26 Mar. -4-
「はあ………」
湯船に首まで浸かり、湯気に白く曇った天井を見上げて…ため息をつく。
「なんだかなぁ…」
目を閉じると、思い浮かぶのは。
『似非巨乳アイドルなんて、ちょろいもんね』
楽勝楽勝、と勝ち誇ったように笑う…不知火の姿。
「…あの馬鹿」
別に、あのタレントのファンだったわけじゃない…けど。
『傷心のあんたに、すかっとして欲しいと思ってさー』
あんな、女の醜い部分を見せつけられて…すかっとするわけないだろう。
『二人には内緒よ』と、釘を刺されていたものの。
人道的にそれは出来ない、と思った俺は、不知火と別れてすぐ、睦月に電話をした。
あいつは………
一瞬、絶句した後。
『女って…怖いな、仁』
ぽつり…と、呟いた。
『だって、あの…『女』なんて微塵も思えないすずが、そんなことするんだぜ?俺…つくづく、文で良かったって思った』
『先輩には…その』
『言えるわけないだろ』
きっぱり言い切る睦月に、でも…と、反論すると。
『自分の名を語ってそんなことされたって知ったら…文、気絶するぞ!?』
一生のお願いだから内緒にしておいてくれ、と泣きつかれてしまっては…俺は口を噤む他ない。
『だいたい、あんなプライベートな話、どこで仕入れてきたんだよ!?』
例えば?と澄まして聞き返す不知火に、思わず顔が熱くなる。
『だから…指輪の裏の文字とか』
『ああ、あれ?そんなん、前にお姉ちゃんに見せてもらったに決まってんじゃない』
『そりゃ…そうだろうけど………ほっ、ほら!他にもあったろ!?色々と…その』
『お姉ちゃんのブラのサイズくらい、洗濯手伝ったりするときに見れるわよ』
『だっ…だから………』
言い淀む俺に、不知火はにやりと意地悪な笑みを浮かべる。
『ああ…あれね』
『……………』
『あんなの、ネットで検索すりゃ、いっくらでも引っかかってくるでしょ?』
ネット…か。
ちょっとほっとする俺に、不知火は得意げに胸を反らした。
『それにさー、前に睦月に聞いたことあんの。『なんだかんだ言って、あんたあの巨乳に惑わされたんじゃないの?』って。そしたら』
『なんか…言ってたのか?あいつ』
『そうそう』
『そうそうって………言ってたのかよ!?』
『ちょーっとだけね。睦月の名誉の為に、どの部分とは言わないけど…まあ、それに尾鰭をくっつけたのがあの話、ってわけ』
『……………』
『お姉ちゃんに冷たくされて、睦月相当参ってたみたいでー。かなり酔っ払ってたみたいだから、本人覚えてないかもしれないけど』
「すげー…やな話、聞いちゃったな」
『なあに、想像しちゃった???』
水月のえっちー、と笑う不知火の顔が脳裏に浮かび…湯船のお湯でバシャバシャ顔を洗う。
「想像したくなんか…ねえよ」
決めた。
やっぱり…先輩にも話そう。
………にしても。
ちゃぽん、という音と共に、青く光る水の塊が、水面からふわりと浮かび上がった。
「一週間くらい前…か」
それじゃ…俺と同じじゃないか。
『変わったこと?』
睦月は、不思議そうに聞き返した。
『そうだなぁ…特にないけど』
何かあったの?と尋ねる睦月に、別に何も、と答えて電話を切ったのだが。
「あいつ…俺たちとは状況違うもんなぁ」
『GAME』。
それは、『賢者の石』と呼ばれる、不思議な石をめぐる戦いだった。
炎の精霊、サラマンドラ。
風の精霊、シルフィード。
土の精霊、ノーム。
そして。
水の精霊、シルフィード。
ゲームマスターが勝者を宣言することで、勝者の願いを一つだけ、叶えることが出来るという。
だが、その為には…ゲームマスターの命を捧げることが必要だったのだ。
『ゲームは引き分けです』
ゲームマスターである、不知火先輩の宣言により…勝者を決めぬままゲームは流れ、賢者の石は精霊使いの手によって無に帰され、精霊たちはそれぞれの場所へと戻って行ったのだった。
『いつか、また会いましょうね』
「…ウンディーネ」
水の精霊の優しい笑顔が…瞼の裏に広がった。
『あんた、ウンディーネはもういいわけ?』
あの子と付き合い始めた時、不知火は怪訝そうな顔でそう言った。
耳まで湯船に沈んで、心の中で呟く。
いいも何も…ねえだろ。
だって。
俺は、もう二度と…ウンディーネには………
その時。
『ジ…ン………』
微かな声が…脳裏に響いた。
………え?
