ルシアの祈り【6】
遭遇早々カバンによる攻撃を受けたイデオンは、さすがにスティナの扱いに慣れてきていた。あまりいたくなかったのでそれに関してはスルーし、スティナの隣にいた彼女より小柄な女子学生に目を止める。
「え、友達?」
「うるせぇ。私生活だ。外野はすっこんでろ」
「いや、スティナちゃんの友達にしては普通っぽいなと」
「お前、延髄破壊するぞ」
「死んじゃうよー。っていうか、せっかくできた友達なんだから、猫かぶりなよ」
リーヌスに影響されたせいか、イデオンのスティナの扱いもだんだん雑になってきている。今度は脛を蹴られた。まあ、やはり痛くなかったが。
「え、何々彼氏さん? スティナ、可愛いものね」
「そっちもこっちもなれなれしいな」
同級生らしい女子学生にからかわれ、スティナはいら立ち気味に言った。さすがに彼女も一般女性に手を上げたりしない。妙に紳士的というか、男気のある性格なのである。可愛いけど。
「ごめん、スティナちゃん。ちょっと話したいことがあるんだけど……」
イデオンははばかるように女子学生を見た。彼女は心得たとばかりに微笑み、スティナを見上げて言った。
「それじゃあスティナ。クラブに入ること、考えておいてね。あと、彼氏さんは大事にね」
「いや、違うし」
後半部分にかかる否定だろう。イデオンは苦笑した。とりあえず離れて行く女子学生を見送りつつ、スティナに声をかける。
「仲がいいんだ?」
「いや、今日初めてしゃべった」
「え、そうなの?」
そうは見えない仲の良さだったが。見かけによらないのか。スティナが言ったように女子学生がなれなれしいのもあるだろうが、スティナが意外と女性に優しいのもあるだろう。
「とりあえず、ちょっといいかな」
イデオンが尋ねると、スティナはおとなしくイデオンについてきた。駐車場に停めた車に乗り込み、車を出す。
「で? 何しに大学まで乗り込んできやがったんだ」
頬杖をつき、スティナが眼を細めて睨んでくる。なまじ顔立ちが整っているので、結構な迫力だ。
「話があるって言ったじゃん」
「お前、リーヌスに似てきたな」
ははは、とイデオンは笑い声をあげた。スティナはため息をつく。そこでイデオンは話を切り出した。
「実は、ルシアの祈りなんだけど、どうやら下部組織みたいのがあるみたいなんだ」
「そりゃああるだろうな。宗教団体なんだから」
スティナはさらりとしたものだ。立場上、宗教団体に遭遇することが多いのかもしれない。
「で、大学のクラブの中にも紛れ込んでるみたいでさ。ちょっと意見を聞こうと思って」
メールでもよかったのだが、やはり直接会って話す方が齟齬が少ないし、情報漏洩の危険性も少ない。そう思ってこうして直接会いに来たのだ。
「ああ……」
スティナが頬杖を解いてイデオンの方を見た。
「たぶん、そのクラブを見てきたわ」
「え、ホント?」
イデオンは驚いた。彼女がクラブ活動に興味があるとは思えなかった。むしろ、彼女の趣味は何だろうか。
「勧誘広告を見たら、ルシアの祈りが言っていることによく似ていたからな。見ていたらさっきの女学生に声をかけられた」
「じゃあ、あの子もそのクラブの一員なんだ?」
「そう言うことだな」
スティナが流れていく外の景色を見ている。そして、広場に差し掛かった時ふと言った。
「腹が減った」
「せめておなかがすいたと言ってよ。はいはい。屋台に行きたいんだよね」
そう言ってイデオンは苦笑し、車をパーキングに停める。こうしていると本当にデートみたいだ。ちょっと楽しい。
買ってあげたホットサンドに豪快にかぶりついたスティナだが、豪快なのにどこか洗練されたように見えるから不思議だ。イデオンも同じものをかじる。
まだ寒い時期だ。すでに日が傾いており、暗くなりつつある。今日はこのままスティナを送って行けばいいだろうと思った。
「実は、スティナちゃんに言われたとおり、入信しようと思ったんだ」
「ほお」
「断られた」
「マジか」
スティナは口の中のものを飲みこんでから言った。
