第26話
産声が静かな夜の屋敷に響いた瞬間、アリアナは確かに感じた。
(この子こそが、私のすべて)
胸元に抱かれた赤子はまだ目も開かず、ただ弱々しく指を握り返してくるだけだった。それでも、その命が持つ“重さ”は彼女にとって世界のすべてだった。
産後の体を癒しながらも、アリアナの脳裏には、王都で目にした光景が鮮明に蘇っていた。
破れた靴を履いた子どもたち。水も満足に飲めない老女。王宮の宴に金を費やし、民の血と汗を踏み台にする貴族たち。そして、その頂点に立つ王族。
(……王家はこの国の毒だ)
呪われ、蔑まれ、利用され――それでもアリアナは、最後までレオノールを信じたかった。だが、あの男は彼女を“気持ち悪い”と切り捨て、裏切った。
もはや未練はなかった。
(この子の未来に、あの腐りきった王家は必要ない)
◇ ◇ ◇
男爵家の会議室。
静かに机の前に立ったアリアナは、父・エリアスと弟・カイルに向かって口を開いた。
「父上、弟よ。私は、王族を排除したい。……私の子を、未来の王に据えるために」
エリアスは一瞬、目を伏せ、そして静かに頷いた。
「……よくぞ言った。我が娘よ。その意志を持つ日を、私は待っていた」
アリアナの左腕が、すっと動く。神蛇の契印が、衣の下で脈打つのがわかった。
エリアスは続ける。
「だが、あの子はまだ赤子。王として立つには時が足りぬ。その間、この国を繋ぐ王の器が要る」
アリアナはその意図をすぐに理解した。視線がカイルへと向く。
「――弟を、カイルを、名代として王に据えるわ。私たちの一族が、この国の玉座を手にして民を守ってい来ましょう。」
カイルは一瞬たじろいだが、アリアナの強い眼差しを見て、口を引き締めた。
「姉上のためなら、僕は剣となる。王の名も背負ってみせる」
王を産んだ母。神蛇に選ばれし巫女。そして、王国を変える者。
アリアナ・リースの覚醒は、ついに“革命”の幕を引き裂いた。




