27 Mar. -1-
「姫!!!」
甲高い声に振り返ると、ゲーム部の土師和成が、物凄い勢いで走ってくるのが見えた。
ちょい、と脇を突っついて、いたずらっぽく笑う友達を…ぎゅっ、と睨む。
ったく…『姫』は、恥ずかしいから部室だけにしてっつってんのに。
「おはようございます、姫!」
「おはよ…あのさ、あんた」
「俺、実は姫に、大事なお話がありまして!」
「…話?」
「是非とも…ご相談に乗っていただきたきことが」
ちらりと周囲を見渡すと…土師のでかい声に、登校中の生徒達が立ち止まり、不思議そうな顔をこちらに向けている。
その向こう側に…今にも吹き出しそうな顔をした、川瀬の姿が見え。
私は思わず…ため息をついた。
「いかがいたしました姫!?」
「分かった!分かった土師、詳しく聞くから…とりあえず後で!授業に遅刻しちゃうでしょ、ね?」
「本当ですか!?」
目を輝かせ、ありがたき幸せとかなんとか言って頭を下げ…彼はまた、猛スピードで校舎に向かって走り去って行った。
「………馬鹿が」
クスクス笑う友達に、『黙れ』と鋭い視線を向け。
「不知火は幸せ者だなぁ、後輩に慕われて」
背後から聞こえた楽しそうな声に…一層目線を鋭くして、振り返る。
「なんだよ、怖い顔して」
「何よ川瀬!!!あんた馬鹿にしてるでしょ!?私のこと」
んな訳ないじゃん、と笑う川瀬巧は、高校からうちの学校に入ってきたクラスメイトだ。
「俺、中学ん時バスケ部キャプテンやってたけどさ、あんな真剣に『相談に乗ってください!』なんて、言われたことなかったぜ?」
「あっきらかに面白がってるでしょ!?本当いい加減にしてくんない!?私だって色々…」
背の高い川瀬を目を細めて見上げ、文句の一つも言ってやろうと思った…その時。
視界の隅に、事の成り行きを不安気に見守る…部員達の姿が映った。
うちの可愛い部員達は、そんじょそこらの女子よりか弱く、かつ繊細なのだ。
部長の私に『迷惑』なんて言われた日には…ショックで寝込んでしまうに違いない。
喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込んで、とりあえず川瀬をじっ、と睨む。
「何だよ?」
「…行こっ」
一緒に歩いていた友達二人の腕を掴んで、私は校舎に向かって歩き出す。
「おい、どうしたんだよ不知火!」
「うっさいわねぇ、あんたには関係ないでしょ!?」
教室に入ると、窓側の一番後ろの席で、一限目も始まる前から机に突っ伏している、ガラの悪い背中が目に留まった。
ずんずん近づいて、鞄から取り出したノートを丸め…後頭部を思いっきり殴打すると。
ポカン、と気持ちのいい音が、暖房の効いたのどかな教室に、響き渡った。
「って…何すんだよてめ…」
誰にやられたと思ったんだか…滅茶苦茶ガラの悪い声と顔つきで起き上がった水月は、そこまで言ってやっと…犯人が誰であるか気づいたらしい。
居眠りしている生徒を起こす時の先生みたいに、机に顔を近づけている私に、明らかに気まずそうな顔をした。
「て…不知火か」
「なーによ、今の態度。お姉ちゃんに言いつけてやるから」
「いっ…意味…わかんねーぞ、お前」
顔を引き攣らせて粋がる水月は、相変わらず、うちのお姉ちゃんに弱いと見える。
…そんなより。
「あんた、昨夜のこと…睦月に言った?」
囁くような私の声に、馬鹿正直な水月は…たちまち顔を強ばらせた。
「な…なんでそう思うんだよ?あいつ…何か」
「『ありがとう。心配かけてごめん。でも無茶はするなよ』って」
「……………」
「メール来た、睦月から」
机に突っ伏して、あの馬鹿、と…無念そうな声で呟く水月に…睦月の馬鹿は今に始まったことじゃないでしょ、と突っ込んで。
私は周りの生徒に聞こえないように、水月の耳元に顔を寄せた。
「あのね水月、睦月だけならまだいいわ、ましなほうよ。でも…もしこれが、お姉ちゃんの耳に入ったら…大変なことになるのよ!?分かるわね」
「………ああ」
