決着 その2 (最終話)
「そんな、逝っては嫌です、シモン様、ドナルド、カーネル! せっかく皆様と出逢えてお友達になったのに……これでお別れだなんて、あまりにも寂しゅうございます」
神官と元スケルトン騎士達の身体が光り、段々と薄れて物質感がなくなっていくのを見て、わたしは突然やって来た別れを察し動揺した。
巨大なドラゴンゾンビすら昇天させる程の強い浄化の光に長時間曝されたのだ、これは当然の成り行きである。
気のいい神官やスケルトンズが巻き添えをくらって昇天してしまう事に、わたしはどうして気づけなかったのだろうか。
三人はわたしの言葉を聞くと少し恥ずかしそうに笑い「これ程の餞のお言葉を頂けるとは」「いやはや、不死族として誇らしいというか、照れてしまうというか」「わはははは、こんな歳であるにも関わらず、青年のような心持ちになりますな」ともじもじしている。
そして、何故だかゼル様がわたしを後ろからぎゅっと抱きしめて「これは我のだから。我の婚約者だから」とぼそぼそ文句を言っている。
神官のシモン様はそんなゼル様の事を温かな眼差しで見ると「陛下、素晴らしい伴侶様と出逢えた事にお喜び申し上げます。どうぞ、幾久しく仲良くお幸せにお過ごしください」と優しく声をかけた。なんだか声まで神々しくなっているのは、神様の元への旅立ちの時が来たからなのだろう。
「我々は、この時の為に不死の身体となり存在し続けたのだと思いますよ、アネット姫」
「そうですぞ、我らが尊き姫君の大切なご家族をお守り申し上げる事ができて、我らは幸せでいっぱいにございますぞ」
「別れの言葉は言いませぬ。何故なら、我らの心は天にあってもいつまでも姫様をお守り致しますからな!」
「我らは永遠に姫様の救護班でありますから! わははははは」
「わははははは」
「あははははは」
ドナルドとカーネルが豪快に笑い、そこにちょっと上品な男の子みたいなシモン様の明るい笑いが加わった。
「もう、こんな時に、どうして大爆笑をなさるのですか!」
涙目になって叱っても、彼らは笑顔のままだ。
「それでは姫様、どうかお達者で! おお、陛下もついでにお達者で!」
「いつか再び見える時がありましょうぞ、その時までお達者で! ついでに陛下もお達者で!」
「それでは、我々はこれで失礼させていただきます」
ドナルドとカーネルが手を振り、シモン様が微笑みながら礼をして、そのまま三人の姿は消えてしまった。
「……逝ってしまわれましたのね」
エルがふっと息を吐いて「大往生でございました」とわたしを力づけるように言った。
「わかっているわ、不死の存在でいるというのは、胸に怨みつらみを抱えている事で、昇天するというのはそれらから解き放たれたという事なのでしょう。彼らの爽やかな表情からわかります、これは決して悲しい事ではないのだけれど、それでもやっぱり……」
くすん、と鼻を鳴らすと、わたしの頭のてっぺんに顎を乗せたゼル様が「そうであるな。皆、良い顔をしておった。で、我は『ついで』なのか。あれらとは結構長い付き合いであったのだぞ」と寂しげに呟いた。
違う、論点はそこじゃない。
「戻ったらきっと、王都はお祭り騒ぎでございますわね」
エルがにこやかに言った。
「そうかもしれないわ。ドラゴンゾンビを昇天させたんですものね」
「いえ、違いますわ。不死の神官ゾンビとスケルトン達が、見事に昇天できましたからね。あの三人は、不死者の励みとなり憧れの的となって、しばらくは話題をさらいますわよ」
「え、そうなの? そんなものなの?」
「可愛いアネット様のご活躍は、このわたしが責任を持って語り継ぎますからご心配なく!」
いえ、別に、わたしはいいんですけどね。
「うむ、どうせ我は、いつもの仕事をしただけであるからな。さらっと流されて終わるであろうな。わかっておるぞ」
……ゼル様。
魔王って、本当に孤独な存在ですのね。
わたしは振り向いて、不憫な魔王陛下の頭をいい子いい子して差し上げたのだった。
こうして、全世界の人間が死滅してしまうという恐ろしい事態は免れた。
