第31話
第一王子レオノール・アストリアと公爵令嬢セレナ・エルメイアが政略結婚を果たしてから、ちょうど三ヶ月。
金と白の薔薇が飾られた盛大な婚儀は、王都中の羨望を集めた。
だが――その夢のような時間は、すでに遠い過去のように思えた。
「……こんなはずではなかったのに」
第一王子妃となったセレナは、豪奢な寝室でひとり羊皮紙を睨んでいた。
その文面は、民の怒りと不信が渦巻く“告発”だった。
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「王族は疫病を隠し、神の怒りを買った」
「第一王子は呪われた」
「巫女が目覚めた」
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火急で侍女が届けたその一枚は、王子妃である彼女にとって“王宮崩壊”の予兆そのものだった。
セレナは震える指で羊皮紙を机に押さえつける。
(なぜ……なぜ、アリアナの名がここに現れるの……)
彼女は確かに愛人だった。王子の遊戯のひとつ。
そう思い込んできた。
(なのに……なぜ、民が“巫女”などと持ち上げるの?)
“神蛇の巫女”――それは、王族に並ぶほどの権威を持ちうる禁忌の名。
王宮が恐れていた古の伝承。
セレナの唇がかすかに震える。
(私たちの結婚は、あの娘を排除するための最後の一手だったのに……)
「妃殿下! 大変です、また新たな羊皮紙が――」
駆け込んできた廷臣の声に、セレナは顔を上げる。
「……何が書かれていたの」
「“真実は蛇の目に映る”と……。そして、“王家の呪いは始まりに過ぎぬ”とも」
セレナの頬が引きつった。
(これはただの暴言ではない……神蛇の巫女が、わたしたちを追い詰めようとしている)
「民の間で、この“巫女”の名はどう語られているの?」
「……王子の呪いを引き取った“聖女”とも、“蛇の化身”とも。解釈は分かれていますが……いずれも、王家より上の存在として恐れられています」
「ふざけてる……!」
セレナは思わず机を拳で叩いた。
(三ヶ月前、わたしは王子の隣に立った。第一王子妃として、誇りを胸に誓ったのに)
王子はもう、まともに歩けもしない。
彼女に“王家の未来”を任せるしかないのに、民は王子ではなく“巫女”に目を向け始めている。
(王家の未来を、あんな田舎の下級貴族に奪われてたまるものか)
セレナは、毅然と立ち上がる。
「全貴族へ通達を。明日、王宮で“神祈の儀式”を執り行うわ」
「神祈の……!? ですが、妃殿下、あれは本来、代替わりのときか、王家の血に危機が迫ったときにしか――」
「いまがその時よ」
その瞳には、かつて見せたことのない冷たい炎が宿っていた。
外はまだ闇に沈んでいる。
だがその中で、セレナはただ一人、強く誓った。
(わたしが、“真の王子妃”であることを証明してみせる)
(あの娘に、王子の名も、民の信頼も、奪わせはしない)
その静かな怒りは、確かに王宮の空気を震わせた。
――王家はまだ死んでいない。
だが、その崩壊は確実に、足元から始まっていた。




