ。お前、ちょっとイデオンと組んでみろ」

「は?」

 胡坐をかいたスティナに、ミカルがさくっと命じた。スティナとイデオンの怪訝な声がダブっていた。

「スティナちゃんの相手になるとは思えません」

 一応、イデオンもそれなりの訓練は受けた。特別監察室に配属された以上、鍛えなければ生き残れない。まあ、さすがに幼いころから訓練を受けていた討伐師やリーヌスのようには行かないが、かろうじて自分の身を守れるくらいには……なっていると思う。なっていたらいいな……。

「私も人間相手は嫌だ」

 妙に貫録がある様子でスティナは言った。すかさずミカルから「私は人外扱いか」とツッコミが入る。


「まあ、当たらずとも遠からずじゃね」


 オルヴァーがいらないことを言うと、ミカルが彼の頭に手刀を落とした。

「しいて言うなら、お前の弱点はそこだ、スティナ」

 スティナが無言でミカルを見つめ返した。ミカルはオルヴァーに技を決めた状態で言う。

「お前は手加減が下手だからな。もし対人戦になったらどうする」

「……一応、何度か対人戦はしてるんだが」

 言い訳がましくスティナが言ったが、彼女もそんな言い訳が通じないことはわかっているだろう。


「お前、毎回言い訳している私の身にもなれ」


 ついっとスティナが視線を逸らした。自覚はあるらしい。確かに、スティナが対人戦を行うたびに警察その他に言い訳しているのはミカルだ。

「……スティナちゃん。できるだけ痛くないようにしてくれるとうれしいな」

「……善処しよう」

 とりあえず相手になることにしたイデオンがそう言うと、スティナからは何とも安心できない返答をいただいた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


もとに戻りました。原因は不明です。おそらく、スティナに知覚できないくらいの弱い精神感応があるのでしょう。

そして、心の強い討伐師ですが、逆に言うと心が強くないと生き残れないのです。


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