この事実は一般の人々に知らせるにはあまりにも恐ろしすぎたので、各国の重鎮以外の者には秘密にされたが、我がシュトーレイ家プラス従兄弟のグレイ兄様には(わたしがぽろっと話してしまうよりはいいだろうという事で)絶対に秘密という事で何が起きたのかが説明された。
わたしはその場にいなかったのだけれど、冷静なお父様とグレイ兄様はともかく、お母様とお姉様とセオドアがわたしを心配するあまり大パニックになって大変だったらしい。
特にお姉様の荒ぶり方はそれはそれは恐ろしくて「あの子にドラゴン退治をさせるなんて、聞いておりませんわよ! 責任者をお出しなさい! 成敗してくれるわ!」と扇を振り回して叫び、王宮に殴り込みをかけるかのような勢いのままにひとりでアランダム国に突撃して大暴れしてしまいそうだという事で、特別に馬車が仕立てられて、みんなでアランダム国訪問となった。
まあ、魔道を通れば半日で着くし。
これも国家機密だけど。
救護班のメンバーとお別れをしてしまって沈んでいたわたしだったが、久しぶりに実家の家族に会えて慰められた。
シュトーレイ家はメンタルが強いし、グレイ兄様に至っては、日頃から魔人よりも強烈な個性をお持ちのブリジッタお姉様とラブラブなだけあって、これも強メンタルなので、わたしの無事を確認すると(お姉様はたいそうお怒りで、何故かシャザックに対して荒ぶっておられたけれど、それを受け止めるのもきっと彼のお仕事なのだろうから仕方がない)皆アランダム国訪問をとても楽しんで過ごしていらした。
日々は過ぎて、やがてわたしとゼル様の結婚式も無事に行われた。
アラクネ一族の手で作られた、夢のように美しいウェディングドレスを着て、わたしは皆に祝福される幸せな花嫁となり、ゼル様と幸せに暮らしたのだった。
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さらにさらに、日々が過ぎた。
今のわたしはゼル様のお子達に恵まれて、温かな家庭を築きあげている。
「宰相、そうやって都合が悪くなると影の中に逃げる癖は改めるが良い。一国の宰相たる者がそのような事をしているから、そなたは卑怯だと言われるのだぞ」
「ぐぬぬぬ」
クールな表情でシャザックを叱りつけているのは、長男のベルデラントである。今年の誕生日に十一歳になったベルディは、長い金髪に多量の魔力を纏わせて、わたしと同じ緑の瞳を持つ、ミニチュア版ゼル様である。
ちびっ子なゼル様、めっちゃ可愛い。
ふたり並ぶと尊さ無限大。
賢い彼はもう、ゼル様の補佐として働いていて、影男のシャザックは彼に頭が上がらない。
「母上ーっ!」
「母上ーっ!」
剣の修行を終わらせてお風呂に入り、いい匂いになって飛びついて来たのは、茶色の髪に青い瞳を持つ九歳の双子の男の子、マックとサンダーである。
細身ですらっとしているのがマックで、がっしりとした身体つきの方がサンダーだ。ふたりとも物心がついた頃から剣に興味を持ち、今では毎日鍛錬を欠かさない。お勉強もがんばりなさいと言っているけれど、残念ながら頭を使うよりも身体を使う方が好きらしいし、剣の才能には目を見張るものがあると教師に言われている。
「我らは常に母上をお守りしたいのです!」
「御身より離れずに、お守りしたいのです!」
「お勉強が終わったらいらっしゃいね」
ふたりの頭を撫でてから、侍従のフレッドに引き渡す。たいそう力持ちの羊のフレッドは「さあ、先生がお待ちかねでございますよ」と柔らかく言いつつ、ふたりの服を持ってぷらーんとぶら下げて連れて行った。
「母上ーっ!」
「母上ーっ!」
「母は貴方達のお勉強が終わるのを待っていますからね。しっかりと励むのですよ」
「我らは母上の騎士故!」
「勉学は兄上にお任せ致したく!」
「後で遊びましょうねー」
小さな騎士達を、手を振って見送った。
「おかあしゃまー」
「あら、お昼寝から覚めたのね」