「宗教団体側が入信者を選ぶことってあるんだな」
「あ、スティナちゃんも驚いた? 僕もだよ。びっくりした」
まさか先方から断られるとは思わなかったのだ。
「それで、僕は何か判断基準があるのではないかと思った」
「当然だな。リーヌスは入信できたんだから」
そうなのだ。潜入にあたって、リーヌスは彼の宗教団体に入信している。リーヌスとイデオンの違いは何か。
「エクエスの力かなぁって」
「やはりそう思うよな」
スティナはホットサンドの最期のひとかけらを食べ、ナプキンで口元をぬぐい、温かいコーヒーを飲んだ。
「こちらも同じだ。ヴァルプルギス研究会とか言ったか……おそらく、ヴァルプルギスによって家族や仲間を失ったものを選んで引き込んでる」
「スティナちゃんも、そうだもんね」
「まあな」
イデオンが監査官になって半年ほどだが、すでに何人かの仲間の死を目の当たりにしている。目の前で死んだのはまだ見たことがないが、この先、そう言う光景も当たり前になるのだろう。
そんな環境に、スティナはずっといるのだ。彼女が討伐師として見いだされたのは、彼女がたった三歳の時だったという。それだけ、彼女の力が強かったのだ。
訓練期間は人それぞれだと言うが、スティナは九年間の訓練期間を経てエイラの弟子として、討伐について回るようになったそうだ。
というか、スティナの戦闘力が抜きんでており、彼女は一人で討伐に向かうことが多い。いや、監査官が一緒だから正確には一人ではないが、ヴァルプルギスに確実にとどめをさせるのは討伐師だけだ。通常、ヴァルプルギスの討伐は討伐師二人以上によって行われるらしい。スティナと組むことが多いイデオンは、それをしばらく知らなかった。
単独討伐が許可されているのは、彼女の実力が認められているからだろう。もしかしたら、彼女が仲間の死をこれ以上みたくないからかもしれない、とイデオンは最近思うようになった。
まあ、それはともかくだ。
「だけど、それじゃあおかしいよね。宗教っていうのは、広く人に開かれているから信者が集まるわけで」
イデオンもコーヒーをすすりながら言った。スティナが無言でイデオンを見上げる。
「こうして選考をかけることがおかしいと思うんだ。実際に僕ははじかれている。何故だろうか」
「……つまり、何かを探している、と言いたいわけ?」
「……うーん。僕の直感だからあてにならないかもしれないけど」
「確かにな」
「うわ、ひどい」
自虐的に自分で言ったが、肯定されると結構ぐさりとくる。イデオンは軽く笑った。
「排除しているとも考えられるよね。多くの監査官はエクエスの力なんてないんだから」
「スパイを紛れ込ませるのを阻止しようとしている、と言うことか?」
スティナの言葉に、イデオンは「違うかな」と尋ねる。スティナは飲み干したコーヒーの缶を軽く振りながら言った。
「確かにお前が言っているように監査官のほとんどは魔力なんてない。だが、実際には訓練の段階で討伐師候補から外されたリーヌスのような存在もいる。現実として、リーヌスは潜入に成功……して……」
スティナの言葉が尻すぼみになり、途切れた。目を細めて少し視線を下げる。イデオンは彼女の顔を覗き込むようにして尋ねる。
「どうかした?」
「……リーヌスは、どうして潜入できたんだろう」
唐突の言葉に、イデオンは「ええ?」と不思議そうにする。
「えーっと。それは、リーヌスさんには弱くてもエクエスの力があるし……」
「それ、どうやって判断するんだ?」
「……でも、スティナちゃんはわかるんじゃないの?」
以前、ヴァルプルギスやエクエスの力を持つ者はわかる、と言っていた気がする。しかし、スティナは首を左右に振る。
「いや、お前じゃないが、私のもほとんど第六感だ」
「でもさ、討伐師候補は子供のころに集められるんでしょ?」
場合によるが、大体十歳までの子供が討伐師候補として見いだされ、訓練を受けると聞いている。スティナは三歳の時だし、リーヌスは八歳の時に見いだされたのだと言う。だから、エクエスの力を感知するのは不可能ではないはずだ。