「昨夜のことは、私とあんただけの秘密!今後睦月に何か聞かれても、しらばっくれること!絶対詳しい話しちゃ駄目だからね!さもないと」
血を見るわよ…と、声を低めて凄む私に、水月は叱られた犬のような目を向け…無言のまま、頷いた。
これで、よし。
が…しかし。
自分の席の周りを囲む女友達の好奇の瞳に…思わず、溜息をつく。
「ちょっとちょっとすず!何!?何なの今の!?」
「何…って?」
「だってー!水月くんひっぱたくなんて尋常じゃないでしょ!?」
「どういうこと!?ねえ、別れた彼女と何か関係あんの!?」
うっわぁ………
これだからきょうびのおなごは…と、思わないでもないけど…この状況だったらそう思っちゃうのも仕方ない…のか。
私としたことが、自ら厄介事を増やしてしまうなんて。
にしても…この誤解だけは、なんとしても解かねば。
「あのね、実は…お姉ちゃんのことで、ちょっと」
「何で?ねえ何で不知火先輩のことで、水月くんノートで叩くようなことになんの???」
「それが…深い事情があって」
「あんたさぁー」
友達の一人が、仁王立ちで腕組みしながら、冗談めかした声で言う。
「最近ちょっと可愛くなったからってぇ、ちょーし乗ってんじゃないのぉー?」
他の仲間達が、便乗するように私を取り囲む。
「そうだよー!すず、水月くんとはまあ、お姉ちゃん同士仲良しだったとか、何となくわかんなくもないけどさぁ。どういうことなのよ、最近イケメンに囲まれちゃって」
「い…いけめん???」
しらばっくれんな、という顔で、他の友達が私の背中を叩く。
「か・わ・せ・くんっ!」
「…川瀬ぇ???」
川瀬とは、2年で初めて同じクラスになって、席も隣同士だった。
睦月より背が高くて、スポーツ万能で、女子にも人気があった彼は、かなりの有名人だったのだが。
『お前かぁ。噂のゲームオタクって』
私もかなり、有名だったらしく。
にやにや笑う、川瀬の第一印象は…言うまでもなく、最悪だった。
しかし。
どういう訳か…それ以来、川瀬は何かにつけ、私に絡んでくるようになった。
今朝みたいなことがあると、どこで聞きつけてきたのか、必ず冷やかしにやってくる。
「ばっ…馬っ鹿じゃないの!?あいつは関係ないでしょーが!」
友達の群がる間から、川瀬が男子達と楽しそうに話しているのが見える。
よかった…今のは聞こえてないみたい。
本当?と訝しむ友達に、何度も大きく頷いてみせる。
「当たり前でしょ!?そういう言い方やめてくんない!?迷惑だから」
怒り心頭の私の言葉は、どうも…彼女達には届いていないらしい。
「そうだよねー、いい雰囲気が台なしにされちゃうと、困っちゃうよねー」
「…なっ…何言ってんのよあんた!?」
「かーお、赤いけどぉ?」
「ちょっと!いい加減なこと言うなっつってんの!!!」
「それにさーあ、あの中等部生…土師くんって言ったっけ?相談って何なんだろうねー?」
「へ?」
…そういえば。
さっき、慌ててたからあんまり聞いてあげられなかったけど、結構深刻そうだったかも。
そういや、昨日も…様子、おかしかったな。
「あの子さぁ、あんたの部員の中だと、ちょっと異色じゃない?」
「…何が?」
だってー、と…彼女達は謎の黄色い歓声を上げた。
「かわいくない?色白くてさぁ、目もぱっちりでおっきくて」
「そうかな…チビじゃん、あいつ」
「そういう言い方ないでしょ!?まだ成長期なんだよね、きっと。手足細くってさぁ、女の子みたい!」
かわいいよねー、と頷きあう友達に…ふと、思う。
あいつ女装させたら、女子部員も入るのかな。なんといっても、我が部は私が紅一点で、なんというか…華やかさに欠けるのだ。
けど………なんか、意外。
「あいつ、モテんの?」
「中等部生ではそこそこ有名だよ?オタクっていうか…ゲームばっかりやってるみたいだし、喋り方とかもちょっとあれだけど…もっと髪型気をつけたりとかおしゃれしたりとかしたらさぁ、絶対いい感じになると思う!」
「背だってまだまだ伸びるでしょ?中2だもんね」
「んー………」
天を仰ぐ。
顔がいい?肌が綺麗?土師が?そうか???