次にやって来たのは、末っ子の小さなお姫様のシモーヌだ。わたしはふわふわな女の子を抱き上げて、柔らかな頬にキスをした。
生まれた時にぎゅっと拳を握りしめていて、その手を開いた途端に緑色の癒しの光が現れたというシモーヌは、まだ三つだというのに既に神聖魔法が使えている。
この子も、まだ回らない口で「おかあしゃまをまもりゅのー」と言って、わたしに向けてせっせと回復魔法や浄化魔法を放ってくる。
ウェーブした長い金髪に青い瞳の小さなお姫様は、どうやら聖女らしいのだ。
魔王の娘が聖女? と、最初は戸惑ったのだが、アランダム国としては全然ありらしいので安心した。
そして、このシモーヌと共にマックとサンダーは『アネット姫救護班』というチームを作っているらしい。
そして「お父様はお守りしないの?」と尋ねると「では、ついでに」と返事が返ってくるのだ。
……。
彼らには前世の記憶は残っていないけれど、もしも救護班の生まれ変わりがわたしの子供達ならば、大歓迎である。
「アニー、少し休憩するぞ」
「お疲れ様です、ゼル様」
執務がひと段落したのか、ゼル様もやって来たのでちゅっと口づける。彼は左手でシモーヌを抱っこして、右手でわたしの手を取ってエスコートした。少しお茶休憩ができそうだ。
「そういえば、ハイエルフの元に嫁いだマリアンヌ姫が、不老の秘薬を完成させたそうだな」
「はい。早速今朝から飲み始めましたわ。少しずつ服薬して身体を慣らし、一年後には不老となるらしいです」
「そうか。不死の秘薬もほぼ出来上がっているとのことであるから、そなたの愛らしさと美しさがこのまま変わらずに保たれるのだな」
そう言って、わたしの指にキスを落とす。
照れるわたしに小さく笑って「そんな顔も真に愛らしいな」と耳元で囁いた。
あまっ!
ゼル様が甘いです!
いつもの事だけど!
「可愛いアニーよ。そなたを失う恐ろしさが無くなって、我がどんなに安堵しておるか……わからぬだろうな」
出会った時の無表情っぷりが嘘のように、今のゼル様の表情筋は良く動く。そして、どんな顔もカッコ良過ぎて、わたしの胸は今もきゅんきゅんしっぱなしなのだ。幸い鼻血は出なくなったけれど。
「永遠にゼル様のお側にいさせてくださいませ」
「うむ。共にこの地で生きて行こう」
「ゼル様……」
「アニー……」
ふたりの顔が近づき……。
「陛下……」
廊下の物陰から暗い顔をしたシャザックが現れて、いい雰囲気が台無しになる。ゼル様が嫌そうな顔で「そんな所から出てくるな」と言った。
「陛下、ベルデラント様が意地悪をおっしゃるので、なんとかしてくださいよ」
それは意地悪ではなくて事実だと思う。
「……シャザック伯爵、言いつけるのは卑怯だと、またベルディに叱られますわよ?」
「それは困りますね!」
情けない宰相は、エルと共にこちらにやって来るベルデラントの姿を見ると、再び影の中に姿を消した。
「あんなでも、仕事だけは人一倍できるのですよね」
「うむ。人を使うのも上手いのだが、あの性格だ。早く結婚したいと騒ぐのだが未だに恋人のひとりもできず、何故か我の事を『ずるい』と責めるのでうるさいのだ」
それは一番やっちゃ駄目なやつよね。
でも、シャザックには女の人を紹介したくないのよね……。
「まあ、宰相は放っておいてだな。我はもうひとり娘がいてもいいと思っておるのだが……」
ゼル様が意味ありげな視線でそんな事を言ったので、わたしは「ゼル様のお子は皆可愛いですわ。シモーヌもそろそろお姉ちゃんになってもよろしいかと思います」と答えた。
今夜『も』イチャイチャナイトになる事間違いなしだ。
推しとイチャイチャ。
幸せすぎる。
ゲームのイメージとはかなり違っているけれど、わたしはこの素敵な夫の事を愛している。これからもずっと、彼の隣でこの国の王妃として生きていきたい。
推しの旦那様! forever love♡ なのです!
FIN.
これでこのお話は終わりです。
最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました!