「詳しいことは省くが、討伐師候補が見つかるのは、その力が強いからだ。実際に、力の強い私は三歳で見いだされているし、逆にあまり力の強くないリーヌスは八歳まで見つかっていない。エイラも確か、四歳の時に候補になったと言っていたな」
「ああ……なるほど」
早くに見つかるのは、その力が強いため。なかなか見つからないのは、その力が弱いため。つまり、エクエスの力は察知できても、力が弱いと見つからないと言うことだ。
「もしかしたら、そう言う知覚能力がある可能性もあるが……だが、どちらにしろ不自然だ。確かに、リーヌスの力は討伐師に比べれば弱いけど、知覚できるくらいには強い。だからと言って、そう簡単に潜入できるものなのか?」
「……うーん。ちょっと待って。よくわからない」
スティナの頭の中だけで話が進んでいる感じで、あまり理解できない。
「とりあえず、エクエスの力とは別に原因があるんじゃないかと言うこと?」
「おそらくな。だが、やつらがその力に執着しているのも事実だ」
「……まあ、そうだよね。でも、エクエスの力は簡単に見分けがつかなくて。でも、信者を集めないと、宗教的には成り立たなくて」
「……初めから、はじかれたのはお前だけ、という可能性はないか?」
スティナの言葉に、イデオンは「は?」と首をかしげた。やはり意味が分からなかった。
「お前が言うように、入信者をすべて断っていては、宗教として成り立たない。だから、断られたのはお前だけだと仮定する。いったんリーヌスのことは忘れる。なぜ、信者になりうるかもしれないお前の入信を断ったのか……」
そこでイデオンは「あっ」と声をあげた。
「僕が、監査官だから?」
「だと考えれば説明がつく。あれに関しての調査はリーヌスに一任されているはずだし、他の監査官が入信したとも聞かないから確かめようがないがな」
スティナの仮説に、イデオンは「すごい」と感動した。
「スティナちゃん、実は結構頭いいよね」
「うるせぇ。遠回しに貶してんじゃねぇか」
「いや、クロンヘルム大学に入れるくらいだから頭がいいのは知ってたけど、なんていうか、考えるより先に手が出るタイプでしょ、スティナちゃんは」
「……否定はしないが」
ああ、自覚はあるのか、とイデオンは何となくほっとした。話を戻す。
「でも、それだとどこかから情報が漏れているか、スパイがいることになるよ」
「それ、結果的には一緒だろ。まあ、そうだろうな。去年の秋に入ったお前が監査官として認識されてるなら、かなり精度の高い情報だな」
「うわぁ。怖いねぇ」
「別に珍しい話じゃない。仲間だと思ってたやつが、実はヴァルプルギスだったことだってあるからな」
「何それ怖い」
「ミカル教官が真っ二つにしてたけどな」
「……」
何それ、ミカル校長も怖い。少しだけ、スティナがミカルを怖がる理由がわかった気がした。
「……じゃあ、僕が入信するっていう手は使えないのか……」
「だが、もう一つ方法はある」
「不法侵入できる器用さは僕にはないよ」
「まだ何も言ってねぇよ。違う。私が入信するんだ」
その言葉にイデオンは目をしばたたかせた。
「え、付き合ってくれるの?」
「乗りかかった船だ。それに、気になることもあるし」
イデオンは歓声をあげた。
「ありがとう、スティナちゃん! さすが! 男前!」
「……それはほめているのか?」
いや、スティナは可愛いけど、中身は結構男気があると思うのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
スティナもイデオンも何気に仲良いです。
討伐師候補の見つけ方はスター○ォーズのジェ○イの見つけ方を参考にしています。スティナは勘だとかなんとか言ってますが、統計があって出やすい血筋もあります。遺伝ですね。実際にミカルとリーヌスの親は討伐師です。
それと、予知です。力が強いと現れやすいんですね。
結論。普通は力を感知できません。