私は、よっぽど三次元の男を見る目がないのだろう。
「あー、そういえば」
一人の友達が、何か思いついた様子でぽん、と手を叩く。
「前から思ってたんだけどさ、土師くんて誰かに似てない?」
「えー誰誰???」
「んー…もうちょっと大人っぽくしたら、とか思ったんだけど…誰かなぁ」
すず、どう思う?と聞かれ…唸る。
「知るか」
だいたい私は、そんな視点で男を見たことがない。
アイドルの誰に似てようが、アイドル自身じゃないんだし、アイドル本人だって、自己中だったりヤキモチやきだったり馬鹿だったりするのだ。誰かに似てるからといって、一体何の得になるというのだ。
しかし、周りの友人達はそう思わないらしく、新しいおしゃべりのネタに、愉しそうに飛びついた。
「たしかにー、いそういそう!」
「アイドルとかかなぁ…いそうじゃない?ああいう感じの子!」
「太一くんとかは?」
「えーちょっと違くない?」
「KEIは?」
「んーどうだろ…そっち系かなぁ」
なんかさー勿体無いよねー、と頷き合う彼女達。
ゲーオタだから駄目みたいな言い方は、ちょっと…と思うけど。
とりあえず矛先がそれたことにほっとして、ため息をついたその時。
友達の一人が、そういえばこれ…と差し出した雑誌に…絶句する。
「…何これ!?」
ぶん殴られた後頭部をさすりながら、からかいに来た友達の言葉を生返事で聞いていた、その時。
不知火の、素っ頓狂な叫び声が…教室中に響きわたった。
「なにコーフンしてんのよ、すずー」
彼女を取り囲んでいた女子の一人が、はしゃいだ声で言う。
「もー、いくら表紙がKEIくんのセミヌードだからってー」
……………げぇっ。
綺麗だよねーなどと頷き合いながら、野郎の半裸写真を穴が開くほど眺める、女共の神経が…俺には全く理解出来ない。
「前のドラマでも結構露出あったじゃん?意外とマッチョでびっくりしちゃった」
「でもゴツクないよね、肌も綺麗だしー」
「そうそう!ほら、このへん!背中から腰にかけての…」
そんな会話に…怖気が走ったのは、どうやら俺だけではなかったようで。
バン、と力いっぱい机を叩き、不知火が勢い良く立ち上がった。
「もう、やめやめやめーーー!!!そんな気持ち悪い話すんなら、あっち行って!!!」
「なぁによ、すず、顔真っ赤じゃない?」
「んなわけないでしょ!知らない!!!」
しぶしぶ去っていく女子たちに、不知火はまだ怒りが収まらないらしい。
立ち上がって、小刻みに肩を震わせている彼女に近づき…背後でこそっ…と囁く。
「『なあに、想像しちゃった???』」
「………死ね」
呪いの言葉を優越感いっぱいに聞き流し、教室を出る。
と。
背後に妙な視線を感じて…俺は何でもない風を装って、振り返った。
「あれ………?」
賑やかに談笑している男どもの中で…こちらをじっと見据える、冷ややかな目。
見なかった振りをして、頭を掻く。
「何だ………あいつ」