『仁………』
ウンディーネ?
まさか………
胸の鼓動が速くなる。
そんな………
だって。
『仁!』
はっとして、見ると。
浴槽に…ウンディーネの顔が…ゆらゆらと浮かび上がっていた。
その瞳は、恐怖に大きく見開かれており。
『助けて!仁!!!』
「うわあああ!!!!!」
「どうしたの!?」
浴槽から飛び出したのと、母さんが風呂の戸を勢い良く開けたのは…ほぼ同時だった。
「何!?ゴキブリでも出た!?」
「い…や…その…」
かあっと顔が熱くなり、まじまじとこっちを見ている母さんを、慌てて風呂場から締め出す。
「きっ…気のせいだから…いいから、あっち行って!」
「気のせいって…何が」
「何でもいいだろ、出てけってば!!!」
はあ…とため息をつき、再び…浴槽に視線を移す。
が。
そこには、当然…ウンディーネの姿は…なく。
「気のせい………なの…か?」
『助けて』
「まさか…な」
『仁』
「けど…あいつの身に…何か」
「分かったぞ」
遅めの夕飯を食いながら、突如ぽん、と手を叩いた俺を…親父は不思議そうに眺めている。
「どうした?カズ」
「えっ………?」
「『分かった』って…どうかしたのか?」
「あ………いや」
何でもない、と呟いて、インスタントの味噌汁を啜る。
『ごはん、いつも和成くんが作ってるの?』
『まあ、作るってほどじゃ…出来合いのもの買ってきて、飯炊いて適当に』
『偉いのね、学校も忙しいのに』
『いや、別に…そんな忙しいこともないっすけど』
『部活とかもやってるんでしょ?』
『………まあ』
こういう時、『ゲーム部です』とは…何となく、言いづらい。
『ごはん、作ってあげられたらいいんだけど』
『本当ですか!?』
ええ、とにっこり頷いた彼女の笑顔、脳裏に焼き付いて離れない。
『機会があったら是非…とは言っても、そんなに難しいものは作れないんだけどね』
絶対に謙遜だ、と…思う。
見るからに、非の打ち所の無さそうなあの子のことだ、きっと料理だって完璧なのだろう。
例えそうでなくたって、あんな子が作ってくれたら、何だっておいしく感じるに違いない。
まったく………
その恩恵に与っているのが………あの、馬鹿兄貴だなんて。
「カズ?」
「あっ…うん。何?」
聞こうか聞くまいか…ものすごく迷った顔をして、更にもう一呼吸、晩酌のビールで口を潤した後…親父は、小声で俺に尋ねた。
「お前、その………」
「なっ…何だよ!?言いたいことあるなら、はっきり言やいいだろ!?」
お袋は…親父のこういう所に、愛想が尽きたのかもしれない。
最近…事あるごとに、そんな風に思うようになってきた。
全く、イライラするっていうか、なんていうか。
「親父、だから何だって聞いて」
「好きな女の子でも…出来たのか?」
「………は?」
「い…いやっその、何となく…な。違ってたら…その」
「かっ…関係ねーだろっ」
「そう…だな。そうだよな………悪かった」
冷食の餃子に箸を突き立てた俺を見て、親父は首を竦めて頭を掻いた。
「でも…」
「………何だよ」
パタン、と部屋のドアを閉めて、頭からベッドにダイブする。
『何か悩んでるんなら、父さんで良ければ相談に乗るからな』
「………はぁ」
『昨日はどうもありがとう』
彼女からのメールに、胸がぎゅっ…と、絞めつけられる。
親父に相談したって…どうなる話でもねーだろ。
けど。
「これは…間違いないな」
ゲームやマンガの中で、何度もお目にかかってる…あれだ。
俺は………
どうやら、彼女に恋をしているらしい。




