ルシアの祈り【7】
結果的に言えば、スティナが入信する、と言う方法はうまく行った。一度断られているイデオンだが、スティナにちゃっかりついてきている。彼女が入信時にごねたからだ。
『彼が一緒じゃないと嫌』
彼女の精いっぱいの演技だとわかっているのだが、その慣れない様子ともともとの顔立ちと、元の性格とのギャップで素晴らしくかわいらしく思えた。
ついでに、これで分かったこともある。彼らは、一度入信を断ったイデオンを受け入れることにうなずくほど、スティナの身柄が欲しかったと言うことになる。
三日後の集会にぜひ参加してくれ、と言われて入信手続きを終えた。登録名は本名を使ったが、住所はでたらめだ。というか、スティナが書いていた住所はどう考えても討伐師養成学校の住所だった。
「これで堂々と彼らの懐の中に飛び込めるわけだけど……スティナちゃん、君が強いのは知ってるけど、お願いだから気を付けてね」
「お前こそ足を引っ張るな」
「努力するよ」
戦闘面でも経験でも、スティナの方がイデオンより上だ。慣れてくれば、彼女が遠回しに心配してくれているのがわかるから、イデオンは少しにやけてしまう。スティナは冷たい目でそんなイデオンを見ていた。
三日後、イデオンとスティナは連れ立ってルシアの祈りの集会場に来ていた。見た目は教会に似ているが、正面に置かれている像は聖母ではなく聖女ルシアだ。
「これ、見る人によっては普通の教会に見えるかもね」
「像の違いなんて普通はわからないからな」
スティナにも同意をいただいた。やはり、彼女もイデオンと同じことを思っていたらしい。
「あれ、スティナ?」
あまり大きくない声だったが、その声ははっきりと聞こえた。スティナとイデオンが声のした方を振り返ると、以前、大学でスティナと一緒にいた女子学生がいた。あのあとスティナに名前を教えてもらったが、彼女はシーラと言うらしい。
「どうしたの? あ、もしかして集会に出るの? ということは、入信希望?」
「……まあ、そんなところだ」
一応すでに入信しているが、本気ではないし、集会に出るつもりなのも確かだ。嘘ではない。
「本当に? 彼氏さんも一緒なのね」
と、シーラはイデオンを見てそう言った。すでに訂正するのも面倒くさいのか、スティナは否定せずに「まあな」とうなずいただけだった。
「私としては、シーラがここにいることの方が意外なんだが」
すでに、シーラが所属しているクロンヘルム大学ヴァルプルギス研究会とルシアの祈りのつながりの裏は取れているが、研究会に属する学生が全員信者であるわけではない。大学のクラブとしては、結構まっとうな研究を行っているのだ。
「うん。エイナルに誘われたのよ」
その言葉だけではシーラがすでに入信しているかわからない。だがまあ、深く突っ込むことはせずに、集会場の中に入った。
「スティナちゃん……明らかに罠だけど」
「わかっている」
少し身をかがめて隣を歩くスティナにささやく。スティナも小声で返してきた。
「シーラは私に対する人質のつもりだろう。まあ、これで相手の狙いは私だとはっきりした。お前はリーヌスを頼む」
「了解」
もともと、スティナだと目立ちすぎるため、イデオンが建物内部の調査を行う予定だった。その予定に変更はない。ただ、スティナが自ら罠に飛び込んでいくことになるだけだ。
「スティナちゃん。お願いだから、本当に気を付けてね」
「しつこい」
スティナがイデオンの頭を軽く押しやった。これがリーヌス相手ならたぶん、蹴られているのだろう。
よくわからないのだが、集会場に入る前に男女に分けられるらしい。そこでスティナ、シーラと別れたイデオンは、待機場所に入らずにそのまま建物の奥に入っていく。進入禁止の看板など無視だ。だいぶリーヌスやスティナに毒されてきたな、と思うイデオンだ。
とりあえず、見つからないように進むのが優先だ。リーヌスを見つけられればよし、見つけられなければ……あきらめなければならない。
だいぶ勢力を拡大してきたとはいえ、全体で見ればまだ小さな新興宗教であるルシアの祈りだ。フェルダーレンにいくつか関連する建物はあるが、この集会場は最大の大きさになる。
だから、おそらくリーヌスがいるのならここではないか、とイデオンとスティナは考えた。スティナがリーヌスの居場所を探れればよかったのだが、彼女は知覚能力が低いらしい。一応、相手がヴァルプルギスか、討伐師か、ぐらいの見分けはつくらしいが、リーヌスのエクエスの力はあまり強くないので、彼女には感じ取れないらしい。
さらに、調べていくとこの集会場の地下には、どうやら大きな空間があるのではないか、ということになった。何に使うかはわからないが、何らかの儀式を行うためのものだと考えられる。そして、人を捕らえるのなら、そこに入れられるのが自然だろう。
まず、地下に降りなければ。どこかに隠し扉でもないかと探し回っていたイデオンは、後ろから衝撃を受けてそのまま気を失った。
△
「何してるんだ、お前」
「!」
頬を叩かれ、イデオンは目を覚ました。ばっと起き上がる。硬いベッドに寝かされていたせいか体が痛い。
「いたたた……あ、リーヌスさん、無事だったんですね!」
自分を覗き込んでいたリーヌスを見て、イデオンは歓声をあげた。だが、リーヌスは彼の頭をたたいた。
「無事だよ、何言ってるんだよ。お前はここで何してるんだよ」
「あ、今の言い方はスティナちゃんっぽいです」
「うるせぇ」
「あいた」
再びはたかれて、イデオンは頭をさする。それから周囲を見渡し、どうやら自分は小さな部屋に閉じ込められていると言うことを理解した。
「で、質問の答えは?」
「あー……」
イデオンは罰悪そうに苦笑した。
「捕まっちゃいました」
「見りゃわかる」
「本当は、リーヌスさんを助けに来たんですけど」
「お前……自分の能力を把握しろよ」
遠回しにお前じゃ無理だと言われたが、イデオンは「スティナちゃんも一緒です」と答える。リーヌスが頭を抱えた。
「お前とスティナとか……すげぇ恐ろしい組み合わせだな。引くことを知らないっつーか」
「……」
かなりの酷評であるが、否定できないことが苦しい。
「で、そのスティナは?」
リーヌスがベッドに腰掛けて足を組みながら言った。イデオンは彼を観察してみるが、思ったより元気そうだ。スティナが言ったように、それなりに丁重に扱われていたのかもしれない。
「途中で別れたので……今は集会に参加してると思いますけど」
「……まあ、あいつなら大丈夫だろうな」
「ええ……まあ、そうですね」
リーヌスでもその結論に達するのだな、と思った。スティナなら、たとえ命の危機にさらされても力技で切り抜けてくるだろう。どこまで行っても、スティナに関する認識はそんな感じ。
なので、スティナのことはひとまず忘れることにする。
「あいつより俺らが問題だなぁ。お前が間抜けに捕まったりするから」
「……面目ありません」
「まあ、一人でも二人でも同じだが」
リーヌスはけろりとして言う。思うに、彼は簡単にここを抜け出すことができたのではないだろうか。あえて残っていたのではないだろうか。
「……リーヌスさん、確信犯ですね」
「何のことだ?」
リーヌスがニヒルな笑みを浮かべる。これもう、絶対に確信犯。
「この部屋、監獄になってるが、扉をぶち破るのは難しくないからな。イデオン、武器は?」
「銃とナイフを持ち込んだんですけど、取り上げられてますね」
「そりゃそうか」
敵を捕まえて、身ぐるみをはがない阿呆はいないだろう。イデオンだってやる。
「俺はあんまり力が強くねぇんだよなぁ」
この場合の力とは、単純な腕力のことではなく、エクエスの力のことだろう。その力が弱いためにリーヌスは討伐師になるのをあきらめたのだ。だが、エクエスの力を完全に封じることができないのもまた事実。
結果として、リーヌスは力技で扉を開いた。鍵が弱かったのもあるだろう。鉄製の扉は、リーヌスが蹴りつけたところがへこんでいた。
「……リーヌスさんも十分、討伐師としてやっていけそうですけど」
「まあ、単純な腕力だったら、さすがにスティナより強いな。だが、やっぱり、ヴァルプルギスと戦うために必要なのはエクエスの力なんだよなぁ。増幅しても俺のは倒すに至らない」
という説明を、見張りの男を縛りあげながらしてくれた。イデオンも殴り倒すのには協力したが、リーヌスほど思い切りが良くなれない。
「鉄製の扉を蹴破れる時点で相当だと思いますけど」
「馬鹿言うな。ニルスなら笑顔でこの扉を丸めるぞ。スティナなら真っ二つに出来るかもしれん」
いや、それはさすがにない。
そんな阿呆な会話をしながら、スティナの行方を探す。ここまで来たら、いったん引いて再度乗り込んだ方がいいだろう、というのがリーヌスの意見だ。まあ、退いている間にルシアの祈りが撤退している可能性が高いが。
集会に出席しているだろうと思われたスティナであるが、その会場にはいないようだった。というか、集会場自体が使われていない。どういうことだ、と二人して地下に戻る。そして、儀式場のような場所に行きついた。両開きの扉をそっと開け……。
「なんじゃこりゃ」
リーヌスのつぶやきは、イデオンの心の中を代弁していた。その声に気が付いた銀髪の女性……もちろんスティナだ……が振り返る。
「片付いたぞ」
マジか。あっさりとした言葉に、思わず顔を見合わせる男二人であった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
閉じ込められているのにケロッとしているリーヌス。こいつも大概変だ(笑)




